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映画「過去はいつも新しく、未来はつねに懐かしい 写真家・森山大道」監督日記⑨ ~森山大道、かく語りき

一人で撮るならいいですよ

「森山大道さんの映画を作りたい」

ダメ元でお願いをする僕に対して、
大道さんは
いたずらっ子のような顔をして言うのです。

「大所帯の撮影隊がくっついてくるなら
はっきりお断りです。
…でも、あなたが、
自分一人で撮るならいいですよ」

ニヤッと笑う大道さんの顔を見つめて、
僕は呆気に取られていました。
はい?
僕は、プロのカメラマンではなく
演出家でありプロデューサーです。
その僕が、映画の撮影を?
まったく想像もしていなかったリアクションに
僕は当惑していました。

だって大道さん。
世界公開を目指す映画ですよ。
おそれ多くも
世界のどこかの映画館の
巨大なスクリーンに投影される(かもしれない)
エ、イ、ガ、ですよ。
その映像を
大道さんは「あなたが自分で撮れば」と
本気で仰っているのですか。

著名な撮影監督じゃなきゃ嫌だ、
というのならまだわかります。
それを…僕が一人で撮影するならって、
大道さん、どういうおつもりですか。

大道さんは、ニヤッと笑ったまま
タバコの煙をゆっくり吸いこんだり、
窓の外に何とはなしに吐き出したりしています。
そして僕のオロオロする姿を
珍しい動物でも見るような面持ちで
面白そうに眺めていました。

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そして、森山大道、かく語りき

「サーヤ」の二階の時計が
カチコチとやけに大きな音を立てています。
僕は大道さんの真意がつかめず
思わず言ったのでした。

「えーと、大道さん…
僕はプロのカメラマンではありませんし、
スクリーンに映し出される映像なんて
とてもじゃありませんが、
普通に考えても撮れないと思うンです。
大道さん、僕は監督はやれても
カメラマンとしては素人ですよ。」

すると、大道さんは楽しそうに
しかし、キッパリと言うのです。

「だから、いいんじゃないですか」

え!?
だからいいんじゃないですか?
どういうことだ??

僕は戸惑いつつも猛烈に考えました。
大道さんの言葉の意味を。
その言葉の裏にある真意を。
大道さんは別に僕をからかっているわけでも
混乱させようとしているわけでもなさそうです。

僕が頭を抱えていると、
種明かしをするように
大道さんは微笑んで言うのでした。

「きっと岩間さんにしか撮れない
そういう映像があるんですよ。
だからいいんですよ。
つまりね。その、それがいいんですよ。
アングルとかサイズとか、
そんなの別にどうでもいいんですよ。」

え?

「ま。なんて言うかね、
その人にしか撮れない映像ってね、
あるんですよ、きっとね」

「商業カメラマンの方が撮る
プロの映像の良さ、っていうのは
そりゃあると思いますよ、もちろん。
でも今回岩間さんが作りたい映画は
そういうことじゃないんだろうと、
僕は思いました。
だからね、岩間さん、
あなたがご自分で撮ればいいんですよ」

そして極めつけのひと言。

「写ればいいんですから。
写りさえすれば、ま、何とかなりますから」

それは…まさに
森山大道の写真論・カメラ論の真骨頂でした。

「サーヤ」の二階で
映画撮影の前から
僕はすでに
森山大道のコアなところに触れていたのです。
僕は興奮していました。

そう来ましたか、大道さん。

(写真『森山大道の東京ongoing』展より)
※東京都写真美術館にて明日まで開催

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