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映画「過去はいつも新しく、未来はつねに懐かしい 写真家・森山大道」監督日記② ~撮れるものなら、撮ってみろ。〜

森山大道、謎の微笑み

「20年で写真を取り巻く状況は一変したのに、
あなたはなぜ今現在の森山大道を撮らないのか」

2016年開催の
NADiff a/p/a/r/tやギャラリーでの
トークイベントのお客さんから
そう真っすぐ問われて答えに窮した僕が、
思わず横に座っていた大道さんの顔を覗き込むと…
大道さんは
ふふふ、
と謎の微笑みを浮かべているではありませんか。

何だ、何だ、この微笑みは。
間が持たなくなった僕は、
「い、いいですね~、撮りたいですね~。
今の森山大道さん、撮ってみたいですね、ええ」
などとおよそ何の中身もない、
お茶を濁したような回答をするしかありませんでした。
しかし
僕がそう誤魔化して数秒の間があいた後、
大道さんはピリッと短くこう言ったのです。

「ま。その時は、どうぞまたよろしく。」

それは、もちろん半分は社交辞令でした。
でも、それだけではない
ある種の「尖った」空気を感じました。

森山大道、不敵な面持ち


大道さんの顔にさっきまで浮かんでいた
謎の微笑みは消え、
もう眼は笑っていませんでした。
大道さんは、不敵な面持ちで
僕を見つめていたのです。

僕はもう一度、
射抜かれたような気持ちになりました。

僕は思ったのです。
ああ、これは大道さんの静かな挑発だな。
そして大道さんはきっとこんな風に考えているんだな、と。

(撮れるものなら、撮ってみろよ。
…でも撮れるのかい?)

それは大道さんのおそらく
僕への問いかけだったのです。
20年前。
右も左も分からぬ一人の青二才の
テレビディレクターだった僕は、
無礼千万にも世界的な著名写真家を
いきなり訪ねたのでした。
そして「あなたのドキュメンタリーを作りたい」
と迷惑も顧みず直談判し、
無我夢中でテレビ番組を作ったのでした。
あれから20年。
歳月は流れ、大道さんも歳を重ね、
僕は僕で歳を重ねてきたわけです。

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20年前…そして今

僕はその後
それなりに数多くの番組も作ってきたし、
そこそこいろいろな経験も積んできたし、
最近では髭に白いものも混じってきました。
僕が身を置くテレビの世界も随分変わりました。
20年前、当時僕が作ったのは、
「路上の犬は何を見たか?
写真家・森山大道1996」(NTV『美の世界』枠)
と題した45分間コマーシャルなしの
(つまりスポンサーの付いていない)
マニアックなアートドキュメンタリーでした。
視聴率も今ほど厳しく問われない中、
好き勝手に作ることが出来た牧歌的な時代の産物でした。
今、同じような環境が整うかといえば
正直それは難しいだろうと思います。

つまり、僕も、テレビも随分変わりました。

一方、大道さんはというと
まったく変わることなく世界中の街を飛び歩き、
路上スナップを撮り続けています。
相変わらず三脚も、照明機材も、レフ板も、
スタジオも、アシスタントも持ちません。
武器は、
自分の足と小さなコンパクトカメラ一台だけ。
ずっとそれだけで世界と対峙しているのです。

そんな大道さんは、
20年前の僕と今の僕を直線で結んで
静かに問うたのです。
俺は変わってないよ、そっちはどうだい。
20年前の無鉄砲さでやれるのかい、と。
撮れるものなら撮ってみろよ、と。

僕は、大道さんの謎の微笑みと
不敵な面持ちに打ちのめされ、
大きな宿題を抱えた気持ちで
会場をあとにしたのでした。

その場に一人のプロデューサーがいて、
僕らの話にじっと耳を傾けていることなど
まったく知らずに…。

つづく




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