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映画「過去はいつも新しく、未来はつねに懐かしい 写真家・森山大道」監督日記㉔ ~「今現在の森山大道」を描くこと

ドキュメンタリーの定石からの逸脱

「にっぽん劇場写真帖」の一点一点を
照合検証し、再構築していく。
そんないわば”森山大道解体計画”は、
大道さんの深い深いところに
立ち入っていくことになりました。
そしてついには大道さんの”魂の聖域”にまで
足を踏み入れるようになっていきました。

僕は興奮していました。

この映画は「写真家の記録映画」ではなく
「写真家の魂の物語」になるに違いない。
僕はそう確信し、ある重大な決意をしたのです。
それは一般的なドキュメンタリーの
基本や常識とは異なる
いささか突飛な発想でした。

僕は決めたのです。
この映画には、一切説明ナレーションを入れないと。
そして一切インタビュー証言もやめようと。

僕はこれまで多くのドキュメンタリーを手掛けてきました。
その定石は、
「分かりやすいナレーションで丁寧に解説し、
証言やインタビューをふんだんに盛り込むことで、
テーマや内容を端的に伝える」というものでした。

当然、説明するための言葉は
分かりやすく平易なものでなければなりません。
そして途中多くの解説者や評論家、専門家が登場し、
内容を噛み砕いて説明してくれます。
そして過去の出来事を説明するために
友人・知人・関係者などが次々と現れ、
それぞれの記憶に沿って証言をしていきます。

こうして内容とテーマは
言葉で補完され、補強され、説明されます。
誰が見ても「なるほど、そういうことか」と
出来事や対象を最短で理解することを目指す。
こうした「基本に忠実なドキュメンタリー」を
僕はこれまで何百本と作ってきました。

でも今回、その手法をやめようと思ったのです。
分かりやすく平易な言葉で
森山大道を説明するのはやめよう。
解説者・評論家・専門家が
森山大道を噛み砕いて解説するのもやめよう。
友人・知人・関係者らが
「あの時はああだった、こうだった」と
森山大道を証言するのもやめよう。

そうではなく、
今現在の森山大道さんだけを見つめよう。
そして本人を中心に起きる出来事、
そこに巻き込まれていく人々、
その現場で必然的に交わされる会話、
その現場で湧き起こる様々な感情の波紋。
こうした「カメラの前で起きる事件」(=現場)だけを
丁寧に記録していこう。
森山大道という存在とその周辺に
謙虚に耳を傾け、
じっと目を凝らしてみよう。

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「今現在の森山大道」を描くとは何か

この映画の企画の種。
それは僕がかつて作った
森山大道さんのドキュメンタリー番組の回顧上映の際に
観客から問われた一言でした。
いわく「あなたはなぜ”今現在の森山大道”を撮らないのか?」。
「今現在の森山大道」を描くとは何だろうか。
それは、分かりやすく森山大道を説明する
(あるいは説明した気になる)ことではないはずだ。

それは言うなれば、
決して言葉で捕まえることの出来ない
21世紀の大道さんのビビッドな運動そのものを
むんずと掴むことではないか。
またそうしようと必死で藻掻いても藻掻いても
なお手の指の間から流れ落ちていく
大道さんの今の想いや今の動きを、
それでも何とか掬い上げようと試みることこそが
この映画の使命なのではないか。

そのためには、ナレーションやインタビューという
言葉による説明に頼っていてはダメだ。
そこでは絶対に語り切れない「今この瞬間」を
映像だけで積み重ねて描くということに
挑戦しないと意味がないんじゃないか。

分かりやすく噛み砕いた説明で、
つまり僕が今まで作ってきたようなやり方で
「今現在の森山大道」を理解したような気になるのは
簡単かもしれないけれど、
何か決定的に違うのではないか。
僕が今、必要としている表現は
説明による理解ではなく
説明を超えた得体の知れない何かに
カメラを通して自分自身が感応し、
それをスクリーンを通して
観客に生々しく体感してもらうことなのではないか。

恐る恐る僕は尋ねました

「…というわけで、大道さん。
今回は一切解説とか論評とか
説明とか一切入れないでおこうと、
勝手に思ったんですけど…
い、いいですかね?」

恐る恐る僕は大道さんに尋ねました。

大道さんは、
黙って煙草を吹かして
僕の話を聞いていました。
そして一言。

「うん。いいんじゃない。
そういうのはさ、僕が死んでから
勝手にやってくれればいいんだよ。
で、どういう映画を作りたいの、岩間さんは」

僕は、ドキリとしました。
そして身を強張らせてこう答えました。

「一本の木から、
一冊の写真集が出来上がるまでの物語です。」

煙草を挟んだ大道さんの指の動きが
ピタッと止まりました。

「その過程で、大道さんが何を考え
何を語り、どう街に出て、
どんな風にスナップしていくのか。
それだけを見つめ、
それだけを積み重ねていく映画です。
森山大道の21世紀の現場映画です。」

僕は、ドキドキしながら
震える声でそう言いました。

すると大道さん、
にや~と笑って
一言ボソッと呟いたのです。

「いいじゃん」

そして煙草をもみ消して立ち上がりました。

「よし、じゃ今から路上スナップに行こう」

皆まで言うな。
大道さんの背中がそう語っていました。

僕は慌ててカメラを持って
その後ろを追いかけました。

(文中写真:本編より)


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