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【Rー18】ヒッチハイカー:第15話「どうしても南へ行きたいんだ…」⑬『吹雪の山中に続く死闘! 怪物相手に善戦する4人の男達…』

 ヒッチハイカーが伸田のびたの『式神弾しきがみだん』を受けて転倒したのを確認すると、伸田のびたから離れた位置に展開していた二人のSIT(Special Investigation Team:特殊事件捜査係)隊員が、中央の伸田のびたのいる地点まで駆け寄って来た。

「見ましたか、島警部補! 今のを! ものすごい一撃でしたね!」

 伸田のびたの放った一撃がヒッチハイカーに与えた被害を見た関本巡査が興奮して叫んだ。

「ああ! たった一発の9㎜パラべラム弾がヤツに対してすごい威力を発揮したのは間違いない。あの銃弾で与えた銃創がヤツの足を内側から焼いちまったんだからな。こいつはいけるぞ。なあ、伸田のびた君!」

 普段は冷静な島警部補が関本と同じ様に興奮した口調で伸田のびたに呼びかけた。

「ええ、確かに。ですが、ヒッチハイカーは負った銃創部よりも身体に近位きんいの部位を山刀マチェーテで切断して、まるで『トカゲのしっぽ切り』みたいに遠位部えんいぶを斬り捨ててしまいました。あれをやられると、あの怪物はその切断部からまた再生してしまうみたいです…」

 たった今、の当たりにしたヒッチハイカーの驚くべき再生能力を伸田のびたが口にした。

「ああ… その『式神弾』で追わせた傷だけがヤツの再生能力を無効に出来るみたいだな。だが…身体の末端部まったんぶじゃない胴体の中央部や頭にその銃弾を撃ち込んだら、さすがの化け物も『トカゲのしっぽ斬り』って訳にはいくまい。再生は不可能なんじゃないか?」

 自分の目にした事実を考え合わせながら、島が考えを口にした。

「ええ、僕も同じ意見です。四肢じゃなく、身体か頭をねらいましょう。」

伸田のびたが我が意を得たりと大きくうなずきながら島に答えた。

「だが、この激しい吹雪ふぶきの風の中じゃあ、拳銃のベレッタでは十数m以上離れると狙った部分に正確に当てるのは難しいぞ。いくら伸田のびた君の射撃の腕前が正確でも、弾丸の命中の邪魔となる風や重力のような自然の要因は無視出来なくなる。」

 それぞれが射撃の名手である三人の誰もが分かっていたが、言いにくかった意見を島が代表する形で口にした。

「会議はここまでです! ヤツが来ます! お二人は僕から離れて展開して下さい! このままだとヤツに一気に一網打尽いちもうだじんにされる!」
 伸田のびたが最後まで言うよりも早く、島も関本も共にけ出していた。二人ともSIT内でも特に優秀な隊員達なのであった。

「関本! お前は俺とSMG(サブマシンガン)でヤツの頭部にねらいを集中しろ! ヤツが頭をかばっている間に伸田のびた君はヒッチハイカーを撃て!」
 伸田のびたを中心にして関本と反対方向へと展開しながら島が叫んだ。

「了解!」

「分かりました!」

 島の命令に、関本に伸田のびたの二人それぞれが肯定の叫び声で応じた。

「タタタタタタッ!」

「タタタタタタッ! パラララララッ!」

 向かって来るヒッチハイカーの頭部に向かって、島と関本の3丁のSMGから9㎜パラベラム徹甲弾てっこうだんが次々と吐き出された。

 ヒッチハイカーは先程の伸田のびたはなった銃弾を警戒しているのか、今度は走って迫って来ようとはしなかった。ゆっくりとだが、じわじわと歩を進めてくる。そこへ、島と関本の放つSMGの同時斉射が頭部をめがけて襲い掛かった。

 ヒッチハイカーは両腕をクロスするようにして顔の前で組み合わせ、頭部へのSMGの弾丸の直撃を防いでいた。その組み合わせた腕の隙間すきまから、ヒッチハイカーの爛々らんらんと燃えるように赤く光る眼が一直線に伸田のびたにらみつけていた。

 伸田のびたは右手に構えた自動拳銃『ベレッタ90-Two』の照準を、ヒッチハイカーの腹部中央部に合わせた。

「貴様のドテっぱらにぶち込めば、『式神弾しきがみだん』が貴様を身体の中央からじわじわと焼きがしていくぞ…
 貴様に殺されたみんなかたきだ! 食らえ、化け物!」

伸田のびたねらいを定めてベレッタの引き金をしぼった。

「パーンッ!」

 伸田のびたの撃ったベレッタの乾いた銃声が、吹雪の音や降り積もった雪に吸収されながらもかすかに周辺に鳴り響いた。

「当たれっ!『shikigami bullet』!」

 伸田のびたが必死の願いを込めて叫びながら放った『式神弾』は、彼の祈りを込めた叫びもむなしく、残念ながら彼がねらったヒッチハイカーの腹部どころか胴体ををかすりもしなかったのだ。

 なぜなら、ヒッチハイカーは誰もが予測もつかない動きに出たのだった。

 ヒッチハイカーは、それまで一直線に歩んで迫りつつあった伸田のびたに向かってではなく、伸田のびたから見て右側に展開した位置から、ヒッチハイカーの頭部を2丁のSMGで狙い撃っていた関本巡査の方に向けて斜め横っ飛びに跳躍したのだった。

 自分から見て、左斜め前方に位置していた関本までの距離は十数mはあったにも関わらず、ヒッチハイカーは一気にんでのけたのだった。

 一番驚いたのは関本だった。何しろ今まで2丁のSMGで頭部に向けて集中砲火を浴びせていた相手が、一瞬にして目の前に現れたのだ。跳躍力もさることながら、その速度も半端では無く、つい今しがた両足とも膝から下を失って再生したばかりだとは思えない動きだった。

 正面からヒッチハイカーの伸ばした左手が、関本の首をがっしりとつかんだ。そして、自分の方へ引き寄せた関本の身体を、左手一本だけの恐ろしい力で軽々と持ち上げる… それまで、地面に降り積もった雪に足首まで埋まっていた関本のいたみ上げブーツの靴底が、地面から十数cmも浮き上がった。
 身に着けた全ての装備を含めると、関本の体重は100㎏を下回るはずが無いのだが…

「ゲ、ゲホッ… は、放せ… 化け物!」

 関本はるし首にならない様に、自分の首を掴んでいるヒッチハイカーの左手首に、左手一本で必死にぶら下がりながら、右手に握ったSMGの銃口をヒッチハイカーに向けて引き金をしぼった。

「タタタタタタタッ!」

「ブスッ! ブスブスッ!」

 至近距離からのSMGの9㎜パラベラム徹甲弾が、ヒッチハイカーの身体に次々に突き刺さる。

 だが、これまでと同じで身体にめり込んだ徹甲弾の弾頭部は、鋼鉄の様な筋肉を突き破る事無く押し戻され排出されてしまう…

 しかも、ヒッチハイカーが関本の首を掴んだ左手の握力がゆるむ事は無かった。

「カチッ! カチ、カチ…」

 すぐに関本の右手に握ったSMGのマガジンは撃ち尽くされ、カラになってしまった。今の自分の状況では、もう新しい弾倉への交換は出来ない。関本はすぐにヒッチハイカーの左手首にぶら下がっていた自分の左手を右手に持ち換え、肩からベルトで吊り下げられていたもう一丁のSMGの銃把グリップを左手で握った。

「くっそうッ!」

 関本の左手に握られたSMGが火をいた!

「タタタタタタタッ! カチッ、カチ!」

 ヒッチハイカーに有効な損傷を与える事も無いままに、すぐに左手のSMGも撃ち尽くした。

「ふっ… 無駄弾むだだまだな。いくら撃っても、お前のマシンガンなんて俺にはきはしない。俺が怖いのは、あの男・・・の持つ銃だけだ。
 だが安心しろ。今はまだお前を殺さないでおいてやる。お前は俺のたてだ… あの男が俺を撃てば、まずお前から死ぬ。だが、それはヤツが撃てればの話だがな。」

 ヒッチハイカーが恐ろしい顔を関本に向けてニヤリと笑いながら言った。

「関本を放せ! 卑怯ひきょうだぞ、貴様っ!」

 島が叫びながらヒッチハイカーにSMGの銃口を向けたが、当然ながら発砲する事は出来ない…

 ヒッチハイカーは自分に向けて叫ぶ島の事など、鼻から相手にはしていなかった。らえた関本を自分の身体の前面にるし、盾として一直線に向けているのは伸田のびたに対してだけだった。

「くそ、関本さんを『式神弾』の盾に…」

 伸田のびたはヒッチハイカーに向けた唯一の切り札である自分のベレッタを、震える右手で握りしめながらつぶやいた。この寒い山中の吹き荒れる吹雪の中…伸田のびたの額には、うっすらと汗が浮かんでいた。

「う、撃つんだ… 伸田のびた君… お、俺に構わずに撃てっ!」

 関本がヒッチハイカーに首を握られた苦しい呼吸状態の中で、自分の後方で震えながらたたずんだままの伸田のびたに必死に訴えた。

「やかましいぞ、貴様…」

 静かにそう言ったヒッチハイカーは、自分の右手に握っていた山刀マチェーテの鋭い切っ先を吊り下げた関本の左大腿部に、何の躊躇ためらいも無くズブズブと突き刺していった。

「ぐ、ぐわああっ…」

 関本が苦痛の叫びを上げようとするがのどを圧迫されているために、その叫びはくぐもったうめき声にしかならなかった。

「や、やめろ! この野郎、関本を放せ!」
悲痛な顔で叫ぶ島…

「関本さんっ! だ、ダメだ… 僕には撃てないよ…」

 伸田のびたには、どうしても関本を人質に取られたままでヒッチハイカーを撃つ事が出来なかった。

その時だった…

「ぐ、ぐおお…?」

 この時、うなり声を上げたのは驚いた事に関本ではなく、左手で持ち上げた彼の左大腿部を右手に持った山刀マチェーテで貫いていたヒッチハイカーの方だった。

「む?」

「え…?」

 それまで悔しそうに関本とヒッチハイカーの方を見守るしかなかった島と伸田のびたは、眼前でヒッチハイカーの身に何が起こったのか訳が分からず眉間みけんにしわを寄せて首をかしげた。

ぐらっ…

 関本の身体をり上げていたヒッチハイカーの身体が左側にかしいだ…

ドサッ…

 吊り上げられていた関本が地面に落ちた。腰を落としたヒッチハイカーの左膝が、雪の積もった地面にめり込むと同時に関本の首を掴んでいた左手を放したのだった。

「ズボッ!」

「ぐわああっ!」

 関本の口から苦痛の叫び声が上がった。ヒッチハイカーが、関本の左大腿部を貫いていた山刀マチェーテをいきなり引き抜いたのだ。

「ぐうう… また…やりやがったな、小僧め!」

 ヒッチハイカーが燃える様な赤い双眸そうぼう伸田のびたに向けて、憎しみに満ちた吠えるような叫び声を上げた。

 ヒッチハイカーが見つめる自分の裸足の右足の甲には小さな穴が開き、そこからブスブスと煙が上がっていた。
 超人的な跳躍で伸田のびたの『式神弾』が狙っていた腹部中央は見事にかわしたものの、銃弾はヒッチハイカーの右足の甲を貫通していたのだった。

 『式神弾』の開けた貫通銃創が、再びヒッチハイカーの右足を穴の周辺から焼き始めていた。

たまはヤツの右足に当たってたんだ!」

 そう叫びながら、島は今がチャンスとばかりに地面に倒れた関本に駆け寄った。

「しっかりしろ、関本! 立つんだ、ヤツから逃げるぞ!」

 自力で立つ事の出来ない関本を、島が肩を貸して助け起こす。

「ゴ、ゴホゴホッ! も、申し訳ありません… 島警部補… ゴホッ!」

 助け起こされた関本が、苦しそうにのどをさすりながら島にあやまった。山刀マチェーテに刺されていた関本の左大腿部の傷口からは血が流れ出し、彼の穿くSIT隊員服の黒いズボンに、さらに黒い血の染みを広げていく…

「バカ野郎、何を言ってる! 貴様は立派に戦った! いいか、ヤツから逃げるぞ! 頑張れ、関本!」

 右大腿部から血を流し、苦しそうにあえぐ関本を島が抱えながらはげます。

「急いで、島警部補! 早く行って下さい。僕が援護します! お二人にヤツを近づけさせはしません!」

 駆け寄って来た伸田のびたが、ヒッチハイカーから遠ざかろうとする島と関本の背後に立った。

「す、すまん… 伸田のびた君。」

「いいから、急いで!」

「ズバッ!」「ぐっ!」

 またもやヒッチハイカーは、右足に負った銃創部を含んだ箇所を自分自身で山刀マチェーテを振るって斬り落とした。

「じゅぼっ!ぐじゅるるるっ!」

 またしても胸の悪くなる音を発して、ヒッチハイカーが自分で切り落とした足先の再生が始まった。これでは繰り返しだ…

その時だった!

「バリバリッ! ギュイィィーンッ! ブイィーンッ!」

 突然、けたたましい爆音が近くで鳴り響いた。

「ギュイィィーンッ! ズババババッ! ブシュブシュブシュッ!」 

「な、何? ぐわああっ!」

 鳴り響く爆音に続いて、ヒッチハイカーがわめき声を上げた。

伸田のびたは見た…

 右足の再生がまだ完了し切っていないヒッチハイカーの脚を、背後にいた何者かが両手に抱え持ったチェーンソーでぶった切っているのだった。

 チェーンソーのチェーンがけたたましいエンジン音を発して回転しながら、すでにヒッチハイカーの右大腿部の半分ほどを切断しかかっていた。血と肉の断片が四方に飛び散り、雪面を真っ赤に染めていく。

「みんなのカタキだ! 思い知ったか、化け物めっ!」

 そう叫びながらチェーンソーを振るっていたのは…

「安田さん! 安田巡査っ!」

 伸田のびたの呼びかけにニヤッと笑顔を返して答えたのは、先ほど長谷川警部と共に重傷を負った山村巡査部長を製材所に設置された臨時作戦本部までかついで運んで行った安田巡査その人だった。

 だが、伸田のびたに対して笑いかけはしても、安田は今までの経験からチェーンソーを振るう両腕の力をゆるめなかった。

 安田の考えでは、いくらチェーンソーで手足を切断してもヒッチハイカーは死なないだろう… だが、向こうに遠ざかって行く島警部補と負傷しているらしい関本巡査を逃がすための時間かせぎにはなるはずだ。

「ここは、俺が防波堤ぼうはていになって見せる!」

 無茶苦茶な作戦だという事は安田自身にも分かっていた。だが、長谷川警部と共に山村巡査部長を製材所の臨時作戦本部で待機していた救護班の元まで送り届けた安田は、製材所に置かれていたチェーンソーを通りかかって見かけた時点で、いてもたってもいられなくなったのだった。

「何とかこいつで、片岡さんに足立さんや他の命を落とした仲間達のカタキを… 何とかあのバケモノに一矢いっしだけでもむくいてやりたい!」

 そう思った安田は、自分の行動を絶対に許可しないであろう隊長の長谷川警部には黙ったまま、チェーンソーを肩にかつぐとヒッチハイカーとの戦いの場に急いで駆け戻って来たのだった。

「くっ! ブンッ!」

 後ろに向けてヒッチハイカーが振り回す右手に持った山刀マチェーテを、危険を感じた安田がチェーンソーを引き抜き背後に飛び退り、かろうじてかわした!

「ブイィーンッ! バリバリバリッ!  ガッキィーンッ! ガリガリガリッ!」

 ヒッチハイカーの山刀マチェーテと安田の両手持ちしたチェーンソーが接触して、すさまじい音と火花を散らした。

 衝撃を受けた安田が数m後方へ吹っ飛んだ。その拍子にチェーンソーが安田の手から離れ、彼から数m離れた地点の雪面に飛び雪煙を上げた。

 チェーンソーは、安全機構として人が握っていない状態ではエンジンが止まる様に作られていた。雪面に落ちるとすぐにチェーンの回転を止めた。

 後方へと吹っ飛んだ安田は、すぐさま得意の柔道の受け身を取り雪面に衝撃を吸収されたために、身体的にはたいしたダメージは無かった。スポーツ万能で機敏な安田は、起き上がりざまに肩からベルトでっていたSMGをすぐさまヒッチハイカーに向けて油断なく構えた。

「くそ! もう少しだったのに!」

 安田が悔しそうに吐き捨てながら見たヒッチハイカーの左大腿部は、チェーンソーで八割ほど切断された状態だった。残った筋肉でかろうじて繋がっていたが、左脚の切断された先の方の部分がブラブラと垂れ下がって揺れていた。普通の人間であれば、絶対に動けないほどの重症である。

 さすがの怪物ヒッチハイカーでも死にこそはしなくても、当分は動けないだろうと安田は思った。

「少しは足止めの役割を果たせたか…」

********

 所変わって、ここは今回の『ヒッチハイカー捕獲作戦』のために製材所内の事務所を借りて設けられた、SITの臨時作戦指揮所である。

 ここで長谷川警部と安田巡査によってかつぎ込まれた山村巡査部長が、救急班によって応急手当を受けていた。だが、山村の重症の度合は救急病院に一刻も早く搬送し、緊急手術を受けさせねばならなかった。

「こちらSIT隊長の長谷川警部です。濱田はまだ本部長、増援部隊と救急隊の派遣はどうなっているのですか?
 今回の作戦に参加したSIT隊員の内、確認されているだけでも自分とAチームの4名を除いた19名もの警察官が殉職しているんです! 生き残っている者の中にも重症者がいるんです! 現に自分のそばにいる山村巡査部長も、急いで市内の救急病院に入院させないと命を失ってしまいます!」

 長谷川は事務所内の固定電話を借りて、今回の作戦の総司令官をも務める〇X県警本部長である濱田はまだ警視長けいしちょうへの現状報告と命令の確認を行っていた。立ち上がったまま興奮して話す長谷川の口からは、ツバが四方へと飛び散っている。
 多くの部下のSIT隊員達を失った隊長の長谷川としては、本部長に対して言いたい事も聞きたい事もいっぱいあったのだ。

『君の報告で現場の状況はよく分かったよ、長谷川警部。君の気持ちは分かるが、少し落ち着きたまえ。
 こちらの県警本部でも、すぐにでも増援部隊及び救急隊を現場へ差し向けたいのはやまやまなんだが、そちらへ向かう県道が降り積もった雪の重みによってがけくずれ、折れた木や土砂によってふさがれてしまったんだ。市内と反対方向側に通じる県道も同様だ。
 つまり、君達のいる製材所へ通じる道は現在遮断されて陸の孤島状態になってしまってるんだ。
 ヘリを飛ばそうにも、この猛吹雪では二次災害に繋がる危険があり、残念だが我々も消防本部も許可を出す訳にはいかない。現在、県道をふさいでいる土砂を除去すべく、県の土木課の協力を得て特殊車両が災害地点に向かっている状況だ。到着し次第、復旧作業に入りたいんだが、残念ながらすぐには無理だ。
 君達の差し迫った現状は十分に理解しているが、県警本部としても辛い事情を理解してくれたまえ…』

 以前に長谷川も会ったことのある濱田県警本部長は、キャリア組としては珍しい事だと言えるが、現場の警察官の事を思いやる温厚で人望のある本部長だった。電話を通して聞こえる声にも、彼の心底からの苦渋くじゅうの響きが明らかなのを長谷川は聞き取っていた。

「分かりました、本部長… ですが、一刻も早い増援と救急隊の派遣をお願い致します…」
 長谷川としては、こう言う他は無かった。辛いのは現場も本部も同様だったのだ。

『もちろんだよ、長谷川君。県警本部としては知事や県庁とも連絡を取り合って、現状での精一杯の努力を続けている。もう少し辛抱してくれ。それから、鳳 成治おおとり せいじ指揮官はどうしておられる? ご無事なのか?』

「ええ、あの人は無事ですが… しかし、本部長の紹介状を持って来たあの人はいったい何者なんですか…?
 自身で言っている内調ないちょう(内閣情報調査室)の課長というのは本当なのですか? その程度の肩書の人間になぜ?」
 長谷川は今まで一番疑問に思って来た事を、濱田県警本部長にぶつけた。

『いいか、長谷川君。あの人物の命令には、決して逆らうんじゃない。これは至上命令だ。この私でさえ、おおとり氏には反対意見を口にする事を許されておらんのだ…』
 長谷川の質問は濱田の最も痛い所を突いたらしく、濱田としても答えたくても答えられない様子だった。

「そんな事が… 県警トップの本部長でさえもですか…?」

『・・・・・
 いいか、今から君に話す事はオフレコだと思いたまえ。絶対に他言は無用だ。今から私が話す事は、君は聞かなかった事にしたまえ。いいな。』

 濱田県警本部長が長谷川に対して念を入れて厳命げんめいした。

「ゴクリ… はあ、承知いたしました。私の職と名誉にかけて絶対に誓います。」

 長谷川は生唾を飲み込みながら了解の返答をした。

『うむ、よろしい。君は信頼出来る男だと、私は以前から承知している。それに君は、この事件の現場における当事者であり、大勢の部下を失っている。君には知る権利がある。

 あのおおとり氏に県警本部長の私ですらさからえんというのは、彼が警視総監よりも上の…いや、警察庁長官よりさらに上の権限を持っている人物だからだ。今回の我々の県内で起きた「ヒッチハイカー」による広域連続殺人事件は、そのおおとり氏が全権をになっておられる。

 この国の中枢が決定した事項ゆえ、我々県警や県知事でさえも今回のこの事件では彼の指揮下に入らざるを得ない。彼の命令は最優先事項だ。
 私の立場において知らされているのは、例のヒッチハイカーという怪物の誕生に某国から極秘裏に我が国にもたらされた危険な薬物が関係しているという事と、おおとり氏の率いる機関が、この〇X県内で失われた該当がいとう薬物の捜索及び、薬物摂取せっしゅによって誕生したと思われる怪物ヒッチハイカーの身柄みがらの確保もしくは処分を一任されているという事だけだ。
 悪いが、私の立場で知っている事は以上だ。それ以外に関しては、この私でさえ知らされていない。』

 濱田はまだは苦しそうに言った。

 ここまで自分を信頼して打ち明けてくれた本部長をこれ以上苦しませる訳にはいかない… 長谷川はそう思った。

「分かりました、本部長。今お話しいただいた機密に関して、誰にも漏らさない事を誓います。私の様な者を信頼して打ち明けて下さった事を感謝致します。
 そして、鳳 成治おおとり せいじ指揮官の命令には絶対服従する事もお約束します。」

 長谷川としては不承不承ではあったが、県警本部長である浜田を安心させるためにこう答えざるを得なかった。宮仕みやづかえの中間管理職のつらい所だった。

『分かってくれてありがとう、長谷川君。殉職した警官達の二階級特進はもちろんだが、君達生存した者達にも配慮させてもらう。これは私が約束しよう。』

 濱田はやっと安心したように、電話の向こうでため息をいた。

「ですが本部長、この件をマスコミがぎ付けてくればどう対処するのでありますか?」

 長谷川がもっともな疑問を口にした。当然危惧きぐされる事態である。

『それに関しては心配には及ばんよ。全マスメディアには国からの政治的圧力がかかっているはずだ。トップレベルで報道管制がかれているから、今回の事件が報道を通して表に出る事は無い。』

「はあ… そこまで手が回されているのでありますか…」

『それに今回の事件は国家規模の極秘事項であるため、表立って県知事から自衛隊への「災害派遣」の要請は出来ない。この件の対処にはおおとり指揮官直属の極秘のシークレット部隊が派遣される。すでに、その部隊がそちらに向かっているとの事だ。
 その部隊に関しておおとり氏からは、今回の様な案件に専門に対処するエキスパート集団だと聞いている。今後のヒッチハイカーの処理は彼らに任せるしかない。君達現場にいる者は彼らの到着まで、持ちこたえて必ず生き延びてくれ。
 残念だが、長谷川君… 今の私には、それ以上君達に言ってやる事が出来ないんだ。不甲斐ふがいない我々上層部を許してくれ…』

 長谷川には電話の向こうで濱田はまだが自分に対して頭を下げているような気がした。いや、実際にそうだったのに違いない…

「了解しました、濱田本部長。私を信じて機密事項を話して下さった事に感謝します。本部長の苦しい胸の内をお察しします。では、自分は現場においておおとり指揮官の命令に従って行動します。」

『もう少しだ。頑張ってくれ…』

 このやり取りを最後に長谷川と濱田県警本部長との通話は終わった。

「ふう… 県警本部長からの直々の命令じゃ仕方ないな。言われた通り、あの得体の知れない術を使う指揮官殿の命令に従うか…」

 ため息を吐き、そうつぶやいた長谷川は固定電話の子機を元の場所に戻すと、事務所のデスクから疲れた足で立ち上がった。

「安田! 安田はいるか!」

 長谷川が安田を呼んだ時には、もう彼の姿は作戦指揮所の周辺から消えていた。
 すでに安田が隊長の自分に断りも無く、製材所に置いてあったチェーンソーを肩に担いで島警部補達の元へと向かった事を、長谷川は全く知らなかった。

********

 立ち上がろうしたヒッチハイカーは、安田巡査にチェーンソーで右大腿部を8割ほども切断された脚では踏ん張り切れずにヨロヨロとよろめいた。この怪物にとっても、現在の自分の状態は厳しいものであるのは間違いなかった。

「ぐう… こんな脆弱ぜいじゃくな人間の足など、もう必要ない…
 この俺に相応ふさわしい、もっと強い脚を寄こせえっ!」

 そう叫んだかと思うと、ヒッチハイカーは目をつむって全身にみなぎるありったけの力を両脚に集中した。
 すると、吹雪の吹き荒れる中で半裸の状態にもかかわらずヒッチハイカーの全身から汗がほとばしり、湯気ゆげが立ちのぼった。
 いや… それは湯気だけでは無かった。彼の両脚の全体から黒い霧かオーラの様な、ゆらゆらと揺らめいて見える気体状の細かい粒子が放出されてきた。

 黒い霧がヒッチハイカーの両脚全体を包み込んだ。

「ミシッ… ビシッ! ビキビキビキッ! グジュルルルッ!」

 今や怪物の黒い下半身を包み込んでしまった黒い霧の中で、様々な不可解な音が発せられてきた…
 それは、聞いている者を本能的に不快にさせずにはいられない異様な音だった。いったい、黒い霧の中で何が起こりつつあるというのか…?

「な、何だ? ヤツの足を包んだあの黒い霧は…? それに、あの気味の悪い音…?」

 チェーンソーを手放し、SMGでヒッチハイカーに狙いを付けて構えている安田が顔に恐怖の表情が浮かべてつぶやいた。彼は目の前でヒッチハイカーの身に起きつつある得体の知れない現象に、身体中がふるえずにはいられなかった。

「な、何だか分からない… で、でも今だ… ヒッチハイカーの腹部を狙うのは、ヤツが目を瞑って動きを止めている今しかないんだ!」

 伸田のびたは、得体の知れない現象にただおびえて震えている訳にはいかなかった。自分の身の危険をかえりみず、射撃の邪魔となる吹き荒れる風や重力の影響を考慮してヒッチハイカーとの間の距離を詰めていく。
 ヒッチハイカーまで約10mの地点で伸田のびたは足を進める動きを止めた。

「ここだ… ここからなら絶対に外さない。」

 伸田のびたは右手に握ったベレッタに左手を添えて両手撃ちの構えを取り、身体を安定させるために両足を開いて腰を少し落とした姿勢を取った。

「はあ、はあ、はあ…」
 伸田のびたはヒッチハイカーへの射撃体勢を取ったままで呼吸を整えた。

 そして、伸田のびたはベレッタの銃身前方の銃口付近にある凸型の照星しょうせい(フロントサイト)を目標であるヒッチハイカーの腹部中央に合わせ、後方の凹型の照門しょうもん(リアサイト)の溝の間に見えるようにして照準を合わせる位置に銃を固定し狙いを付けた。

「いい加減にくたばれ! 怪物野郎っ!」

伸田のびたは動きを止めたたままのヒッチハイカーに向けて引き金を引いた!

「パーンッ!」



【次回に続く…】

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