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源氏物語の色 3-Ⅱ「空蝉」② ~光源氏が持ち去った空蝉の薄衣は何色だったのか~

「空蝉」の帖では光源氏が夕暮れ時に垣間見た、碁を打つ空蝉と軒端の荻の衣服の色がはっきりと描かれていることは前回書き記した。
しかしそれよりも、どうしても気になって仕方がないのが「空蝉」の名の由来となった、光源氏が持ち去った薄衣の色……。


持ち帰った薄衣にはなつかしい「人香」が染みており、光源氏は肌身離さない。それをかけて眠りにつこうとするが、寝られずに歌を詠む。
「うつせみの 身をかへてける木のもとに なほ人がらの なつかしきかな」
~残された殻にあなたを思い、なつかしむ~

この歌から彼女は「空蝉」と名づけられるようになった。
しかしこのときの薄衣が、現代の暑い夏の盛りに木の枝や葉についている蝉の抜け殻の色として思い浮かぶ茶褐色だとはどうしても思えない。茶色い抜け殻を想像しての「空蝉」ではないと私は信じたい。

そもそも「空蝉」とは、「うつしおみ」が「うつそみ」を経て音変化した歌語。もとはこの世に姿を現した人の意味。平安時代にはこの世ははかないという思想と結びついて、蝉の抜け殻や単に蝉のことを指す。
王朝の人々の頭には、蝉の抜け殻よりも、夕暮れ時に物悲しく小さな声で鳴くひぐらしのような蝉が浮かんだのではないか。

ひぐらしの翅は、透き通るような淡い緑。
空蝉が脱ぎおいた薄絹はごく淡い緑……そんな絵を想像したい。
やわらかい青みの緑を指す色名に「青磁色」がある。
平安時代には「秘色(ひそく)」と呼ばれていたことも、私がごく淡い緑にしたい理由かもしれない。

そして空蝉は、自分の薄衣を光源氏が持ち去ったことに気づくのだが、あの薄衣は汗じみてはいなかったか……などと気が気でなく、思い乱れるのである。
もしも人妻の身でなければ……
昔に戻れるわけではないのだけれど……と堪えがたく
「うつせみの 羽に置く露の木隠れて 忍び忍びに濡るる袖かな」
~人目に隠れてひっそり涙に濡れる私の袖です~
と渡すあてもなく書き綴るところで話は終わる。

源氏物語は光源氏の女性遍歴の物語などと言われることも多いが、女性も心乱れている。
その心の揺れを紫式部は逃さない。
もしも隣にいたら……心は盗み見られているのだろうか。

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