源氏物語の色 11「花散里」 ~やすらぎの白~

ーーー橘の花が咲き、ほととぎすの鳴く五月。朧月夜との逢瀬が発覚し、光源氏の周りには不穏な空気が漂い始めていた。
五月雨の晴れ間に光源氏は、亡き父桐壺帝の妃のひとりである麗景殿の女御の見舞いに行く。
麗景殿の女御の妹「花散里」は、宮中にいたころから光源氏と関係があった。見舞いの帰りに花散里のところへも寄り、懐かしく語り合うーーー


「花散里」の帖は、源氏物語五十四帖の中で最も短い。
短いゆえか、色彩に関する記述がない。
色を連想させるのは、橘の花くらいであろうか。

光源氏が詠んだ歌
「橘の香をなつかしみほととぎす 花散里をたづねてぞとふ」
(昔を思い出させる橘の香を懐かしんで、ほととぎすがこの邸を探してやってきました)

橘の花の香に誘われて……という歌は、万葉集や古今和歌集にもあり、光源氏の歌はそれを踏まえてのもの。
古今和歌集の「五月待つ 花橘の香をかげば 昔の人の袖の香ぞする」は私の好きな歌。
「昔の人」とは、今で言うところの「元カノ」。
橘の花の香がふっと漂ってきて、昔の彼女の袖の香がよみがえってきた……という歌。
きっと、懐かしくてたまらなくなってしまったのでしょうね。

その歌を踏まえて、光源氏は花散里に逢いに行く。

この帖では詳しくは書かれていないが、花散里は控えめでおとなしく、穏やかに光源氏を待つ女性。
光源氏を取り巻く環境が劣勢になる中、橘の花の香で思い出し、やすらぎを求めていく先は花散里しかいなかった。

「花散里」の帖に色彩表現はないけれど、浮かんでくる色は橘の花の白。
この白という色が、花散里の無欲で慎ましやかな性格をも表現しているのかもしれない。
光源氏はこの後、須磨へ流されることになるのだが、ひととき花散里とやすらぎの時間を過ごしたことが伝わってくる。
やっぱりすごい紫式部。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?