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源氏物語の色 5「若紫①」 ~輝くばかりの山吹色

「空蝉」「夕顔」・・・と光源氏の恋物語が続いてきたが、この「若紫」には源氏物語の中でも欠かすことのできない、光源氏が愛する二人の女性が登場する。
ひとりは、光源氏を生涯にわたり支え続ける、のちの紫の上。この時まだ十歳。
もうひとりは、自分の父親である桐壺帝の、今でいうならば後妻。つまり義母にあたる藤壺。

ここで話を少し整理すると、光源氏の母親は光源氏を産んで間もなく亡くなった。
とても美しかったという母の面影を求めて、光源氏は藤壺を慕うのだが、それは母に対する愛情とは別の愛となっていく。
そのような背景があって「若紫」は始まる。
三月の末、今でいえば四月の中旬ごろ、光源氏は病の加持祈祷のために北山へ向かう。
そこで目に留まった少女が、藤壺にとてもよく似ていた。それもそのはず、藤壺の姪にあたる少女だった。
光源氏は少女を見初めて、なかば強引に自邸へと引き取る。
一方、藤壺への思いは募るばかり。
そしてとうとう、藤壺は光源氏の子を身籠ってしまう…。

「若紫」の帖は、これからの光源氏の人生がどうなっていくのかと、読者にハラハラドキドキさせる要素がちりばめられている。
このようなヤマ場となる「若紫」で色彩はどのような役割を果たしているのか…。

高校の古典の教科書にも出てくる有名な場面。
「中に十ばかりにやあらむと見えて、白き衣、山吹などのなれたる着て、走り来たる女子、あまた見えつる子どもに似るべうもあらず、いみじくおひさき見えて、うつくしげなる容貌なり。」
(女性や子どもがいる中に、十歳くらいだろうか、山吹襲を着て走って来る子は、ほかの女の子たちとは比べものにならないくらいかわいい。成人したらさぞかし美しくなるだろう。…と光源氏)

その子がのちの紫の上。白い袿に山吹襲を着ている。
(襲とは、袷仕立ての衣の裏表の色を合わせて見える色のことを指す。また、衣を重ね合わせて配色されたものを指す場合もある。)
今でも山吹色という表現はよく使われるが、山吹の花のような鮮やかな赤みの黄色である。

日本語の慣用色名には、平安時代から使われ続けているものが数多くあるが、山吹色もまさにそうである。
日本語の色名では黄色の代表格と言える。
江戸時代を背景とする時代劇でも、賄賂として渡す小判のことを「山吹色のお菓子を…」などと言っているが、そのことからも広く色名として使われていたことがうかがえる。

光源氏が北山へ向かった時の景色は「山の桜はまださかり」。
山が、薄くて淡い紅色の山桜で覆われている光景が浮かぶ。
夕暮れ時の、桜色がかすみゆく山の中で光源氏の目に飛び込んできたのが山吹の少女。
それこそ、金色に輝く宝物のように光源氏の目には映ったに違いない。

映像がなかった時代だからこそ、紫式部は読み手や聞き手の頭の中に映像を映し出そうとしている。
そしてその術中にまんまとはまり、スポットライトをあてられた少女の行く末を知りたくなっていくのである。


もうひとりの重要な女性、藤壺にまつわる色は、またあらためて。

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