見出し画像

源氏物語の色 13「明石」 ~恋文の色~

「明石」のあらすじ
―――光源氏が隠退していた須磨に嵐が襲い、落雷により邸も炎上するなど、この先どうなるかという時、光源氏の夢枕に亡き父桐壺院が立ち、須磨の浦を去るように告げる。同じように夢のお告げがあったという明石の入道が、光源氏を舟で迎え、光源氏は明石へと赴く。明石の入道は、娘を光源氏にと願い、文のやり取りを通して結ばれる。そして、光源氏には帰京の宣旨が下る。―――

前帖「須磨」を月の光の明るさと表現したが、やはり光源氏はそれでは終わらない。
現代では須磨も明石も単なる地名としか思わないのだが、王朝時代は、「あかし」という響きから、物語の展開が明るくなる予感を感じたのではないか。

夢のお告げとはいえ、一地方官である明石の入道が光源氏を迎えに行くにあたり、身分は違えども、なんとか娘を嫁がせたいと思うのは当時の父親の当然の心理であろう。
娘の存在を知った光源氏は、こんな人里離れたところにも意外に素敵な人がいるかもしれないと、いつもの好奇心から「恋しく思う気持ちに耐えかねて……」などと書いた文を送る。

その文の紙は「高麗の胡桃色の紙」であった。
「胡桃色」とは、胡桃の樹皮や果皮で染めた色のことで、薄い褐色。
平安時代には紙の色として親しみのある色だったようで、枕草子や蜻蛉日記にも登場する。
親しみのある色でありながら、その紙は高麗のもの。当時としては、高級な舶来品である。

隙のない光源氏であるから、色としては普通の色を選びながらも、手にした瞬間に高級品であることがわかるものを選んだのではないかと勘ぐってしまう。
娘が気後れするのも無理はない。
父の明石の入道に返事をせかされるも、身分の違いにためらう娘は書けず、困り果てた明石の入道は「陸奥紙」に、娘も同じ思いであると返事を書く。
陸奥紙は、恋文に使うようなものではなく、やや古めかしい厚紙。言い方を変えれば野暮ったい印象のもの。

受け取った光源氏は、次の文で娘が心を動かされなければ風情のわからない娘として終わらせようとしたのか、返信に使った紙は優美な「薄様」。まさに恋文に使う紙。

娘は感激しながらも気後れし、それでもまわりにせき立てられ、ようやく返事を書く。
しっかりと香を焚きしめた、「紫」の紙に。
身分の違いが十分に分かっていて、それでも何とか返事をしなくてはならないという精一杯の娘の心情が、当時一番フォーマルで格調高い「紫」を選ばせたと思うと、いじらしく、かわいそうにさえ感じてしまう。

その後も駆け引きは続く。娘は、現代風に言うなら、一時の気の迷いで遊ばれて捨てられるなら……と会うことをためらう。
光源氏は、自分の思いが届かないとなると、靡かない娘をさらに欲しくなるから困ったもの。

やりとりの末、二人は結ばれる。
現代の恋愛心理小説を読んでいるような気分になる。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?