源氏物語の色 24「胡蝶」~春の色~

「胡蝶」のあらすじ
―――「初音」に続く弥生二十日過ぎ、六条院の春の庭で龍頭鷁首の船の宴が行われた。春を好む紫の上は、秋好中宮の御読経の供養のお志として、春らしい鳥と蝶の衣裳をつけた童子たちに舞を舞わせた。これは前年秋に秋好中宮が挑んだ「春秋あらそい」に応じたもので、紫の上の春の勝利となった。一方、光源氏は娘として迎えた玉鬘に恋心を抱いてしまう。ーーー

「春のほうが華やかだ」「いや、秋のほうが美しい」という「春秋あらそい」は、平和な時代でなければなかったであろう。勝敗を求めない平和な争いである。

前年の秋、紫の上のもとには秋好中宮から「心から 春待つ園はわがやどの 紅葉を風のつてにだに見よ」という歌と共に、硯の蓋に色とりどりの紅葉が届けられた。春を待っているくらいなら、紅葉の美しさを御覧なさい……という挑戦。

半年経って、紫の上は春の華やかさを中宮に届けた。届けたものは、花と童子八人。童子は「胡蝶」の舞を舞うのだが、その衣裳が鳥と蝶。鳥の童子は銀の花瓶に桜を差し、蝶の童子は金の瓶に山吹を差している。その花の房が見事で、世にないほどの美しさ。舞うごとに花びらが舞い散る様子は本当に心に染み入る。秋好中宮はこれを見て春の御殿の花に兜を脱ぐのだが、負けましたわという返歌に加え、童子たちには舞を労って禄を贈る。ここに色の記述がはっきりと書かれている。

「鳥には桜の細長、蝶には山吹襲賜る。・・・物の師どもは、白き一襲・・・中将の君には、藤の細長添へて・・・」

桜の花と共に舞った鳥の童子には、表が白・裏が赤のかさねとなっている桜色の装束を。山吹の花と共に舞った蝶の童子には、表が薄朽葉(薄い黄)・裏が黄色のかさねの山吹色の装束を。つまり、童子たちが舞ったことへの賞賛も込めて、それぞれに合った色の衣裳を与えているわけである。本文には書かれていないが、中宮の前で頑張って舞った童子たちはこのご褒美を見て飛び上がって喜んだのではないかと思う。桜でさえずる鳥のように、山吹に舞う蝶のように感じてもらえた。だからこの桜色であり、山吹色なんだと。その色を見て童子たちは感動したに違いない。

色には心を動かす力があると私は思う。芽吹いてくる若い緑、つぼみから綻んで顔をのぞかせた紅梅の赤。それらの色を見て季節が進んでいることに気づき、桜色に変わる景色に息をのむ。それは千年経っても変わらない色であり、それらを愛する心も変わらないのだと思うと、とても奇跡的なことなのかもしれない。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?