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ゲンロン・シラス燕三条探訪記──社員旅行2日目

 社員旅行レポートの1日目が公開されてから、およそ3ヶ月が経ってしまいました。社内では、2日目のレポートが出るのが早いか、次の社員旅行のほうが早いかと噂されているようです。
 たしかに、温泉旅館に逗留しながら原稿を仕上げることは物書きの夢であります。とはいえ、別に次回の社員旅行が計画されているわけでもないし、そこまで原稿を引き延ばしていたらさすがに怒られてしまいそう。それに、ゲンロンの社員旅行に参加して、原稿を書いている余裕などあるはずもありません。昼はアクティビティが詰まっているし、夜は飲み会がある。
 そう、なにを隠そう、レポート記事の1日目と2日目の公開にこれだけの間があいてしまったのは、社員旅行の1日目と2日目のあいだに夜を徹した飲み会が行なわれたことの比喩なのだ──という冗句はさておき(いや本当に遅くなってすみません……)、いよいよ社員旅行も2日目です。

嵐渓荘の本館「緑風館」

1日目のおさらい

 2022年11月11日(金)、初の社員旅行に旅立ったゲンロン・シラスのスタッフたち。目指すは、「シラス」のコメント欄でおなじみrankeigooさんが主(あるじ)をつとめる、新潟県三条市の温泉旅館「嵐渓荘」です。

 1日目は、まず燕三条駅周辺にある農園レストランでランチを楽しみ、地場産業の工場(こうば)見学を行なった後、いよいよ最終目的地の嵐渓荘へ。研修を終えて、地のものあふれる夕食に舌鼓を打ち、温泉を満喫すると、深夜の飲み会が始まったのでした。

 このとき、スタッフの半分以上は寝ています。しかし、やたら元気な(あるいは翌日のことを考えていない)人びともいました。もはや詳しい内容は記憶にありませんが、広い宴会場を使わせていただいて、なんだかすごく盛り上がっていたのを覚えています。深夜2時過ぎには、嵐渓荘のご主人による「主のふるまい」へ(『ゲンロン14』、77頁参照)。レコードのかかる居心地のいい空間で語らい合い、夜はさらに更けていきます。

 結局、飲み会が終わったのは、午前4時でした。その後、ぼく(編集部・植田)は一人で温泉に浸かりにいきました。嵐渓荘の大浴場は、なんと、清掃時間以外は24時間いつでも開いているのです。大浴場には露天風呂があります。徐々に明るくなっていく外の景色をながめながら、すぐそばを流れる川のせせらぎに耳をすます……。人気の露天風呂も、この時間なら独り占めできます。そこでゆっくりと眠ってしまいたくなる気持ちをそそってくる湯船をなんとか抜け出し、布団にもぐりこむと、たちまち起床の時間がやってきます。

遅寝、早起き、朝ごはん

 午前11時にしかオフィスが開かないという噂もあるゲンロン。筆者は限界大学院生なので、昼過ぎに起床し、夕方に出社してくるという生活をしています。
 けれども、嵐渓荘の朝は早い(当社比)。なんと朝ごはんの時間は午前8時半です。いつもはまだ夢のなかにいる時間帯だし、なにより昨日は飲みすぎた……と後悔しつつ、眠い目をこすりながら朝食会場に着くと、驚くほど豪華な朝食が待ち受けています。

飲み会明けの身体にもやさしい

「朝からこんなに食べて大丈夫かな……」と少し心配になりながら箸をつけると、もう手は止まりません。ほどよい大きさの焼き魚や小鉢に、おかゆの優しさが沁みます。なによりぼくが気に入ったのは、お盆の中央に置かれている「天然山ぶどうと純粋はちみつの健康ドリンク」でした。これが本当に美味しくって。
 いつもは朝食なんて食べないし、むしろ午前中に食事をとると気分が悪くなってしまう限界大学院生も、嵐渓荘の健康的な朝ごはんを食べて、すっかり元気になったのでした。

 さて、朝ごはんを済ませると昼の予定まで各自思い思いの時間を過ごします。

漢学の里 しただ

 嵐渓荘が位置する新潟県三条市の南部は、2007年まで南蒲原郡下田村と呼ばれていました。下田は「漢学の里」という名前も持っています。この地に、日本を代表する漢学者、そして「世界最大の漢和辞典」とも称される『大漢和辞典』の編纂者である、諸橋轍次が生まれ育ったからです。
 諸橋の功績を記念して、嵐渓荘のすぐ近くに「諸橋轍次記念館」が建てられています。朝食の後、希望者で記念館の見学に向かいました。

 煉瓦づくりの立派な記念館のなかに、諸橋が学んだ教科書から、『大漢和辞典』づくりに使われたカードや原稿、そして鉛版──まだ活版印刷の時代につくられたのです──まで、さまざまな史料が展示されています。
 なにより印象に残っているのは、『大漢和辞典』のゲラ(校正のための試し刷り)でした。ただ赤字を入れるだけでなく、ときに紙を貼りつけて修正を書き込んでいる、その苦労の跡にしばらく見入ってしまい、展示ケースの前から動けなくなったことを覚えています。

『大漢和辞典』の校正刷

 記念館の奥には、諸橋轍次の生家も保存されており、小さな公園のようになっています。ぼくたちが訪れたのはちょうど紅葉のシーズンで、木々は鮮やかに色づき、その先に下田の自然豊かな景色が広がります。

諸橋轍次の生家
下田の自然豊かな景色。奥に見える石崖は「八木ヶ鼻」と呼ばれる景勝地。
嵐渓荘は右手奥の方向にある

 諸橋轍次記念館の向かい側は道の駅になっていて、レストランと産直市場が併設されています。産直では、なかなか東京では見かけない、地元でとれた野菜が数多く販売されていました。嵐渓荘の夕食や朝食の味わいをあらためて思い出します。ぼくは市場で笹団子を買いました。嵐渓荘に戻って和室の畳の上で食べると最高です。

ブランドの伝えかた

 午後は、嵐渓荘から車で15分くらいのところにある「snowpeak Headquarters」を見学します。アウトドアメーカーのスノーピークが、本社とショップ、そしてキャンプ場に温泉・サウナなどを備えた施設を、ここ三条市に設けているのです。
 まずは本社と併設されているミュージアムを見学し、それから施設内のレストランでランチをとります。

設計は建築家・隈研吾氏

 スノーピークの展示には、アウトドアメーカーとしての「ブランド」だけでなく、アウトドアという「文化」じたいを創っていこうという姿勢を感じました。さらに本社にオフィス機能だけでなくミュージアムやキャンプ場やレストランを併設していることには、「場づくり」への意識もうかがえます。商品を売るだけでなく、それが輝き、価値を持つような空間もつくっていくこと。それは、具体的なかたちは違うとしても、私たち出版社にも求められている意識や戦略であるように思いました。

三条市の魅力を味わいつくす

 昼食の後は、4グループに分かれてのアクティビティです。選択肢は、そのままスノーピークに残り併設のFIELD SUITE SPAで温泉とサウナを楽しむか、三条鍛冶屋道場でペーパーナイフづくりを体験するか、池田観光果樹園で梨とブドウを収穫するか、あるいは嵐渓荘でのんびりするか……。どれも魅力的でたいへん悩ましかったのですが、ぼくは嵐渓荘へ。ほかのアクティビティの様子はぜひ写真でご覧ください(めっちゃ楽しそう!)。

スノーピークでまったり過ごす
ペーパーナイフづくり
果樹園で梨とブドウ狩り
夕方の麻雀

 嵐渓荘に戻ったグループは、さっそく麻雀を打ち始めます。どうやらゲンロンのスタッフには麻雀好きが多いらしく、総会の深夜などにも打っているみたいです。「セカイ系麻雀」の使い手という東さんもけっこう強いのだという噂。筆者はさっぱりルールが分からないので、そのうち散歩にでかけました(その話は3日目のレポートにて)。
 そのうち他の参加者たちも嵐渓荘に戻ってきて、いよいよ最後の夕食です。

自然薯掘りの名人の話

 初日に引き続き、2日目の夕食もたいへん豪華です。煮物に焼き魚、鍋に刺身……。今日も絶品が並びます。

社員旅行らしい1コマ

 しかしなにより、いちばんの絶品は、「自然薯とろろご飯」です。なかなか口にする機会のない、天然の自然薯。ぼくたちはとろろご飯にして食べましたが、すりおろしてしまう前の、掘り出したままの姿の自然薯も見せていただくことができました。
 大女将いわく、嵐渓荘の近くには自然薯掘りの名人がいて、高齢にもかかわらず、イノシシも登れないような山の急斜面から自然薯を掘り出しては宿に持ってきてくれるのだといいます。そんな達人の技によって届けられた自然薯のとろろには、普通の山芋にはない、味の深さがありました。とにかくご飯が進みます。

名人が掘り出した自然薯

 貴重な自然薯を惜しみなく振る舞っていただき、宿や地域のさまざまなエピソードもお話ししてくださった大女将のもてなしに感銘を受けながら、豪華な食事も食べきってしまい、今夜も温泉や二次会や布団のなかに、みな思い思いに散っていきます。

二次会と温泉

 もちろん、2日目の夜も飲み会をします(賢明なスタッフたちはさくっと就寝しています)。夕方に引き続き、麻雀も盛り上がっています。社員の親睦も深まり、そして夜も深まりすぎたくらいの時間にようやく解散です。

夜の麻雀。ルールをめぐって議論している(らしい)

 やはり飲み会の記憶はないのですが、この日、とても印象的だったのは温泉です。
 嵐渓荘には大浴場のほか、「山の湯」という貸切の露天風呂も用意されています。この「山の湯」には、湯船が岩で組まれた「石の湯」と、浴槽に130センチくらいの深さがあり、立ったままお湯に浸かることのできる「深湯」の2つがあります。それぞれ基本は予約制なのですが、深夜になると空いている時間に自由に入れるとのこと。それを聞きつけて、編集部の何人かで、深夜の温泉に浸かりにいくことにしました。
 とくに印象的だったのは「深湯」です。立ったまま入る温泉には新しい感覚がありました。露天風呂のすぐそばには、信濃川の支流である、守門川が流れています。川のせせらぎに耳を傾けながら、深夜の温泉をじっくり楽しみます。

 楽しかった社員旅行も、もう残すところは最終日。もっと嵐渓荘を満喫したい!という名残惜しさが押し寄せてきます。もっとも、この2日間でたくさんのことを経験しました。土地に根ざした産業のかたちや、地の食材の豊かな味わい。製品だけでなく文化じたいをつくりだそうというスノーピークの意気込み、そしてなにより、気遣いにあふれた嵐渓荘の「もてなし」の数々……。
 次回のレポートでは、社員旅行3日目を振り返りつつ、嵐渓荘という空間や新潟県三条市という地域について考えてみたいと思います。

スノーピークに向かう前に、嵐渓荘に残ったメンバーにて

(植田将暉)


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