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176_NOFX「So Long & Thanks for All the Shoes」

「いや、なんか言ってること、よくわからないですけど、これって僕のことを騙してますよね」
「はあ、ジブン、何言うてんの?」
大島さんなる男は嫌味な関西弁で毒づいた。久しぶりにこんなベタな関西弁を使う人間を見た。でも岡山や広島あたりの方言のイントネーションも混じっているので、たぶん、根本は関西出身とかではないと思う。(岡山出身の娘と昔付き合ったことがあって、関西に来るとそういう変な関西弁を使う輩が増えることを嘆いていた)

「いやだから、すいませんけど、なんかあなたの言ってることって、信用できないってことです」
「なんかって何やねん。ジブン、感覚で喋っとるだけやろ、だからこれはやれば絶対儲かる投資法やねんで」
「絶対儲かるのをなんで人に教えるんですか」
「そりゃ、親切心からやないか。この高田がな、どうしても君に教えたって欲しいって、俺に言うてきたからや。なあ、高田」
高田は少したじろぎながら、様子を伺うような感じで頷く。高田は大学の陸上部の同期で、いつも自主練に付き合ってくれるいい奴だった。こいつ自身は引っ込み思案であまり前に出たがらない。なんでこんなことになったのか、自分でもよくわからない。

改めて、高田が連れてきた大島なる男の風貌を見てみる。黒のナイロンのスーツにインナーの白Tシャツがやけに眩しく映り、カフェの中でも声が大きくてやたら目立つ。高田曰く、大島さんは「師匠みたいな人」と言っていた。何なんだ師匠って。一度でもいいから、その人に会ってくれないかと持ちかけられた。高田がいきなりこんなことを言うこと自体すごく違和感があった。

そもそも高田がこんな金儲けの話を俺に持ちかけてくること自体がおかしい。今までそんな話を二人の間でしたことなんてなかった。どんな練習メニューでやるかとか、あの選手が次の大会では強いとか、練習終わった後に飯食いながらそんな話ばかりしていた。素朴で柔和な高田と、目の前にこの大島なる男のキャラクターにギャップがありすぎる。

「すいません。確かに自分もそう言うお金儲けの知識は全然ありませんけど、あなたの言うことは、何か違うと思いますんで、俺はやりません」
「なんか、勘違いしてんちゃう?これはな、昔のネズミ講とかマルチとかではなくて、歴とした投資やねん、投資」
さっきから、なぜかこの男はこれは投資だとしきりに強調する。別にこっちが積極的に疑っているわけでもないのに、あらかじめ予防線を貼っておきたいような口ぶりだ。そう言う奴はだいたい嘘をついているか、何かを隠している。

「今の時代、若いうちから投資しとけば複利の力が利いて何十年間か後には大金持ちになれる仕組みになってんねん。今、金持っている奴らはみんなそうやってお金を増やしてきたんや。サラリーマンとかになって、満員電車とかに乗って、嫌々毎日仕事するんは嫌やろ?」
「まだどこに就職するかはわからないですけど」
「一生ずっと人に使われてるよりかは、この投資でお金を生み出して、それで自分の好きな人生を生きてみればいいんや。この投資でお金を稼いで、働かないで旅をしたり、海外とか好きなところで暮らしている奴もめっちゃおんねん。ええか、金自体そのものは意味はない。あくまで自分の人生を豊かにするための土台や」
「はあ」

大島の言うことがあっているのか間違っているのかはわからない。俺はすうっと息を吸い込んだ。それはまるで自分の中で力を溜めているようなポーズのようだった。何かを跳ね除けようとするときに、自分の中で行う儀式のようなもの。自分がやっている陸上の400mハードル走でスタートラインにつく前にやっていることだ。そうだ、こいつはたぶん障害だ。飛び越えるべきハードルだった。願わくば、そのことを高田にも自覚して欲しかった。

「じゃあ、すいません。俺、このあとバイトあるんで。これで」
俺は自分の分のコーヒー代を支払って、席を立とうとした。
「あ、待ってや、ちょっと。けっ。何やねん」
俺はそのまま振り返らず店をでた。高田の顔は見なかった。たぶん、うつむいて下を向いていたんじゃないか。

俺に何ができたんだろう。まだまだ自分は半人前だと言うのもわかっているし、目上の人の言うことも聞かなきゃいけないってことはわかる。そりゃ、世間の厳しさも何もわかっちゃいないさ。這いつくばってでも、前に進もう進もうと思ってやっているつもりだ。でもやっぱり、できないものはできない。

大島さんと呼ばれる人は絶対に俺を騙している。それだけは確信というものがあった。この人の言っていることはどうもおかしい。人を騙してお金儲けをしようとはやっぱりできない。

おそらくそれをやるってことは自分の中の何かを裏切らないとできないんだろうと思う。でも、それをやるってことは自分が今まで生きてきた規範みたいなものに反するし、たぶん俺の両親も決して喜ばないと思う。俺の親父もおかんも人を陥れたり、貶めたりするようなことはするなよとずっと言ってきた。

そういったものに近づいてはいけない、自分からは絶対に遠ざけよと言われてきた。俺はたかだか大学生に毛が生えた程度かもしれないが、これまで生きていてそれは本当にその通りだと思う。だから、あれでよかったんだと思う。

ただ気になるのは高田の存在だった。なんとなく所在なさげな高田の顔が思い浮かぶ。彼自体はおどおどした様子で、ずっと俺と大島さんの顔を見ていた。ちゃんと高田と話がしたいのだが、なんて話をしはじめていいのかわからなかった。あちらから連絡が来るまで待ったほうがいいか、それとも次の練習の時に普通に接しておけばいいか。彼との距離をはかりかねた。

だが一つだけ確かなのは、こんなつまらないことで高田との関係を終わらせたくないってことだ。俺だったから良かったけど、他にも大島に別の奴を紹介して被害に遭っていたら、高田の立場が悪くなって孤立してしまう。それだけが心配だった。

なんでこんなことになっちまうのかな。俺も高田もただ前だけ見て走ってさえすればいいのに。沈む夕日を眺めながら俺はバイト先に向かって自転車を漕ぐ。

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