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映画「過去はいつも新しく、未来はつねに懐かしい 写真家・森山大道」監督日記⑬ ~21世紀の森山大道はチーターです

2018年の森山大道、変わらないことと変わったこと

僕が初めて
森山大道さんのスナップ現場を目撃して
はや20数年。
2018年正月、
大道さんの制作風景を
20数年ぶりに再び見つめ撮影しながら
僕は猛烈に感動していました。
この人はどうしてこんなに変わらないんだろう。
普通これだけ時間が経っていれば
容貌風貌はもちろん、
撮るモチーフも撮る内容も、
スタイルもメソッドも、
少しは変わっていそうなものです。
いや、むしろ変わっていて当然です。
なのに、大道さんは全然変わらない。

じゃあ、何もかも変わらないかというと
それはそれで
そんなことはありません。
映画の撮影で
大道さんの動きを凝視しているうちに
僕は「へぇ」と思う発見がありました。
それは…。

100メール走者の撃つ速射砲

20数年前に僕が目撃していた
大道さんのスナップワーク。
それは、例えるなら
100メートル走者が撃つ速射砲のような趣でした。
対象物をハンターのように見つけると
その対象物を逃がすまいと
タッタッタッと早足で近づき、
にじり寄ってパシャリ
さらに寄ってパシャリ
サッと引いてパシャリ
アングル変えてパシャリ
もう一枚おまけにパシャリ…
といった具合に、
「これは」と思った対象には
何度かシャッターを切るケースが
多々見受けられました。
そして最後のシャッターを切り終える頃には
もう次の対象物に向かって
足を踏み出している。

そんなすさまじい速度のスナップを
看板、車、路地裏、ポスター、
建物、人混み、電柱、ネオンと
街のありとあらゆる断片に向けて行うので、
36枚撮りのフィルム(トライX)なんて
100メートルも歩けばあっという間に
撮り切ってしまうわけでした。

小さな小さなコンパクトカメラ
オリンパスμが、
速射砲のように見えたものです。

狙った獲物を一発でガブリ

2018年正月の大道さんはこんな感じです。

街の中を歩く。歩く。歩く。
何かを見つめているわけでも
探し回っているようでもありません。
ただただ、街のノイズとリズムに
身を委ねているような様子で歩いています。
すると…突然、
はっと何かに感応し、
立ち止まって、さっと目線を動かします。
何かを見つけたようです。
何でしょう。
それは以前と同じように
看板だったり、ネオンだったり、
ポスターだったり、マネキンだったり
店の軒先の人形だったりするわけですが…
違うのはここからです。
大道さんはいたずらに走ったり
早足になったりはしません。
目つきだけがすっと変わります。
そしてその対象物に迷うことなく
のっしのっしと着実に歩みを進めます。
それはまるで草原で獲物を見つけたチーターが
決して慌てず焦らず走らず、
相手に気づかれないように
息を殺して近づくような様子です。
じわり、じわり。
大道さんの周りから
すーっと音が消えていくようなその動き。
そして対象に近づくと、
電光石火のごとくカメラを構えて
一瞬でパシャリ(ガブリ)。
あっという間の出来事です。
もう撮るべきサイズもアングルも
すでに決まっているかのように
一回(多くても二回)だけ
鋭く素早くシャッターを切るのです。

あっと思った次の瞬間には、
また大道さんはゆらりとその場所を離れ、
再び街に躰を預けるようにして歩きだすのです。

daido2020-08-04-13h10m07s551のコピー

剣豪には全部見えていた

あれ?一枚だけ?
今のは一回だけしか
シャッター切らないんですか?
撮ってみたら実は
そんなにいい対象じゃなかったのかな?
だから一枚だけ撮って
ま、いいか、という風になったのかな。
最初は僕もそう思っていました。
ところが全然違ったのです。

画像2

数週間後、数か月後に
新作写真集が出来上がってくると
僕は驚きました。

完成品を手に取ると
僕が目撃した
あの「たった一回のシャッター」で
撮られた写真が、
見事な構図と陰影で
バチっと掲載されているのです。
うわ、かっこいい。
たった一回のスナップショットが
これか…こんな風になるのか…。

大道さんは
一撃必殺の剣豪、
1キロ先の小さな的を撃ちぬく
凄腕のスナイパーのようでした。
つまり、パシャリ(ガブリ)とやったら
もう一発で「決まり」なのです。
一発でもう完璧にキメているのです。

凄腕の剣豪が
落ちていた木っ端を軽く一振りすると
取り囲んでいた悪党たちが
一斉にばさりと倒れる。
そんな感じです。
凡人には到底真似できない恐ろしいくらいの
カメラを使った居合切り。
2018年の森山大道さんの新たな動きを見て
僕は唖然茫然…。

1995年の大道さんと
2018年の大道さん。
その両方の激烈なスナップ現場を間近で
目撃することが出来た僕は、
あらためて森山大道という人の
振れ幅の大きさに圧倒されたのでした。


(写真:本編映像より)


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