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自己責任思考って必要?

自己責任論が話題になり
自己責任は必要か必要じゃないかと
たびたび議論となる


そもそも自己責任とは?

自己責任の意味を調べると
自分の行動の責任は自分にあること
と出てくる

何か失敗したときに
失敗した理由は色んな要素がある

何かイベントを企画したけれども
思うように集客ができずイベント企画としては
失敗で終わってしまったとする。

そのイベントの失敗要因は
・イベント企画の内容の問題
・イベント開催場所の問題
・イベントを手伝ってくれた人が動いてくれない問題
・イベントの開催時に別のイベントが開催された問題

などなど、失敗要因はたくさんある。

そんな時に自己責任とは
自分の行動の責任は自分である
という意味だからこそ、
そのイベントを企画し実行した自分が
このイベントを失敗した責任がある

と考えることである。

なぜ、自己責任が大切かというと
他人や環境の責任にしてしまうと
何も改善や次の行動につながらず
イベントの失敗は他人と環境の問題だったで
終わってしまうことにある。

だからこそ、自己責任の重要性は
古くから様々なリーダーの立場の人たちは
色んな表現を使って唱えてきたのである。

なんで自己責任は否定されるのか?

失敗したこと、起こったできごとを
自分の責任と考えて、自己改善や行動改善を
行うことで成長と成果が出る確率を高めていく
自己責任は非常に重要な考えであると思う。

しかし、自己責任論は様々な識者や専門家から
危険な考え方であるともいわれる


今の苦しい環境や貧困状況、病気、家族の問題、地域トラブルなど
様々に目の前にある問題を全て自己責任で唱えることはできないし
それが社会に広がると弱者を救えないという意味で
自己責任論は危険であると言われる。

そして、それは私も同じく賛同する想いでもある。

では、自己責任はいらないのだろうか?
というとそんなことはなく、バランスを持った思考が必要であると
同時に、自己責任の意味をもう一度捉えなおして
自分にとって価値ある意味で使うことが重要だと思う。

自分にとって価値ある自己責任思考とは?

稚拙な例で見てみよう

例えば、上司から
「コピーして」と依頼され
1部だけコピーして上司に渡したら
「10部コピー必要なんだけど!」と怒られた

これは誰の責任だろうか?

ほとんどの人が
「上司がちゃんと指示しなかったのが悪い」
と思うだろう。

一方で
部下や後輩から
「上司にコピーしろと言われてコピーを取ったら
部数が足りないよと怒られたんですけどひどくないですか?」
と相談されたら

共感はしてあげつつも
「今度は自分からコピーを取る理由や必要部数を自分で確認してごらん」
とアドバイスをしてあげる人も多いと思う

今までの自己責任の概念や捉え方だと
こういった時に
「上司は全く悪くなくて
部数や目的を聞かなかった自分が悪いから
反省をして自分が次回から改善すべきである」

という考えに至り、
ここまで上司や他の状況を関係なく
自分が悪いと思うのは自己否定に繋がり
決してプラスにならないと思う。

では自分にとって価値ある自己責任思考とは何か?

自己責任思考を我々は

いかなる環境や状況においても
人や環境にせいにするわけではなく
自分にできることを見出す思考

と定義している

さっきの自己責任論で言われるのとどう違うのか?
パッと見は一緒じゃないかと言われるかもしれない。

しかし根底としては違うのは
自己責任=自己処罰概念
では決してないということ

自己責任とはあくまでも
相手や環境が悪くても
自分ができることを考えることであり

決して自分が悪いと自分を処罰する思考ではない

ということ

さきほどのコピーの例でいえば
間違いなく部数を言わなかった上司も悪い

でもここで他責で
「部数を言わなかった上司が悪いから自分は悪くない」
で終わってしまうと
一瞬の安堵が手に入るけど
今後の改善や成長は生まれていかない

であれば
部数を言わない上司も悪いかもしれないけど
この状況で自分が今後できることを考えるとすると
今度は何か依頼された時に目的や部数を聞くようにする
という機会に変える
と決めることである

そうすることで自分の成長や広くは感情の安定にもつながるのだ

自己責任思考が必要なわけ

例えば、先ほどの
上司からのコピーの依頼で怒られた話を
あなたの後輩から相談を受けて
「指示した上司も悪いと思うけど、部数や目的は聞いた方がいいよ)
とアドバイスしてあげたとする。

それを受けた後輩が
「確かに先輩の言う通り部数や目的を聞かなかった
自分も悪かったと思います。
ただ、聞いてください。
あの上司は本当に気分屋であの時も部署トラブルで
イライラしていたらしくて、そのイライラをぶつけてきたんですよ。
先日もパワハラで会社から指導を受けているし、
上司としての資質がなくて、だからコピーの部数を間違えたぐらいで
怒ってくる器の小さな上司なんですよ」

とさらに話してきたとする。

そうしたらあなたはどう答えるだろうか?

優しいみなさんなら後輩に
「いやー、それは完全に上司が悪いな。
てか、お前はそんな上司の下でよくやっているよ。
お前は全く悪くない。上司が悪すぎる」
と同情してあげるかもしれません。

そして、お酒の席だったら
部下は顔が満面の笑顔になり
「ですよね先輩! やっぱりあの上司が悪いですよね!
スッキリしました。今日は飲みましょー! 乾杯!!」
と喜び、悩みも解決してあげられるかもしれません。

しかし、それでは何の問題も解決してないのです。

どういうことか?

翌日、出社をしたらその嫌な上司は目の前にいるのです。

そして、昨日
上司が悪い
と認定している自分は
その上司の顔を見るだけで嫌な感情が沸き
あれだけ前日スッキリしたのに気持ちが一気に憂鬱になるでしょう。

そんな悪いと決めた上司に
自分がモチベーションも気分も左右されてしまうのが
他社責任思考

だったら先ほどの話のように
どれだけ上司の指示が悪かったと思っても
自分に視点を当ててみると
自分の行動の改善ができるはずだとすることで
自分自身の成長につなげられるし
起こった出来事や他人に囚われなくなり
中長期的にみるとモチベーションは下がりにくくなる。

このように自己責任思考が大切な理由は3つ
①自分の成長につながる
②行動改善につながり状況変化を起こせる
③モチベーションマネジメントができる

だからこそ、自己責任思考を
自分がプラスになるように使うことが大切になる

人が他責思考になる時は絶対的なルールがある

それは
自分自身にとって思い通りにならない状況の時

逆に言うと自分が思い通りに行っている時は他責にはしない

「今の職場がめちゃくちゃ恵まれていて
成長実感がある仕事、人徳のある上司、素晴らしい同僚
承認、評価もしっかりしてくれ報酬も満足している。
こんなに幸せなのは会社のせいだ!!!!」
と他責にしない。むしろ感謝をする!

つまりは他責にするのは
自分にとっての理想と現実のギャップがあり
不快な思いをしている時にそれを解消したくて
生まれる感情の一つなのだ。

だからこそ
他責になった時は
「何か自分の理想と現実のギャップが起こっている」
と問いかけて自分が何を望んでいるのかを確認するチャンス

そして、
他人や環境のせいにするわけではなく
決して、自分が悪いと自己処罰するわけではなく

今、そしてこれからの自分ができることは何だろうか?

と問いかけてできることを探すことが
自分の成長や行動打破に繋がり
最終的なモチベーションや感情の安定に繋がるのだ

これが
どんな状況や環境でも自分ができることを見出す思考
という自己責任思考が自分にとって重要な理由

どこまで伝わったかわからないけど
自分自身が20代他責人間だったところから
この自己責任思考に変化できたことが一番の人生転換期だと思う

そして
セルフマネジメントである
自分の人生を自分でマネジメントするうえでも
自己責任思考を持ち行動できることは基本となる

だからこそ
正しい自己責任の価値をこれからも伝えていきたい!

本日は以上!!!

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