【Rー18】ヒッチハイカー:第20話「どうしても南へ行きたいんだ…」⑱『激突!! 「夕霧橋」の攻防!』
「スペードエース、この黒鉄の天馬の機体を『夕霧橋』の出口側に回して、その先に通じる国道を塞げ。
ヒッチハイカーの逃げ道を断つんだ。」
「了解!」
鳳 成治が口頭で命令すると、すぐに美しい女性の声で返答があった。だが、その声は『ロシーナ』の声とは違う声だった。
『スペードエース』とは、ターボプロップエンジンで動くティルトローター型の二基の回転翼を搭載した『黒鉄の翼』の機体を制御する中枢コンピューターで、人の操縦や指示を受けなくても完全に自立した思考で機体を自在に動かす事の出来るAIの愛称である。
万能装甲戦闘車の『ロシナンテ』の頭脳部分である『ロシーナ』と同じ様に、完全自立型思考の出来るAIとしてシステムが構成され、『黒鉄の翼』を操縦者や遠隔操作無しでも自力での飛行及び戦闘を可能としている。
『スペードエース』は鳳の命令通り、『夕霧橋』の端から約30m手前の地点で『夕霧橋』の方へ機体前部を向けたまま空中停止した状態で飛行を続けた。
「『スペードエース』、超電磁加速砲の発射準備だ。いつでも撃てるようにしておけ!」
「了解!」
鳳と『スペードエース』の間で交わされるやり取りを、『ロシナンテ』の後部座席でSITの島警部補が、訳が分からないながらもハラハラして聞いていた。
超電磁加速砲の破壊力は、先程までの『ロシナンテ』の『Passenger seat キャノン』や『Passenger seat グレネードランチャー』等の火器類が比べ物にならないほど強力である。もしも、この距離でのレールガンの直撃弾を受ければ、巨大な鋼橋といえども数発で破壊されてしまうだろう。
島はSIT(Special Investigation Team:特殊事件捜査係)の中心的な立場にいる者として、重火器類はもちろんだが現用兵器に関しても常々から勉強しており、県警の中でも特に詳しかったのだ。
超電磁加速砲は、現実に先進主要各国が軍事用として開発中の兵器であり、実用化に成功すれば火薬を用いた兵器を大幅に上回る長射程と破壊力を手にする事が可能となる。つまり、現用の兵器体系を大きく変えてしまうほどの破壊兵器の一つであると言える。
世界中の各国が競って開発中のそんな近未来兵器である超電磁加速砲を、どこの組織に所属しているかも不明で、しかもこの規模の航空機に搭載出来るほどに小型化に成功しているというのか?
そんな事が果たして可能なのだろうか…?
「以上の当機における状況及び態勢を、白虎に向けて発光信号で伝えろ。」
「了解!」
発光信号とは、光を点滅させる方法を使って視界内の離れた場所の間で意志の伝達を図る手段だが、人間でもない白虎に信号の内容を読み取る事が出来るとでも言うのだろうか? 島にとって鳳の発言は、ますますもって理解不能であった。
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「む? 光の明滅…? 光学迷彩モード起動中の『黒鉄の天馬』が、あの鋼橋の向こう側にいるのか…
ふむ、鳳の野郎からの発光信号だな。ヒッチハイカーの逃げ道を断ったって訳か。まったく、人のマシンに乗って好き勝手な事ばかり言ってきやがって… ふん、まあいい。」
人語をしゃべる白虎がブツブツつぶやくのを聞いて、伸田が振り向いた。
「発光信号って… 味方がこの橋の向こう側にいるんですか?」
白虎の見ている方角を自分でも目で追って見ると、たしかに発行信号らしき光の明滅は伸田にも確認出来たのだが、味方らしき姿を視認する事は出来なかった。
「ああ。俺の頼りになる仲間が橋の向こう側に待機してる。そいつから俺に向けて、ヒッチハイカーをあっちの山側には絶対に通さねえと発光信号で伝えて来やがった。」
「白虎…さん、あなたっていったい…?」
伸田にしてみれば、猛獣の顔と口で流暢に人語を話す白虎の存在そのものからして不思議でしょうがないというのに、白虎の意味不明と言うしかない言動を、そのまま信じていいのかどうか不安だったとしても無理は無いだろう。
「俺か? 見ての通りのおしゃべりな神獣白虎さ。まあ、俺の事を『仮面タイガー・ホワイト』って呼ぶ、ちびっ子ファンもいるがな。」
「はあ? 仮面タイガー… そんなヒーローいたっけ…? 何言ってるのか分からないや…
と、とにかく…僕にははっきりと見えないけど、あの橋の向こう側に何かいるんですね。そして、その存在がヒッチハイカーには橋を渡らせないと言って来た。」
「そういうこった。
あそこにいる俺の仲間は、ヒッチハイカーを逃がすくらいなら、この橋を本気で破壊するつもりだぞ…
あいつなら躊躇なくそうするし、それだけの破壊力を持ってる。だからお前は、この橋がヒッチハイカーとの最終決戦の場所だと思って覚悟を決めろ。」
不思議な事に、伸田は白虎がしゃべる無茶な話に頷いた。
白虎に言われなくても、自分でもすでに覚悟をしていたのだ。彼はヒッチハイカーを逃がすつもりなど毛頭無かった。
『物心ついた頃からの幼馴染の腐れ縁で、いつも僕の事をいじめるヤツだったけど、今から思えば親友でもあったジャイアンツこと幸田 剛士と、その腰ぎんちゃくで、やはり事あるごとにジャイアンツと一緒になって僕をいじめていたスネオこと須根尾 骨延…そして、彼らそれぞれの大切な恋人だった水木エリちゃんと山野ミチルちゃん…
みんな僕にとっては、かけがえのない大切な仲間達だったんだ。その彼らを残虐に殺したヒッチハイカー…
そして何よりも今、僕の大切な恋人でありフィアンセの皆元 静香…彼女まで僕の元から奪い去ろうとしているヒッチハイカー…
僕の仲間達だけじゃなくSITの人達や、たくさんの罪のない人々の命を奪ったヤツを絶対に許すもんか。必ずヤツの犠牲になったみんなの仇を討つ。それにシズちゃんと、実感は無いけど…未だ見ぬ我が子を必ず僕のこの腕に取り戻すんだ…』
伸田は口に出して言った訳では無かった。だが、彼の決意に満ちた両目と力いっぱい握りしめた拳を見た白虎は気持ちを読み取ったのか、何度も頷く様に、大きな虎の頭をゆっくりと上下に振っていた。
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ここは、祖土牟山と隣の醐模羅山の間を分かつ様に流れる『木流川』の上に国道を通すために架けられた巨大なアーチ型の鋼橋『夕霧橋』である。
この橋の全長は公称では333mとされている。奇しくも彼の東京タワーを横に寝かせた長さと同じであり、ゾロ目で縁起が良いとされて、地元では『夕霧橋グッズ』などが土産物として売られている。この土地を訪れた観光客達には、それなりに人気があると言う事である。
現在、この『夕霧橋』を含んだ『夕霧谷』渓谷周辺の国道は冬の気圧配置により発生した低気圧と、北から吹き荒れる暴風並みの風による猛吹雪のために封鎖されている。
だが、国道封鎖の真の理由は、今回の事件が皆元 静香によって警察に通報されてから、怪物ヒッチハイカーの捕獲もしくは抹殺を含めた現場周辺からの排除のために、鳳 成治が内閣府を通じて県と国土交通省に根回しをし、車両の通行をストップさせているのだった。
このため、現時点での伸田達以外への民間人に及ぼす被害は考えずに済んでいるのである。しかし、いつまでもこのままでいる訳にはいかなかった。
スキーや温泉に訪れる観光客が出入り出来ない状況を続けるのにも限度があった。旅館や山荘に閉じ込められたままの人々が騒ぎ出すのも時間の問題である。国内のマスコミには圧力をかけられても、個人のSNSの発信までを抑え続けておく訳にもいかないのだ。
現在は猛吹雪による通信の遮断という事にして、祖土牟山と隣の醐模羅山の両方の山村部に電波妨害措置を施してあるのだった。
これら全ての対策は、公的な内閣情報調査室の中にあって表向きに存在が知らされていない諜報機関である『特務零課』の課長、鳳 成治の指揮の元に行われていたのだった。
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「ギギギギギ… 見ろよ、シズちゃん。この美しい俺の巣を… 美しいだけじゃなく、この巣の中にいればあの虎野郎だって俺や君に手出しが出来ん無いんだぜ。入ってくれば俺の餌食だからね。」
鋼橋に張り巡らされた蜘蛛の糸で作られた巣の天井部に逆さまになって張り付いているヒッチハイカーが、人間の原形を保ったままの顔に誇らしげなニヤニヤ笑いを浮かべ、鋼橋の上部に張り渡された鋼材に吊り下げられている静香に顔を寄せて話しかけた。
そう、先ほどまで気を失っていた静香は今では目を覚ましていたのだ。
その吐き出す白い息が顔にかかるほど、自分の口元を近寄せて来るおぞましい姿のヒッチハイカー自身と彼の巣に対して、彼女は嫌悪感で顔をゆがめながらも、怪物の目を見つめたまま自分の目を瞑りも逸らしはしなかった。
気丈な静香は、自分の置かれた立場に恐怖を感じながらも、毅然とした態度を変える事は無かったのだ。
「私を殺すのなら、さっさと殺しなさい。このまま連れ去られても、私は決してあなたの思い通りになんてならないから。」
静香は絶対にヒッチハイカーに屈するつもりは無かったのだ。
彼女は自分を救出するために多くのSIT隊員達が命を落とし、あるいは傷つき倒れた姿を忘れる事など出来なかった。そして今もなお、命懸けでこの怪物を相手に戦ってくれている事に対して感謝と申し訳なさで胸が張り裂けそうに痛むのだった。
『私の救出のためにこれ以上、他の人が命を失うのなら自分なんて死んだっていい…』
静香は本気でそう思っていたのだ。だが、彼女の命は今では彼女だけのものでは無かったのだ…
『私のお腹に息づいている、愛するノビタさんとの間の子ども… この子だけでも助かって欲しい…』
そう思うと静香は、自分自身で命を絶つ事が出来なかったのだった。だから、せめてヒッチハイカーに殺されるのなら仕方が無い… そう思っていたのだ。
「どうして俺がお前を殺すんだ、シズちゃん? バカな事を言うなよ。お前は俺と一緒に南へ行って、生まれてくる俺達の子供を二人で一緒に育てるんじゃないか。」
ヒッチハイカーが静香の顔を覗き込むようにして言った。静香は全身の毛が逆立つような嫌悪感を味わった。
だが、怪物のヒッチハイカーが自分を見つめる目を恐れる事無く、真っ直ぐに見返して思った。
『この男…真剣な目をしてる。私をからかって楽しんでいる訳じゃないんだ。
姿だけじゃなくて、きっと精神的にもおかしくなってるんだわ。自分の言ってる事が真実なんだと信じ込んでる…』
静香は内心、この怪物を説得するのは無理だろうと絶望的な気持ちになった。
『この男と一緒に、生まれてくる赤ちゃんを育てるなんて絶対にイヤよ! そんな事になるのなら、私はここでお腹の子と二人で死のう…』
静香はそう決心した。そして静かに閉じた両瞼に浮かんでくるのは、愛する伸田の笑顔だった。
『ノビタさん… ひと目でいいから、もう一度会いたかった…』
静香がそう思った、その時だった。
「シズちゃーん! 絶対にあきらめるなー! 必ず僕が君を助けるからーっ!」
猛吹雪の吹き荒れる中でも、絶対に聞き間違える筈の無い、愛する人の叫ぶ声が静香の耳を打ち心に響き渡った。
「ノビタさん!」
静香の頬を喜びと感動の涙が伝わる。彼女は伸田の声がした方を振り返った。
そこは自分の吊るされている場所から200mは離れているだろうか。この鋼橋の始まりの部分から少し離れた地点に、佇む一人の人間と白い色をした大型の獣らしき姿がかろうじて静香の目に認められた。
そこまでの距離と、間に横殴りの吹雪が吹いている事もあり、ハッキリと相手が誰なのか分かる筈も無いのだが、彼女にはそこにいる人間が伸田なのだとすぐに直感で認識出来たのだった。
「白虎さん、一緒に戦ってくれますか…?」
伸田は愛しい静香の方を向いたまま隣に立つ白虎に問いかけた。
「そういうのを愚問って言うんだぜ。
お前の彼女、いい娘じゃないか。お前は彼女の事だけ考えな。俺はあの怪物を放っておけないだけさ。もう一度俺の背中に乗る勇気があるか?」
伏せの姿勢を取りながら白虎が逆に問い返して来たのに口で答える代わりに、伸田はさっきまでの追跡行でまだガクガクしている右足を上げて白虎の背中に跨ってからひと言だけ口にした。
「お願いします」
伸田を背中に乗せた白虎が力強く立ち上がりながら叫んだ。
「よっしゃあ! 行くぜ、相棒っ!」
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「ミスター鳳、鋼橋の前方で我が主が青年を背中に乗せて立ち上がりました。ヒッチハイカーに戦いを挑む模様です。」
AI『スペードエース』が合成して造り出した美しい女性の声で告げた。
「ああ、そのようだな… スペードエースよ、ヒッチハイカーは当機の存在に気が付いていないだろうから警告を与えてやれ。こちら側にヤツの逃げ場がない事を教えてやるんだ。超電磁加速砲でヤツの脚を一本吹き飛ばしてやれ。
撃て!」
鳳が命令した。
「了解!」
「バシュッ!」
『スペードエース』の返事と共に、自分達の乗る『ロシナンテ』の上部に位置する『黒鉄の翼』から、何かが高速で発射されるのを、後部座席に乗った島警部補は音と振動で体感した。
『黒鉄の翼』から発射された超電磁加速砲の砲弾は超音速で空気を切り裂き、その弾道における直線状の吹雪を衝撃波で蹴散らしながらも『夕霧橋』を形成する鋼材には一切掠る事無く、ヒッチハイカーの身体の一点に向けて精確に突き進んでいった。
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「ギャッ!」
それは『黒鉄の天馬』からの砲撃と同時に起こった。
ヒッチハイカーが短い悲鳴を上げたのだ。そして、受けた衝撃で鋼橋に逆さまにぶら下がっていた彼の身体がグラグラっと揺れた。
ヒッチハイカーの8本ある外骨格の装甲で覆われた脚のうち、左側の最後部の脚が付け根から消失したのだった。誇張では無く、文字通り瞬時にして消えてしまったのだ。
そして、引き続いてヒッチハイカーの身体全体に、もの凄い衝撃波が襲いかかった。
それは、ヒッチハイカーの脚を粉砕した超電磁加速砲の砲弾が超音速で飛び去った事によって生じた衝撃波だった。
もちろん、ヒッチハイカーには自分の身に何が起こったのか分からなかった。彼の目の前では、同じく凄まじく吹き荒れた衝撃波の余波を受けた吊り下げられた静香の身体が、振り子の様に大きく揺れていた。
静香は自分の身体が受けた激しい衝撃と揺れから生じた恐怖に、健気にも強く目を瞑り歯をくいしばりながら耐えていた。ヒッチハイカーは、人間の手の形状に変化した右最前部の脚先を使って静香の身体の揺れを止めてやった。
「いったい…何が起きたんだ? もの凄い勢いで何かが俺の脚を破壊して飛び過ぎて行った… 銃撃…いや、この威力は砲撃か?」
ヒッチハイカーは、その何かが飛来して来た橋の向こう側を見た。彼はそこに敵らしいモノの姿を認める事が出来なかった。
『だが、橋のすぐ向こうに何かがいる…』
ヒッチハイカーは本能で覚った。
彼の見晴るかす方向の一点で、吹雪とは別の揺れ方で、まるで真夏の陽炎の様に景色の一部がユラユラと揺れているのが確認出来るのだ。
「あれか…? あそこに、さっきの凄まじい破壊力の攻撃力を持った敵がいるのか?」
身震いしながらそうつぶやくヒッチハイカーの消失した脚が早くも再生を始めていた。
「すぐに脚は元通りに戻るだろう…だが、胴部や頭に今の砲撃の直撃を受ければ…自分の脅威の再生能力をもってしても、死を免れ得ないのではないか…?」
今…ヒッチハイカーは、追跡して来た白虎に感じた時と同様の死の恐怖を味わっていたのだった。これでは、憧れの南へ向けての脱出を目指す彼にとっては、皮肉な事に文字通りの『前門の虎後門の狼』だった。この場合、片や天敵ともいえる神獣白虎に加え、片や姿かたちはハッキリとしないが恐るべき威力の火力を備えた敵に、一本道ともいえるこの『夕霧橋』の前後を挟まれてしまった訳だった。
そして真下は降雪により水の流量が増し、流れもきつい『木流川』の水面である。ヒッチハイカーにとって逃げ場はどこにも無いと言うしかなかった。
「だが、ここは俺の城だぞ。あの忌まわしい虎野郎をここで迎え撃つ。こんな所でやられてたまるか…俺はシズちゃんと子供の三人で暖かい南へ行って、家族で仲良く暮らすんだ!」
そう力強く叫んだヒッチハイカーの脚の再生修復は終わり、元の8本脚に戻った。だが、彼の身に生じた変化はそれだけでは無かったのだ。
ヒッチハイカーの人間の形状を残した上半身から下が巨大な蜘蛛の胴体状の形態に変身したのは前にも述べた。
見るがいい、その蜘蛛の胴体の尻に当たる部分から、実際の蜘蛛のように粘液にまみれた糸を次々と吐き出している訳だが、その剛毛に覆われた胴体の人間部分と尻の中間にあたる部分がモコモコと盛り上がり始めたではないか…
その盛り上がった部分は一気に加速してどんどん伸びていき、剛毛に包まれたまま伸び切ったその部分は猫の尻尾の様にぴんと空に向けて屹立した。そして直径が30cmほどで長さが数mもあるその猫の尻尾は、いくつもの箇所がくびれて節が出来、楕円状に膨らんだ先端部分が鋭い針の様な形状に変化した。
表面が8本の脚と同じ様に硬い外骨格に覆われたその尻尾は、猫どころか禍々しくも凶悪なサソリの尻尾に似た形状へと変化したのだった。複数の節を持ったその尻尾は猫のそれと同じく、ヒッチハイカーの意思でウネウネと自在に動かす事が出来る様だった。
「はっはー! 俺の新しい武器の誕生だあっ!」
吹雪の吹く夜空に向けて、蜘蛛の身体にサソリの尻尾という新たな武器を手に入れたヒッチハイカーが、勝ち誇ったように嬉しそうな|雄叫『おたけ』びを上げた。
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しないかのように
「しっかりつかまってろよ!」
伸田を背中に乗せた白虎が、夜の山中に吹き荒れる吹雪をつんざく様に走った。人ひとりを背中に乗せてる事など、白虎にとっては羽毛ほどにも感じていないかの様な走りだった。
伸田は、今度は追跡行の時の様には顔を白虎の毛皮に押し付けて顔を伏せている様な事は無かった。
白虎に跨ってフサフサとした首筋の毛を握りしめたまま、顔に叩きつけてくる激しい吹雪を意にも介さないかのように、前方の『夕霧橋』のヒッチハイカーと静香のいる地点をキッと睨み付けていた。
この『木流川』に架かる『夕霧橋』はアーチ型の鋼橋で、橋梁形式としては『鋼単純下路式ニールセンローゼ桁橋』という種類に分類される。
このアーチ橋は、バスケット(かご)のハンドル(持ち手)の様な形状をした『アーチリブ』と呼ばれる湾曲した二本の巨大な鋼材で出来た柱と、その二本の『アーチリブ』から伸ばした『吊材』と呼ばれる斜めに配した複数のケーブルで下を通る道路部分を牽引する事で支えている。
ヒッチハイカーは、この放物線を描く『アーチリブ』が道路からの高さが最も高くなる中央周辺部に巣を作り、静香を吊り下げているのだった。
このサイズの鋼橋の『アーチリブ』ともなると一本でもそれだけで巨大なサイズであり、白虎は伸田を背中に乗せたまま助走の勢いを付けると、一本の『アーチリブ』の上に飛び乗った。
「ダダダダダダダーッ!」
一般的には通常、そのような使い方をしないのはもちろんだが、白虎は表面が凍結した『アーチリブ』の上を力強く走り、巣のある中央に向けて駆け上がって行った。
「シズちゃん! 今、助けに行くぞ!」
伸田は吹き荒れる吹雪の音に負けない様に、愛する女性に向けて大声で叫んだ。
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「聞こえた… ノビタさんの声だわ! 幻聴なんかじゃない!」
静香の耳に伸田の叫び声が聞こえた。それに、自分が吊るされている鋼橋を支える左右の太い『アーチリブ』を横方向に繋ぐ鋼材を通して、橋の上を何かが走って来る振動と音が静香の身体に伝わって来た。
「来る! ノビタさんが来る! 神の白い使いと共に…」
静香は、歓喜の叫びの後に思わず自分の口から出たつぶやきを、自身でも理解出来ずに不思議に思った。
ヒッチハイカーに捕えられ気を失っていた彼女は白虎の存在など知るはずが無く、誰に聞かされたわけでも無かったのに、不思議な事に伸田と共にいる神秘的な何者かの存在を心の中で感じ取ったのである。
「来い! 虎野郎にノビタめ… ここでは、ただ追われるだけの俺じゃないぞ!」
そんな静香の感じている喜びにイラつきながらも、ヒッチハイカーは新しく造り出した自分のサソリの様な尻尾を前後左右に自在に振り回した。その尻尾の先にある針状の先端部分に開いた穴からは、ドロッとした透明な液体が滲みだしていた。
********
「白虎さん、あそこにシズちゃんが!」
伸田の指さす方向に、ヒッチハイカーの作り出したおぞましい巣の天井部から半透明の糸で吊るされた静香がいた。そこまでの距離は50mほどだった。
伸田は右手に構えていた自動拳銃のベレッタを左手に持ち替え、腰のベルトに差し込んで固定していた『ヒヒイロカネの剣』を右手で抜き取って構えた。
ベレッタの残弾は3発しか無い。それに今は静香を吊るす忌まわしい糸を切るためにも『ヒヒイロカネの剣』を使う必要があったのだ。
「よし! 気を抜くんじゃねえぞ、相棒! 蜘蛛野郎が黙って見てる筈がねえんだ! ヤツは必ず何か仕掛けて来やがるぜ。」
白虎が走る速度を緩めながら伸田に向けて吠えた。
静香から約30m手前で白虎は足を止めた。
そこから先はヒッチハイカーの張り巡らした半径約30mの巣となっているのだった。
伸田を乗せた白虎が立つ鋼橋のアーチリブの同じ上部分にに、裏側に作った自分の巣に身を隠していたヒッチハイカーがモゾモゾと這い出して来た。
「ついにここまで来やがったな、虎野郎! お前達はここで死ぬんだ! 俺とシズちゃんと生まれてくる子供の邪魔は、誰にもさせない!」
「なっ! 何を言ってる! お前、頭がおかしいのか? シズちゃんも彼女のお腹の子供も僕の愛する人達だぞ!」
伸田はヒッチハイカーの言葉に激怒し、真っ赤な顔で怒鳴った。
「落ち着け、相棒。冷静さを失ったら負けるぞ。怪物化したヤツの頭は正常じゃないんだ。
それより、ヤツの姿を見ろ… また形態が変化してやがるぜ。あのサソリみたいな尻尾には十分に気を付けろよ。」
白虎が伸田の怒りを鎮めるために低く穏やかな声で話しかけた。
「すみません… 興奮してしまって。でも、シズちゃんがすぐそこにいるんです。早く彼女を助けないと…」
「慌てるな。ヤツの口ぶりじゃ、彼女を殺すつもりは無いらしい。ヤツにとってもお前さんの彼女は大事な存在のようだ。
それにしても、この粘つく蜘蛛の糸が厄介だな。この程度の距離なら彼女のいる中心まで一っ跳びだが、ジャンプ中は無防備になる。その間にヤツは攻撃してくるだろう…」
白虎が喉を鳴らしながら言った。
「ベレッタの残弾はあと3発です。この吹雪の中で確実に命中させるためには、ヤツから10m程度にまで近づかないと無理です。」
伸田は落ち着きを取り戻していた。だが、考えれば考えるほど状況は自分達に不利だと言うしか無かった。
「そう上手くいけばいいがな…」
白虎は口ではそう言いながらも、その口調は現在の自分達が陥っている苦境を楽しんでいるようだった。伸田は、そう感じた。
白虎との今までのやり取りの中で、伸田は自分を背中に乗せている、この人語をしゃべる奇妙な白い猛獣の性格が、だんだんと分かって来たのである。
この白虎はピンチになればなるほど、その状況を楽しんでいるんじゃないか…伸田はそんな気がしてしょうがなかった。
「よし。一度後ろに下がって助走をつけて、ヤツの巣を飛び越して反応を探って見るか。巣の直径はだいたい60mってところだな…」
そう言うと白虎は、背中に伸田《のびた》を乗せたまま後ろに向きを変え、現在の地点から助走に必要だと思われる分だけ鋼で出来た『アーチリブ』の上を後退した。そのため、ほとんど『アーチリブ』の起点まで戻る形となった。
「しっかり掴まってろよ、相棒! 思いっきり飛ばすぞ!」
そう言うが早いか、白虎は伸田が自分の身体にしっかりと掴まるのを確認するよりも前に、全速力で走り出していた。
その速さは、まるで疾風だった。もともと雪山でのカムフラージュに適した白虎の白い身体は、動きの速さと相まって肉眼で捉える事が困難なほどだった。
だが、その速さにも伸田は耐性が付いたのか、振り落とされずにバランスを保ちながら何とか無難にしがみ付いていた。
「跳ぶぞ、相棒っ!」
白虎はヒッチハイカーの巣の10mほど手前で叫ぶと、凍り付いた『アーチリブ』の鋼の表面を蹴って一気に跳躍した。
そこからだと、巣を飛び越えて向こう側の『アーチリブ』表面に着地するには、80m超級の超ド級ジャンプだった!
「うわあああああーっ!」
ロケットの様な白虎の大ジャンプで上がった伸田の叫び声が、音の『ドップラー効果』を引き起こし、飛行する前後方向に向けて響き渡る。
その時だった!
白虎が自分の頭上を跳び越す間際に、ヒッチハイカーの新しく作り出されたサソリの尻尾状の針の様な先端部分から透明な液体が弾丸の様な勢いで射出された。
その液体は、飛行中の白虎の無防備な腹部に向かって真下から襲いかかった!
「ぐわあぁーっ!」
今度は伸田ではなく、白虎の叫び声が吹雪の吹き荒れる谷間に響き渡った。
【次回に続く…】