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「夏のレゲエ」を諦めてしまった全ての人へ。「ラヴァーズロック」で最高の夏を。

「夏のBGM」としてレゲエミュージックの門戸を叩いた人がまず陥りやすいのは、「最初にボブ・マーリィに手を出してそのストイックさにビビってしまう」というイメージギャップである。

ボブ・マーリィの音楽は、年間平均気温20℃越えのジャマイカ産に違いないのだが、レゲエ史で見れば比較的新興の「ルーツレゲエ」というサブジャンルに分類されるサウンドで、ラスタ信仰に裏打ちされた政治的で社会的で啓発的な「レベルミュージック」であり、およそサマータイムミュージックやシーサイドミュージックの体裁を成していない(良い意味でも)。
何ならボブ・マーリィのレゲエはむしろ「夏の陽気なBGMとして消費されることを拒絶したレゲエ」である。現状そのボブ・マーリィが「レゲエの代名詞」「レゲエの入門」として認知されてしまっているが故に、レゲエをあくまで「夏のBGM」の範疇に据え置きたいライトな新規層を入門の時点でミスリードし、新たなレゲエリスナーの獲得に歯止めを掛けてしまっていることは大いに考えられる。「なんかぜんぜん夏っぽくねえぞ」みたいな。


レゲエという音楽ジャンルの始まりは「スカ(Ska)」である。スカはもともとジャマイカの民謡だったメントにアメリカ産のジャズやR&Bがブレンドされ誕生した音楽ジャンルで、オフビートが強調(要するに裏打ち)されたハイテンポな生音のダンスミュージックだった。やがてスカの速いテンポに飽き始めたジャマイカ人たちが、今度はスカのテンポを極端に遅くした「ロックステディ(Rocksteady)」を生み出す。このロックステディこそがいわゆる多くの人がイメージする「レゲエ」であろうと思う。『モヤモヤさまぁ〜ず2』の街ブラ中によく流れてたりする音楽である。

スカやロックステディで歌われていたのはルードボーイの日常(青春ソング)だったりラブソングだったり、カリブ海の風土に根差した陽気で牧歌的なテーマが多かったのだが、ボブ・マーリィが登場してその柔和な空気感をラスタファリアニズム一色に塗り替え、レゲエは「ルーツレゲエ」としてタイトでストイックな音楽に成り変わることになる。

行き場を失ったスカとロックステディはイギリスのカリブ移民コミュニティに輸入され、スカはロックおよびパンクと融合して「2トーンスカ」になり、ロックステディはフィリーソウルと融合して「ラヴァーズロック」になる。

今回紹介するのがこの「ラヴァーズロック」である。

ラヴァーズロックは、初期のロックステディのラブソング要素を抽出、強調して、ボブ・マーリィ以降のプロテストソング要素を排除したレゲエのサブジャンルである。

国民の大多数が奴隷の末裔という国情を有するジャマイカ本土において、それを非難し、抵抗を促し、虐げられた人々を扇動するボブ・マーリィが「ジャマイカ生まれのジャマイカ人としてジャマイカ本土から」登場するのは必然だったし、音楽史を飛び越えて政治史・社会史においても大いなる意義があった。

しかしながら、そんな事情には無関心で、単純にレゲエの持つ「南国のリゾートミュージック」的側面を欲する音楽ファンも少なからず居るという「ある種の残酷さ」をしっかりと俯瞰で捉え、まさに「夏のBGM」としてのレゲエに徹しきって誕生したのがラヴァーズロックなのである。ラヴァーズロックはジャマイカ本土から物理的、距離的に1クッション置くことができたイギリスだからこそ生み出せたレゲエだとも言える。

私たちが聴きたかった「夏のレゲエ」は、ジャマイカ産ではなく、イギリス産だったのである。

そんなわけで、ボブ・マーリィで一度「夏のレゲエ」を諦めてしまった人に、夏にピッタリなラヴァーズロック盤をご紹介。


Breakout(1981) / Louisa Mark

ラヴァーズロックのオリジンとされるルイーザ・マークの唯一のアルバム。
とにかくもう、夏に聴きたくなるラヴァーズクラシックの連発。声はもうリクルマイとそっくり。というかリクルマイがたぶんルイーザフォロワー。


LOVE COMES LOVE GOES(1981) /  SISTER LOVE

UKラヴァーズの3人組の女性ヴォーカルグループの唯一のアルバム。
ARIWAのトニー・ベンジャミンが制作に携わってるのでダブ感強し。甘美。


Country Life(1986) / Sandra Cross

マッド・プロフェッサープロデュースでARIWAからリリースされたサンドラ・クロスのデビューアルバム。ラヴァーズになるかならないかギリギリのメロウレゲエって感じ。素朴でキュートで素敵です。


Alternative Routes(1978) / Tradition

ラヴァーズダブ!もう言うことない!
夏だ!海だ!トラディションだ!


MOVING ON(1978) / Tradition

ラヴァーズダブ!もう言うことない!
夏だ!海だ!トラディションだ!


Play Me Sweet and Nice (1978) / MARCIA GRIFFITHS

ボブ・マーリィ&ザ・ウェイラーズのバックコーラスでも有名なマーシャ・グリフィスのソロデビュー盤。2024年現在も御年74歳で活動を続けるレゲエ界のファースト・レディ。彼女は歴としたジャマイカ出身なので厳密にはUKラヴァーズではなくジャマイカンソウルとかロックステディに分類されるんだろうけど、とにかくジャケが最高。



日本においてラヴァーズロックの認知度が低いのは、ロックステディ/ラヴァーズロックのフォロワーを標榜する邦楽ミュージシャンが極端に少なかった、もしくはその活動がインディペンデンドに潜り込んだままメジャーシーンに浮上してこなかった事が大きな一因であろうと思う。
日本のレゲエは、東京スカパラダイスオーケストラの爆売れ、スピナビルや三宅洋平なんかのルーツライクなサウンドのスマッシュヒットの後に、2000年代以降から現在まで長らくダンスホールがシーンの主流となっており、ロックステディ/ラヴァーズロックのフェーズがすっぽり抜け落ちてしまっているのである。
強いて挙げれば80年代後半から90年代にこだま和文の界隈からフィッシュマンズを輩出したものの、熱心な音楽ファンですらフィッシュマンズがカールトン&ザ・シューズのフォロワーであることを認識している人は少ない。フィッシュマンズは本来の「ダブ/ロックステディフォロワー」というジャンルの範疇を突き抜けて、後年の再評価で「オルタナティヴゴッド」の地位を獲得してしまい、今や「レゲエバンド」という印象すら薄い。ドライ&へヴィーもあと一歩だった。個人的にどっちも大好きだけど。


もし今回紹介したアルバムが気に入ったら、UKラヴァーズから遡って、カールトン&ザ・シューズとかボブ・アンディとかフィリス・ディロンとか、初期のジャマイカ本国のロックステディを掘っていくっていうのもオススメです。

一度諦めた「夏のレゲエ」を、今年の夏は満喫してね。

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