源氏物語の色 6「末摘花」 ~色は語る~

はかなく亡くなっていった夕顔を忘れることができず、思い返す日々の光源氏。夕顔のように、身分は高くなくても気を張る必要のないかわいらしい女性はいないものかと、懲りずに探している。
そのような折に、亡き常陸宮の残した姫君がひっそり暮らしているといううわさを聞き……。
有名な「末摘花」の帖である。

念願かない通い始めた光源氏であるが、末摘花は想像していた理想の中流女性とは違っていた。古いものを頑なに守り続ける時代遅れの姫君だったのだ。
しかし、気が進まないとはいえ無下にはできないのが光源氏。
そしてある雪の日の朝、初めてしっかりとその容姿を見てびっくりするのである。

胴長で、鼻は「普賢菩薩の乗物」つまり白象のようで、さらにその先が赤く、「ことのほかうたて(不細工)」で「おどろおどろ」しい、と紫式部は容赦ない。
この時代の恋愛の条件は、家柄や教養、容姿ならば髪が黒くて長いことや服装のセンス、といったところで、顔を見るのは最後だったのである。

花びらの先端が赤い、紅花のような鼻であることから、彼女は紅花の別名である「末摘花」と名付けられることとなる。
そのもとになっているのが、光源氏の詠んだ歌
「なつかしき 色ともなしに何にこの すえつむ花を 袖に触れけむ」
~心を惹かれているというわけではなかったのに、どうしてこの赤い花(鼻)を相手にしてしまったのだろう~
と、落胆ぶりがよくわかる。

この帖に至るまでの源氏物語は、光源氏が女性に惹かれ、恋焦がれていく様子がつづられているのだが、一転して「末摘花」では末摘花の魅力の無さばかりが語られている。それを際立たせているのが、色。
「末摘花」の帖では、赤のほかにもたくさんの色彩表現が出てくる。

「紫の紙の、年経にければ灰おくれめいたる…」とは、末摘花が光源氏にあてた手紙の紙の色。きっともとは高級な紫の紙だったのだろうが、古くなり白っぽくなってしまっている様子。

「秘色やうの唐土のものなれど、人わろきに…」
秘色とは、青磁色のこと。常陸宮邸の青磁の舶来ものの器が古びてしまっているにもかかわらず、それを使い続けている日常。

「聴(ゆる)し色のわりなう上白みたる一襲、なごりなう黒き袿重ねて…」と、末摘花の着ているものにいたっては同情すら覚える。
当時、天皇や皇族だけが身につけることのできる色のことを「禁色」といい、それに対して「聴し色」は誰もが着用できた。多くは濃い色が禁色であり、聴し色は薄い色。ここでは薄紅のことを指すが、その薄紅さえも色褪せ、その上に重ねた袿は汚れて黒ずんでいるというのである。

また、末摘花が光源氏に贈った直衣は「今様色の、えゆるすまじく艶なう古めきたる直衣の、裏表ひとしうこまやかなる…」
「今様色」というのは流行色のことで、この時は濃い紅梅色。流行色ならば気が利いているかと思いきや、我慢できないほど艶もなく、まして、冬は裏表の妙を楽しみたいのにそれもなく色が濃い。

とにかく、末摘花の魅力の無さが色によって具体的にわかる。
紫式部の、末摘花に対するいじめのように思えてしまうのだが、清少納言が「すさまじきもの…」と枕草子で書いたように、末摘花は当時の女性にとってセンスのない見本集になっていたのかもしれない。想像するとおもしろい。

さて、それでも光源氏は末摘花の面倒を見ていこうと決心する。
光源氏はたくさんの女性を手当たり次第…などと言われがちだが、実はみんなきちんと面倒を見ている。やはり憎めない。

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