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早過ぎたハウスの歌姫。君は「K.(ケイ)」という女性シンガーを知っているか。

2000年代初頭の邦楽シーンはヒップホップバブルであったと同時に「女性R&Bシンガーバブル」でもあった。
それは言うまでもなく1998年にデビューした宇多田ヒカルの登場が発端だったし、その頃は宇多田に続けとばかりに倉木麻衣や傳田真央といった女性R&Bシンガーが各方面から湯水の如くデビューしてセールスを伸ばした。

ちょうど同時期にデビューした、ビート感のある曲を歌う女性シンガーたちは、実際に宇多田フォロワーだったか否かは関係なく「宇多田ヒカル系」として一括りにされた。たとえば宇多田より前にデビューしていたUAは、今冷静に見れば、その後のbirdやエゴラッピンやオレンジペコーみたいなジャズ/ブルース/ラウンジ系の関西女性シンガー系譜の源流にいるオリジネイターで、昭和歌謡っぽさを抜き切った浅川マキみたいな独自に立ち上がってきた新世代のキャラクターだったにもかかわらず、彼女ですらぼんやりと「宇多田ヒカル系」のイメージがあった。まぁとにかく宇多田ヒカルの登場が衝撃的過ぎたのである。

宇多田ヒカルと同じ98年にデビューした女性シンガーにMISIAがいる。
デビュー当時の宇多田ヒカルは正に「ジャパニーズコンテンポラリーR&B」という感じ。対してMISIAはもっとソウルシンガー寄りの音楽性で、棲み分けがハッキリしていたが故に、今日の別ベクトルでの評価に繋がった感じがする。ちなみに余談だが、クラブ系ではないけど浜崎あゆみもaikoも椎名林檎も98年デビューだ。恐ろしい年である。

不幸にもMISIAと違ってその当時、「宇多田亜種」の烙印を押された女性シンガーたちは、一時のプチセールスがひと段落した折、クオリティの有無に関わらず一般認知という意味で世間から忘れさられてしまう運命を辿ることになるのだが、今回紹介するのが、そんな中の1人、「K.(ケイ)」という女性シンガーである。

K.(本名:山本景子)は、1994年にGroovy Boyfriendsというポップスユニットのボーカルとしてポニーキャニオンからデビューする。ELTとかglobeなんかと同じく、男性2人に女性シンガー1人という当時流行りのavex勢に倣った組み合わせの3人組だった。いくつかのシングルとアルバムを発表し、タイアップもこなし、別名義でアニメ「クレヨンしんちゃん」のオープニング曲を歌ったりもしたが、お世辞にもセールス的に振るわず1999年で活動を終了する。

活動終了直前に発表した『Little Wish』という曲のリミックスをm-floの☆Takuが申し出たことをきっかけに、山本景子は「K.」としてavexのレーベルcutting edgeから同曲にてソロデビューすることになる。

その後はシングルやアルバムを順当にリリースしていく。楽曲提供や楽曲参加、プロデュースには彼女の才能を寵愛し続けた☆Takuはもちろん、野崎良太、マンデイ満ちる、calm、COLDFEETといった日本のクラブミュージック界隈の大御所、気鋭の錚々たる面々が名を連ねていた。

しかしながら、そのすべてが「スマッシュヒット」という範疇を出なかった。
曲が悪かったわけでは全然ない。今聴いても良い曲ばかりだし、彼女の書く歌詞も、率直だけど幼稚にならない絶妙なバランスである。
一つ言えるとすれば、彼女の声は、その当時のクラブ系の女性シンガー勢の中では、かなり「可愛い」部類だった。コブシの効いたソウルフルさというより、野宮真貴とカヒミカリィのちょうど中間みたいな渋谷系の感じだったし、そこが彼女の個性でもあったのだが、女性シンガーに対して「クールな可愛らしさ」より「豊満な強かさ」を求めていた当時のガチンコのクラブリスナー勢にはやや物足りなかったのかもしれないと推測する。
そして前述の通り、2000年代は「女性一人が矢面に立ってクラブミュージックを歌う」というスタイル自体が、誤解も含め「宇多田亜種」として消費されていたし、宇多田ヒカルの活動がある程度凪に入ると同時に、そう誤解された女性シンガーたちもどんどんスポットライトから遠のいていってしまう。K.のように。
K.自身がその当時、シンガーとしてどんな未来の自分を想像して音楽活動をしていたかはわからないが、ハウスミュージックとの親和性を鑑みつつ、jazztronikやFreeTEMPOら「avexの息の掛かっていない在野」のハウスミュージシャンたちが勢いを増してくるのがちょうど2〜3年後だったことを考えると、K.の音楽活動は「ほんのちょっと早過ぎた」というタイミングの不幸でしかなかったと思う。
さらに彼女の運が悪かったのは、その後、ピリオド無しの「K」という韓国出身の男性シンガーが日本でヒットしたことである。
ネットで「K   歌手」と検索すればヒットするのは彼の情報ばかりで、ネット普及後の「K.」の再評価勢や後追い勢の分母を限りなく狭めた。

しかしながら不幸中の幸いは、現在、Spotifyで彼女の楽曲がもれなく聴けることである。ありがたい。忘れられるには勿体ない。

宇多田はヤバいよ。傳田もいい。でもK.も聴いてくれ。


After the silence / K.


空の向こうへ / K.


Water flame / K.


La La La…(rain or shine) / K.


最後のサイダー / K.


Green Fruits / K.


Under the same sky / K.


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