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源氏物語の色 8「花の宴」 ~ふたりをつなぐ桜色~

春、光源氏の父である桐壺帝主催の桜の宴が開催された。
その夜、光源氏は藤壺に会えないかと淡い期待を抱きながら、藤壺の局のあたりをほろ酔いでしのび歩いていた。すると、「朧月夜に似るものぞなき…」と美しい歌声が聞こえ、近づいて来る。
光源氏はとっさに袖をつかみ、抱きかかえ……。
明け方、慌ただしく扇を交換し、光源氏は帰っていく。
女性は名前を明かしてくれなかった。もう一度逢いたいと思いながら素性を探ると、どうやら政敵右大臣家の姫だということがわかる。
一月後、右大臣家で催された藤の宴に光源氏は招待される。そして、二人は再会する。


この帖はあらすじだけをたどると、あまりに節操がなく、現代ならば事件となり訴えられてもおかしくない話とされる。「光源氏は単なるプレイボーイ」と言われるのはこのあたりなのだと思う。
しかしこの帖、私は大好きなのです。

もしかしたら藤壺に会えるかもしれないと思いながら、きれいな若い女性に惹かれてしまった光源氏については、男なんてこんなものね、まして物語だし、ということで済ませていただいて……。

二人が出会う場面は印象的。
「朧月夜に似るものぞなき…」と夜更けに口ずさみながら女性が歩いてくる。彼女もほろ酔いだったのではないかとさえ思ってしまう。
抱きかかえられ怖がる女性に光源氏は、「まろは、皆人にゆるされたれば……ただ忍びてこそ」と声をかけ、この言葉で女性は光源氏だとわかり、少しほっとしつつ思い乱れる。
超現代語訳をすれば、「大丈夫だよ。僕だよ。じっとしてて。」というところ。しかもお姫様だっこをされながら。

ここで女性は恋に落ちてしまったのだと思うのです。

この女性は、東宮に参内することになっていた右大臣家の六番目の娘。幸せが約束されているように読めてしまうのだが、この時代、決めるのはすべて親。皇太子の何番目かの妻になりなさい、と父親に決められていた女性…と現代風に読むと、見方はかなり変わる。
自分の考えなどなく、決められた人生を歩むだけ。少しは自由になりたいと、人目のないところで歌っていたら、今を時めく光源氏に見つかって、お姫様だっこされて……。
この状況、恋に落ちますね。

しかし、一夜明けても女性は名前を明かさない。以前、夕顔が名前を明かさなかったのは、明かすほどの身分でもないからという理由だと思うのだが、この女性は自分との関係が光源氏の行く末に影響することを恐れ、名前や身分を明かせなかったのだと思う。(事実、この後露呈し、光源氏は左遷されることとなるのです。)

そして、しるしとして交換した扇。
光源氏が受け取ったのは「桜の三重がさねにて、濃きかたにかすめる月を描きて……」。
薄い檜の板8枚1組を3組重ねた扇。三層構造のようになっていたものと思われる。
その色は桜色。「濃きかた」とあるので、薄い桜色から、濃い桜色のグラデーションのようになっていたのではないか。そして、濃い桜色の面には、かすんだ月が描かれていた。出会った時の「朧月夜」の歌を思い出させる演出のよう。
この一つの扇で、人柄まで偲ばれる。桜色あってこそ。

この女性のことを忘れられない光源氏が、一月後に藤の宴に出かけた時の装いは「桜の唐の綺の御直衣、葡萄染の下襲……」。
この「桜」は、表白、裏赤という「桜のかさね」と呼ばれるもので、赤の上に白を重ねることで桜色に見える平安時代に流行した重ねの配色。重ねの色目についても書きたいことは山ほどあるが、今回は光源氏が桜色を身に着けたことだけに注目したい。
ほかの客人が略礼装であったのに対し、かなりくだけた装いだとある。
桜色を身に着け目立つたことで、朧月夜の君と呼ばれることになる、かの女性に気づいてもらいたいと思ってのことでは……。
桜色の扇をもらったから、桜色の直衣を着てきました……。

運命的な出会いをし、二人は桜色によってつながれていた……。
紫式部の演出に、ドキドキしながら引き込まれてしまうのは王朝時代だけではないようです。

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