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映画「過去はいつも新しく、未来はつねに懐かしい 写真家・森山大道」監督日記㉑ ~伝説復活、ついに計画は動き出した

映画の背骨「にっぽん劇場写真帖」復活計画

1968年に出版された森山大道さんの
伝説的写真集「にっぽん劇場写真帖」。
実物は手にすることが困難なこの傑作を、
50年ぶりに新たに世に問うプロジェクト。

何と掲載された全149 点の写真、
その一点一点が
【いつ】
【どこで】
【どのように】撮られたのかを
大道さん本人から直接聞き出し、
「にっぽん劇場写真帖~決定版」として
新たに出版するというのです。

編集者・神林豊さんが組んだパートナー
造本家の町口覚さんは僕に
「写真集は、紙から出来ているんですよ。
だからその元となる木、森からイメージしないと
大道さんの写真集なんて作れないんですよ」
…と、自分自身に言い聞かすように語りました。

それはまるで自分にプレッシャーを
かけているようにも聞こえました。
言い出しっぺの編集者・神林さんでさえ
実際どこからどう手を付けていいか…
考えあぐねている様子でした。

森山大道のデビュー写真集を
完全な撮影データ付きで新たに出す、とは
百戦錬磨の当人たちでさえビビるほどの
難事業、大事業だったのです。

僕は興奮していました。
これこそが映画の背骨になるはずだ。

雨の降る木曜日の午後、ついに…

復刊プロジェクトはついに動き出します。
それはある雨の降る木曜日の午後でした。

編集者と造本家の二人が
代々木にある大道さんの仕事場に行く、と聞いて
僕は先行して少し早めに大道さんを訪ねました。

大道さんは、いつものようにプカリプカリと
煙草を吹かして二人を待っていました。
「にっぽん劇場写真帖」を復刊する
今日はそのための軽い打合せ…くらいの認識です。

大道さんは普段通り、
特に身構えることもなく
気心の知れた二人の到着を待っていました。

編集者と造本家が登場しました。
いつもと同じ空気を装いながら
「ちわ~っす」「ど~も~」と言いながら
仕事場に入ってきます。

それは本当に何でもない
ありふれた「出版打合せ」のようでした。
でも僕は知っていました。
編集者と造本家が、
いつになく身構えていることを。

森山大道さん本人から
50年前の撮影の背景を聞き出す。
本当にそんなことが可能なのだろうか。
本人はそんな細かいことを覚えているだろうか。
仮に部分的に覚えていたとしても、
それをいちいち本人に聞いていいものだろうか。
「野暮なこと聞くなよ」と
一蹴されるのではないだろうか。

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初手を間違えたら
今後の壮大な計画はすべておじゃんになる。
慎重に繊細に、でも勇気をもって
プロジェクトの第一歩を踏み出さなければ。

ふざけた雰囲気の二人から
実は内心、猛烈に緊張している様子が
痛いほど伝わってきました。

その瞬間を撮り逃すな

いつも何でもない世間話から
この三人の会話は始まります。
僕は僕でとても緊張していました。
編集者・造本家とは違う緊張感です。

それは、この世間話が
一瞬にしてプロジェクト始動に切り替わる
その決定的な場面を
ちゃんと撮影しなくては、という
プレッシャーからくるものでした。

俳優さんに「用意、スタート!」と言って
演技を始めてもらうわけではありません。
「ここから重要な打合せの
ファーストシーンを撮ります。
3、2、1、キュー!」と言って
会話をしてもらうわけでもありません。

それはいつどのように始まるか
分からないのです。

僕は彼らの話にじっと耳を傾けていました。
全身のセンサーをビンビンに研ぎ澄まして
その瞬間を確実にキャッチしなくてはなりませんでした。

かっこいい映像や端正な画面作りなど
もはやどうでもいい気分でした。
今必要なのはそんなことではない。
僕がその瞬間をつかみ取ることが出来るかどうか。
それがすべてでした。

案の定、
神林さんも町口さんも
「大道さん、この間、こんなもの食ったんですよ」
などとどうでもいい世間話をしています。
大道さんは大道さんで
「へぇ~、オレ、最近もう飲まないからな~」などと
これまたどうでもいい返しをニコニコとしています。
世間話は延々続いています。

しかし、その瞬間は唐突に訪れました。

編集者・神林さんが何でもないことのように
サラリと切り出しました。

「でね、森山さん、例の『にっぽん劇場』の件なんですけど」

ボソッと話し始めました。

「あれをもう一度出すに当たってですね」

神林さんという人は
とても大事なことを言う時に限って
正対せずにあらぬ方向を見て
呟くように言います。
この時もそうでした。
何でもない世間話の延長として
大道さんの仕事場の犬のポスターの方を見て、
犬に語りかけるように呟きました。

「…【いつ】【どこで】【どのように】撮られたのかを…
一点一点、全部聞いていきたいわけですよ」

それまで和やかだった空気は
一瞬にして張りつめました。
僕は震える手でカメラを構え直しました。

(写真:本編映像より)

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