見出し画像

080_The Cinematic Orchestra「Ma Fleur」

「お姉ちゃん、これもお姉ちゃんのじゃない?」
「あー懐かしいな、これ。もう、アンタにあげるよ」
「ええーいらないよ、持っていって」
久しぶりに帰ってきた姉と部屋の片付けをしていて、押し入れから昔姉が持っていたお人形セットが出てきた。どうしても私が姉と同じものが欲しくて、母にせがんだやつだ。懐かしい、だけど結局買ってもらえなかった。4人家族が狭いマンション暮らしだったから、この部屋は5つ上の姉が大学に進むため家を出るまでの間は、姉妹で一つの部屋を使っていた。この部屋で姉とは色々と思い出がいっぱい詰まっている。もちろんケンカもいっぱいした。

「アンタ、欲しいって、すっごいお母さんに言ってたじゃん、泣きながら」
「そうだけど」
「可愛い妹にあげるんだから、ね。いらなかったら処分しといて」
それなら、あの時私にくれればよかったのに。でも、今見ると、そこまで可愛くない。なぜ、あれほど泣き喚くまで母にせがんでいたのだろう。幼い私はずっと母親の服の裾をつかんでは、どうしても欲しい欲しいと付いて回って訴え続けていた。しまいには買ってくれるまでご飯も食べない、とハンガーストライキまでかけた。(子どもの時って、食べること自体にあまり興味がないし、むしろ私は昔から食が細かったので食べることが苦痛だった。姉は対照的に食べるのが大好きだ)そうまでしても結局買ってもらえなかった。

そのお人形があれば、私は自分の全てが満たされるものだと思っていたんだ。子供の頃の感情って、おもちゃ箱のように、どうしてもいろんな説明のつかないものでないまぜになっている。決して全てのパズルのピースがハマっているわけではない。今となっては到底説明のつかないことに対しても、子供ながらにその時は全身全霊で信じていたし、そして一生懸命だった。妥協とか打算とか、一切そういうものがなかったな。

「ちょっと2人ともご飯よー」
「ほら、ご飯だって、もう片付けはここまでにしよ」
「えー、お姉ちゃん、てか、全然終わってないじゃん」
母親からの声とともに、味噌汁とか晩御飯の食卓の匂いが漂ってきた。そうしたら、急に自分のお腹が空っぽになったかと思えるくらい、空腹を感じた。パブロフの犬みたい。
「ああ、もう一日ずっと片付けさせるから。私、もうお腹すいたー」
「ちょっとー、お姉ちゃん」
あ、そうだ、この感じ。昔と一緒だ。姉妹で夢中でおままごとしたり絵を描いたり、この部屋でずっと二人で遊んでいて、母親から御飯時になるとああやって声がかかってリビングの食卓に呼ばれる、この情景。市役所勤めの父はいつも6時には帰ってきていて、家族4人揃ってご飯を食べられる。何度も見た、味わった、二人で。姉の顔を横目に見る。そっか、もうこれからこの家でこういうことってないんだな。

急に実感が湧いてきたのか、急に襲われる言いようのない感情に、不意に泣きそうになる。私は深い郷愁のようなものを感じていた。なんで、残される私の方が泣きたくなるのだろう。もう、こういったことがこの部屋で繰り返されることはないんだって思ったら、やっぱり少し寂しくなって胸がきゅうと痛む。胸の中に、暖かくいろんなものが詰まっていたのに、急にスカスカになった気がした。姉はどうなんだろう、寂しくないのかな。それは違うか。

姉は明日結婚して、この家を出て、新しい家庭を持つのだから。

「うわー、お姉ちゃん、キレイ」
「へへ、ありがと。でももうこれ、お腹キッツいのね。なんも食べれないの」
「ふふ、もう、お姉ちゃん、食べることばっか。あら、残念ねー、こんないっぱい美味しい料理があるのに」
「全部、パック詰めして持ち帰りたいわ。ホント料理とか、作るの大変なんだからね。アンタも今にわかるわ、毎日料理作るのすごいことよ。母親ってすごいなって。私にできるかな〜」

できるよ、私は心の中でつぶやいた。その日、姉は一生に一度の晴れ舞台に立っていた。この場で、白無垢の姿が人一倍眩しい。姉の透明感のある肌が少し赤みを帯びている。この場所では今日は姉が主役だ。この日だけは世界で一番姉が輝くんだ。よかったね、そういう日があって。私は、こんな綺麗な人の妹なんだ、今は少しだけ誇らしい気持ちになる。新郎も凛々しく優しい視線を向けている。この人なら、たぶん大丈夫だろう、姉を幸せにしれくれる。

いつも姉は真面目で、何に対しても一生懸命だった。でも頑張っても報われない時や結果が伴わないことも多かった。中学高校と女子ソフトボールで全国大会に出場するくらい一つのことに打ち込んでいた。だけど、就活の時もすごい頑張っていたのに、結局、第一志望には行けなかった。でも姉はそれでいいと思っていた。一生懸命やったってことの方が大事だから、姉はそうつぶやく。そんな姉に私は影響された。そういえば、いつも私は姉のことを応援してばっかり。そうだ、今は自分のことも考えなきゃいけない時だ、私も就活がんばんなきゃ。

姉妹のうちで、長女は損だなんてよく言うこともあるけど、姉は姉で自分の立場を楽しんでいるようにも見えた。肝心な時でも、いつも姉は姉だということを、私に実感させてくれる。結婚の報告も、家族の中でまず一番先に私に伝えてくれた。「彼からプロポーズされた、私、結婚する」と姉からきた1年前のLine。今でも残っている。(私は可愛いカエルのスタンプで「マジで!」と返している。まあ、だいたいがそんなやりとりだ)

私は親族席のテーブルにつきながら、緊張している姉の顔を見ている。それとなく、私まで緊張してくる。うちの両親などは、すでに涙ぐんでいる。なんとなく、昨日部屋で二人で掃除していた時に見つけた人形を私は式場まで持ってきてしまっていた。人形を見つめていると、段々と姉との思い出を思い返されてくる。

「その人形懐かしいわね」
私の持っている人形を見つけて、不意に着物姿の母親が穏やかに目を細める。
「そう、私ずっとさ、お姉ちゃんのこの人形、欲しかったの」
「もうアンタが欲しい欲しい、ってずっと喚いてやつよね。でも、結局アンタたち仲良く二人でこの人形使ってたじゃない、ほら」

そうだ、思い出した。結局、私が母親にこの人形を買ってもらえなかったから、子供ながらに姉もそれを気の毒に思ったのか、それから姉は私にこの人形を一緒に使わせてくれたんだっけ。人形には、おそらく私がつけたと思われるしみ汚れがついている。この時も、姉は私に対して怒らなかった。

私の瞳はさらに涙でゆるんだ。そうしたら、やけにこの人形の表情が可愛く思えてくる。
「この人形、アンタに似ているね」
「えー全然似てないよ」
幼い頃の姉が私に語りかけてくる。私は少しぎゅっと人形を抱きしめる。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?