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源氏物語の色 26「常夏」~テーマカラーは撫子~

「常夏」のあらすじ
―――夏の夕暮れ、光源氏は内大臣家の君達を連れ玉鬘のいる西の対へ行く。西の対の庭には美しい撫子の花が咲き乱れているが、君達は玉鬘に見立てられた撫子の花を思うようにできない。一方、内大臣は妾腹の娘である近江の君を探し出し引き取るが、行儀の悪い娘に手を焼き弘徽殿の女御のもとへ女房として出仕させるーーー

この帖に表れる色彩語は「つらつき赤める」「青き色紙」「いと赤らかに」の三か所。これだけならば現代語と変わらないのだけれど、実は映像にしてみたら効果的であろう色彩が隠されている。それは、タイトルとなっている「常夏」。撫子の異名。

この時代、撫子は観賞用に愛されていたようで、大和撫子のほか、中国から渡来し現在では石竹として親しまれる唐撫子があったという。色はどちらも明るいピンク系。現代でも、若くて明るくかわいい女性が思い浮かぶ。どちらであっても玉鬘を連想させる色としては十分。

その大和撫子と唐撫子が、玉鬘のいる西の対に美しく咲き乱れ、玉鬘の美しさを思い起こさせるものとなる。美しい色の撫子の花が咲く庭を前に、若者たちはその花を眺めながら手折ることも出来ずにもどかしく構えている様子は、玉鬘を我が物にできず遠くから眺めることしかできない例えとして実感がこもっている。

さて、この帖に登場するもう一人の若い女性である近江の君。光源氏が美しい娘を養女に迎えて評判になっているのを知り、対抗するように内大臣が引き取った娘なのだが、口は悪く、行儀も悪く、その上教養もない。困り果てた内大臣は、弘徽殿の女御のもとへ女房として出仕させる。行儀見習いといったところか。

近江の君は出仕前に弘徽殿の女御へあてて手紙を出すが、それは「青き色紙」に「撫子の花」を添えたもの。これが色で程度の低さを物語っている。現代で例えていうなら、有名パティスリーのストロベリーケーキを景徳鎮の青皿で出された気分。合わないのである。

手紙には折り枝と呼ばれる、紙の色に見合った色の枝をつけるのが教養であり常識であった。夏の時期に青い紙ならば、桔梗や、少し季節先取りの竜胆だったら素敵なのにと思ってしまう。王朝時代、絵巻を眺めながら源氏物語を読み聞かせられていた姫たちの脳裏にも、近江の君の品のなさがとどめのように刺された場面だったに違いない。

この近江の君の残念さを、撫子の花で表現したのが紫式部の意地悪なところ。撫子の花のピンクが似合うのは、近江の君ではなく、やはり玉鬘。玉鬘のテーマカラーである撫子の花を使っても、近江の君は玉鬘のようにはなれない、ということを暗に読者にわからせているように思う。色彩語を使わなくとも色彩を表現する紫式部の素晴らしさには、ただただ尊敬するばかり。

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