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源氏物語の色 3「空蝉」 ~空蝉の紫に、光源氏は何を思ったか~

前の帖「帚木」の後半で、中の品である人妻 空蝉を求めた光源氏。
しかし、ただ一度きりでその後会うことがかなわないまま、空蝉への思いに眠れぬ日々を過ごしている。
ここから第三帖「空蝉」は始まる。

源氏物語はあらすじだけを読んでしまうと、光源氏の女性遍歴の物語というだけにとどまってしまうのだが、実はきちんと読んでみると心理描写がまことに細やかで素晴らしい。
「空蝉」の冒頭では、光源氏の空蝉に対するあきらめきれない思いがつづられている。

あきらめようとしてもあきらめきれない光源氏は、空蝉の小さな弟である小君に、会う手はずをととのえてくれるよう懇願する。
そして、空蝉の夫が留守中の、ある夏の夕暮れ…
光源氏は、夕闇にまぎれて空蝉の屋敷へ忍び込んでいくのである。
そしてそっと簾と簾の間に身をひそめる。
そこで光源氏がすきまから垣間見たのは……
空蝉と、義理の娘である軒端の荻が碁を打つ姿。

その二人の様子が描かれている。

空蝉は……
「濃き綾の単襲なめり、何にかあらむ上に着て 頭づきほそやかに、ちひさき人の、ものげなき姿ぞしたる」

この当時、「濃き」「薄き」といえば、紫の濃い、薄い、を指す。
つまり、空蝉は、濃い紫の単の上に何かをはおっている姿。
濃い紫が一番に目に飛び込んでくるわけだから、きっと白い薄絹の単をはおっているのだろう。

一方、軒端の荻は……
「白き羅の単襲、二藍の小袿だつもの、ないがしろに着なして、紅の腰ひき結へる際まで胸あらはに、ばうぞくなるもてなしなり」

「二藍」とは、藍と紅花をかけ合わせた色。藍で染めたのち、紅花で染めたのであろう。配合により青~赤紫と幅があるが、若い軒端の荻は赤紫~ピンクだったのではないかと私は思う。
白い単の上にピンクの小袿、袴は赤。
しかも、暑い夏の夕暮れ。胸もあらわな、しどけない姿。
さらに、彼女は大柄で、目鼻立ちも整って華やかな印象とある。

若い光源氏が、若く派手で陽気な、そして肉感的な軒端の荻を目の前にして、興味を示しながらもなお、地味で控えめな空蝉のもとへ忍び込もうとする。

ここでもまた光源氏が惹かれる色は、紫。
作者紫式部は、どんな思いで空蝉に紫を着せたのだろうか。

さて、話としての「空蝉」のクライマックスはここから。
夜が更け、うまく忍び込んだ光源氏は空蝉のもとへ。
しかし空蝉は、衣擦れと、闇に漂う光源氏の薫りに気づき、上着を一枚残してそっと去る。
光源氏はそうとは気づかず、軒端の荻を空蝉と思い……。

ここで空蝉が残していった上着が、はかない蝉の抜け殻のようだというところから、この女性が空蝉と呼ばれることとなる。
この残した上着を、光源氏はいとおしく抱きしめる。
果たしてどのような色だったのだろうか。

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