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【Rー18】ヒッチハイカー:第9話「どうしても南へ行きたいんだ…」⑦『伸田、SITとの共闘! 明かされたヒッチハイカー誕生の秘密…』

「死ぬな! 死ぬんじゃないぞっ! 今、俺達が行くから!」
 Aチームの島警部補と5人の隊員達は、コンクリートとアスファルトで舗装ほそうされた地面を必死に走った。
 炎上しているガソリンスタンドの敷地内を通った方が林の中をぐるっと迂回うかいするよりも早い。6人はCチーム隊員のSMGの発砲音と、林の木の間から見え隠れするマズルフラッシュの閃光せんこうを目標にひたすら走った。

 ついに林への入り口にAチームの隊員達が差し掛かった時、CチームによるSMG(サブマシンガン)の発砲は止んでいた。
 Aチームの島警部補以下の全隊員が戦闘に備えてヘルメットの防弾バイザーを下ろそうとしたが、懸命に走って来た事から呼吸が荒く、息でくもってしまうために仕方なくバイザーはそのままにした。

「全員油断するな… 各員、くれぐれも味方を撃つんじゃないぞ。」
 島警部補の指揮の元、Aチームの各員は横隊を組み、SMGを前方に向けて構えながら殺人鬼に向かってゆっくりと歩き始めた。

「な… Cチームまでが全滅…?」
 Aチームの隊員達は自分の目を疑った。現場一帯に散乱していていたのは、かつての仲間達の残骸ざんがいとしか言いようが無かった。
 それらは、文字通り滅茶滅茶メチャメチャに切断され千切れ飛んだ血まみれでバラバラの、かつて人間のパーツだった物体としか表現出来ない代物しろものだったのだ。
 
 その散らばった隊員達の残骸の中央に、一人立っていたのは…
 身長は優に2mはある大男で、着ていた衣服はBチームとCチームの合計12丁のSMGから浴びせられたおびただしい数の銃弾によりズタズタにされたのだろう。そいつが上半身にまとっているのは、元の着ていたシャツの種類や形状が判別不可能なボロ切れだけだった。男の上半身に弾が集中したためか、下半身に着用していたズボンや登山靴は比較的損傷がましだった。

 その男のボロ切れからのぞいているはがねの様な筋肉をした身体と言い、ボサボサでたてがみの様に逆立った髪の頭と言い、全身が犠牲になった者達の血とあぶらでぬらぬらと気味悪くテカり、近くで炎上する炎に照らされて異様に赤黒く光り輝いていた。

 そいつは、唯一ゆいいつ人体の原形をとどめている隊員の頭を左手で鷲掴わしづかみにし、大の大人を重い装備ごと左腕一本だけで軽々と宙に持ち上げていた。そして、そいつは左手にぶら下げた隊員の身体をAチームの隊員達に向けて見せつけるようにして突き出すと、血と脂にまみれて鬼の様な形相ぎょうそうの顔に、一瞬うれしそうな笑みを浮かべた様に見えた…

「ひどい… あれは…階級章から言って金田巡査部長…か? 彼は生きているのか…?」
 そう島警部補がつぶやいた時だった。空中に吊り上げられていた金田巡査部長の右肘が曲がり、わずかだが右手が持ち上がった。彼は生きていた…

「あは… ぎゃははは!」
 殺人鬼が甲高かんだかい奇妙な声で笑い出したかと思った途端とたん、右手に持っていた山刀を横薙よこなぎに一閃いっせんさせた。

「バシュッ!」
 殺人鬼の持ちあげていた金田巡査部長の身体は、肉と骨を断つ音がすると同時に首で切断され、つかまれていた金田巡査部長の頭部だけがそいつの左手に残り、首から下の身体は着用していた装備と共に地面へと落下した…
「ドサッ!」

「ブッシューッ!」
 地面に転がった金田巡査部長の切断された首の断面から、噴水ふんすいのような勢いで血がき出した。

「ひいぃーっ!」
「タタタタタタッ!」
 の当たりにしたあまりの恐怖から、張り詰めていた緊張の糸がプツンと切れたのか、SITの中で最も穏やかで優しい性格の安田巡査が、悲鳴を上げながら構えていたSMGを殺人鬼に向けて発砲した。

 安田巡査だけでは無かった。他の隊員も目の前で同僚を殺され、Cチームに一人の生存者もいなくなったのを目撃した以上は、誰も発砲をためらいはしなかった。
 目の前にいる殺戮さつりくを繰り返す恐怖のみなもとに対して、全弾を撃ち切るつもりで全員が引き金を引いていた。島警部補も他の隊員を制止する事なく、殺戮者に向けて同様に引き金をしぼった。

「タタタタタタタタタタタッ!」
「タタタタタタタタタッ!」
「タタタッ!タタタッ!」
「タタッタタタタタタタッ!」

 リズミカルなSMGの発砲音があたり一帯に響き渡り、六つの銃口にマズルフラッシュが繰り返し輝くたびに硝煙しょうえんが立ちのぼり、視界をさえぎっていく。

「カチッ、カチッ…」
「カチッ、カチッ、カチッ…」

 まず最初に発砲し始めた安田巡査のSMGのマガジン内に残弾が無くなり、順に他の隊員の弾もきた。

「もういい! 撃ち方めっ! 各員、マガジンを交換しておけ。」
 島警部補の掛け声で隊員達は我に返り、空になったマガジンを交換した。
 
「ガシャッ、ガシッ!」
「ガシッ!」

 やがて…6丁の銃口から吐き出され周辺に立ち込めていた硝煙が吹雪で吹き払われ、隊員達に殺人鬼の立っていた場所がよく見通せるようになった。
 だが、その地点の地面に横たわっていたのは殺人鬼の死体では無く、生きたまま残忍に切断された金田巡査長の首と胴体だけだった。

「そんな馬鹿な… ヤツの死体が無い… 俺は間違いなく何発かヤツに当てたぞ…」
 そう言った島警部補に他の隊員達が近づいて来た。

「警部補、自分も何発もヤツに当てたはずであります…」
 震えながらそう言ったのは、最初に発砲した安田巡査だった。

「何発か分かりませんが、自分も絶対にヤツの身体に当てた自信があります…」
 関本巡査も訳が分からないといった口ぶりで言った。

「自分もであります…」
「自分も…」
「私もです…」

 互いに顔を見合わせながら各人がつぶやいた。

「では、数十発の弾丸を食らったヤツの死体はどこへ行ったんだ…?」
 島警部補が全員の頭に浮かんだ考えを、真っ先に口にした。

 Aチームの全員がキョロキョロと周辺を見回した。だが遺体はおろか、重傷を負って瀕死ひんしの状態になっていてもおかしくないはずの殺人鬼の姿はどこにも見当たらなかった。

「上だあーっ!」

 Aチームの6名の隊員達から少し離れた場所で叫び声が上がった。

 全員が上を見た。
 その見上げた視線の先にヤツがいた。

 どうやって登ったものか、殺人鬼は自分のいた場所のすぐそばに立っていた直径1mはあろうかという、林の中でも太い幹をした大木の樹上に身を隠していたのだった。
 高さ4mくらいの位置に幹から横向きに生えている太い枝の上に立ち、下の様子を見下ろしていたのだった。
 
 Aチームの隊員達が樹上の殺人鬼の存在に気が付いてからの対応が遅れた。6人が敵を認識して再びSMGを撃つ動作に入るより先に、殺人鬼は巨大な山刀を振りかぶってAチームの隊員達に向かって飛び降りた!

「パンッ!パンッ!パーンッ!」
林の中に三発の銃声が響き渡った。
 三発のうち一発は殺人鬼の眉間みけんに、もう一発は半裸の胸の中央部、つまり心臓部に正確に穴を穿うがち、最後の一発は殺人鬼が右手で振りかぶっていた山刀のやいばに命中し火花を散らした。
 まぐれはでなく、落下途中の殺人鬼をねらって撃ったのであれば神業かみわざと言うしかない腕前だった。身体には二発とも急所に当て、もう一発は凶器の刃に当てたのだ。しかも落下の最中にである…

「チィッ!」
 殺人鬼は舌打ちをしながら空中で体勢を変えて着地した。今の三発の発砲が無かったなら、Aチーム隊員の一人の頭部は文字通りに真っ二つに斬り下げられ、続きざまに二人は瞬時に惨殺されていただろう。

 我に返ったAチームの隊員達は、マガジンを交換し終わったSMGの弾丸を殺人鬼に向けてバラまいた。

「タタタタタタタッ!」「タタタタタタタッ!」
「タタタタタタタッ!」

 間違いない、6丁のSMGから発射された合計数十発の弾丸は殺人鬼に命中していた。
 着弾のたびに殺人鬼の身体から汗と血が飛び散ったのを、発砲した全員が目視で確認した。

「カチッ!」「カチッ、カチッ!」「カチッ!」
 全員のSMG:MP5SFKがまた空になった。

「ダメだ、られる!」
 全員の頭に、SMGのマガジンを交換する間に誰もが死ぬ光景が浮かんだ。

「くそっ!」
 隊員達ではなく殺人鬼が悪態をき、即座に身をひるがしたかと思うと林の奥の木が密集して茂った方へと逃げ込んでいった。

「ふーっ! 助かった…」
 安田巡査が両膝を地面に付いて、息を吐き出しながら思わず本音を言った。
 だが、それは全隊員の共通した気持ちだった。それが証拠に、みんなが地面に尻を付いたり足を投げ出してへたり込んだ。島警部補ですら同じだった。だが、彼は気力を振り絞るように部下達に言った。

「安心して油断するな… 全員、マガジンを交換して置け!」
 そう言った島警部補の声はかすれていた。

「それにしても…」
 空のマガジンを交換しながら関本巡査がつぶやいた。

「『上だ!』って叫んで我々に教えてくれたり、三発の銃弾を発射してヤツの殺戮さつりくの動きを寸前で止めてくれたのは、いったい…」

「そうだ… あれは誰だったんだ?」
「分からん…」
 マガジンの交換を終え、口々に言い合った隊員達は問題の叫び声のした方を見た。

 その方向に一人の男が立っていた。
 Aチームの隊員達は手に持ったSMGを男の方に向けた。

 男が両手を上にあげて近づいて来た。戦う意思は無いらしい…
 立ち上がり、近づいて来た男の格好を見たAチームの隊員達は驚いた。

 その男は、自分達の装備と同じ防弾バイザーの付いたヘルメットをかぶり、やはり同じボディアーマーとタクティカルベストを着用していた。空に向けてげた男の右手に握られていたのは、自分達がSMGにぐセカンダリィウエポンとして支給配備されている拳銃の『ベレッタ90-Two』だった。そして、右大腿部に取り付けられたホルスターにもう一丁の『ベレッタ90-Two』が入っているようだ。

 部分的には違いはあるが、その男の装備は自分達の物と全く同じだったのだ。

「そこで止まれ! 関本、その男の持っている武器を取り上げろ!
 それ以外の者は、殺人鬼の襲撃に備えて周囲を警戒しろ!」
 Aチームリーダーの島警部補がSMGで男にねらいを付けたまま、関本巡査に命じた。

「僕は敵じゃありません… あのヒッチハイカーに襲われた被害者の一人です。伸田伸也のびた のびやといいます。はあぁ…」
 関本巡査に武器を取り上げられた伸田は、安心して緊張の糸が切れたのか、両手を上げたまま地面にへたり込んだ。

「では、あなたが皆元静香みなもと しずかさんの言われていた生き残りの方でしたか。これは失礼しました。ですが、あなたのその格好かっこうはいったい?」
 島警部補は警戒を解き、伸田に向けていたSMGの銃口を下げた。

「えっ! シズカは無事なんですか? 本当に…?」
 伸田は喜びと感動に打ちふるえながら、目の前に立つ島警部補にたずねた。

「ええ、皆元さんは自分達が保護して現在は安全な所にお連れしてありますので、ご安心下さい。」
 島警部補が優しい目で見つめながら伸田に告げた。

「あ、ありがとうございます… 僕はシズカを助け出すために、あなた達のお仲間の方達が最初にヤツに襲われた地点で、遺体と一緒に遺棄いきされていた装備を拾って着用していたんです。でも、シズカが救われたのなら、こんな格好は僕にはもう必要ありませんね。」

 そう言うと伸田は自分の装備を外そうとしたが、それを見た島警部補が首を横に振って言った。

「いえ、伸田さん… まだその格好のままでいて下さい。またヤツがいつ襲撃して来るか分かりません。
 それにしても、伸田さん… ヤツが我々に飛びかかって来た時に、ヤツを撃退した三発の銃撃は、本当にあなたが…?」
 島警部補は自分を含めたAチーム全員が最も気になっていた事を、ようやく伸田に質問した。

「ああ、あれですか。そうです、三発とも僕が撃ちました。あなた達が危ないと思って無我夢中で…」
 伸田はAチームの面々が驚きを隠せず感嘆するのを、ほほを赤くし目をパチパチさせて見返した。

「や、やっぱり…民間人の僕が許可無く銃を撃ったのは、銃刀法違反か何かの罪に…?」
 自分の取った行動がとがめられる事が急に心配になった伸田は、恐る恐る島警部補にたずねた。

「いや、あれは『緊急避難』に該当がいとうする行動でしょう… あなたの発砲が無ければ、我々の何名かは間違いなく殺されていたんですから。警察官の我々が民間人のあなたに銃で助けられるとは…面目次第もありませんね… とにかく伸田さん、ありがとうございました。本当に助かりました。
 ですが、伸田さん…あの木から落下中のヤツの急所を正確に撃った、あなたの尋常じんじょうと思われない銃の腕前は、いったいどういう事なのですか…?」
 それこそ、この場にいた伸田以外の者が皆知りたかった事だった。

「はあ… 僕は昔から射的やエアガンなんかの射撃に関する遊びやゲームが、なぜか得意だったんです。大人になった最近でも海外旅行に行った際は趣味で射撃を楽しんでいます。さすがにSMGはありませんが、ベレッタも実際に撃った経験があります。」
 少し照れ臭そうに正直に話す伸田を見て、島警部補は好感を持った。

「しかし、あの射撃は本当に尋常どころでは無かった… まさに神がかり的でした。自分達でも不可能でしょう。」
 島警部補の言葉に、他の隊員達が何度もうなずいて同意を示した。

「だが眉間みけんと心臓…急所を外さずに当てたのに、アイツは死なない… あれはいったい…」
 島警部補は不可解な現実に唸った。

「島警部補、自分達の撃ったSMGもヤツの身体中に合計で数十発は当たっていました。なのに…」
 安田巡査が恐ろしそうに言った。

「人間の姿をしてはいますが、あれは不死身の怪物なのでしょうか…?」
 関本巡査も首を振りながら誰に言うともなく口にした。

「信じたくは無いが、そうとしか考えられんな… 関本、伸田さんにベレッタをお返ししろ。もちろん、法的にはそんな事は許されない。だが、この現実離れした敵を相手にする非常事態の真っ最中だ。この際、銃の扱いに慣れ腕前も我々全員が認める伸田さんなら、自分の身を守るために持っていたもらった方が良いと思うんだが、みんなの意見はどうだ?」
 島警部補が意見を求めるように全員の顔を見回した。

「意義ありません。」
「私も同感です。」
「異議なし。」
「賛成します。」
「正直言って、彼には自分で身を守ってもらう方がいいと思います…」
 最後の意見は民間人を守るべき警官としては不適切だと言えたが、全員の正直な意見だと思われた。それが証拠に全員が同意を示す様にうなずいていた。

「よし、決まった。これはこの場だけでの超法規的措置と思ってもらいますが、伸田さんには護身用として持っていてもらいましょう。我々としても、確かな腕前なら猫の手でも借りたいのが正直なところです。
 ただし、この作戦の間だけです。終われば返してもらう、いいですね。」
 そう言う島警部補達の目の前で、関本巡査が取り上げていた二丁の拳銃を伸田に返した。

「ありがとうございます、みなさん。僕もむやみに撃たないし、皆さんの足手まといにならないように努めます。」
 伸田は頭を下げながら手渡された拳銃のうち、一丁を右太ももに装着してあるホルスターに戻し、一丁は安全装置を確認して右手に持った。

「よろしい。では私は、この状況を作戦指揮所の長谷川警部に伝える。伸田さんも含めて全員、警戒しつつ林を抜けてガソリンスタンドの敷地に移動しよう。ここではヤツにとって有利だ。それに各員、亡くなったCチームの装備からから自分達の消費した弾丸を補給しておけ。」
 島警部補の言葉通り、隊員達はCチームの隊員達に手を合わせて合掌しながらSMGのマガジンを頂戴ちょうだいした。伸田は三発使用した銃を、亡くなった隊員の未発砲の銃と交換させてもらった。

 Aチームと伸田を合わせた6人は各員が周囲を警戒しながら林を抜けた。ガソリンスタンドはまだ炎上しているため、炎の熱で熱いくらいだった。明るさも申し分なかった。身を隠すための遮蔽物しゃへいぶつらしい物の無いここならばヤツが襲ってきても、すぐに見つける事が出来る。
 さっそく、島警部補は本部である作戦指揮所へと無線連絡を入れる。

「本部、応答願います。こちら、Aチームリーダーの島警部補。
・・・・・・・・・・・
・・・・・・はい、了解しました。では、ここで一行の到着を待ちます。」
 島警部補は少し困惑した表情で、本部である作戦指揮所との連絡を切った。

「どうでしたか、島警部補?」
 この中では最年長である隊員の山村巡査部長が年下の上司を振り返って聞いた。

「ああ…ヤマさん、それがおかしいんですよ。こちらが報告をするより前に、長谷川隊長と横田副長はDチームをひきいて現場へ向かったという事らしいんですがね…」
 島警部補の困惑気味の顏は変わっていない。

「では、援軍を隊長自ら率いて来てくれるんですね。いいしらせじゃないですか?」
 山村巡査部長が嬉しそうに言った。

「それはそうなんですが、今回の作戦の指揮官が長谷川警部から『おおとり』と言う人物に変わったらしくて、その人も直々じきじきにこちらへ来るそうなんですよ。」
 そう言った島警部補は首をかしげている。

「『おおとり』ですか…? 階級は長谷川警部よりも上の警視クラスなんですかね?」
 山村巡査部長も知らない名前だった。

「まあ、もうすぐ会えるから、その時に分かるさ。」

「そうですね。」
 島警部補と山村巡査部長が笑い合った。

「何かいい事でもあったんですか?」
 近くで聞いていた伸田が島警部補に尋ねた。

「ああ、伸田さん。朗報と言えるのかどうか分からないのですが、あなたの恋人の皆元さんがこちらへ向かう援軍に同行されるようです。ご本人のたっての希望らしくて…」
 この事を伸田にしらせるのを少しためらった島警部補だったが、どうせすぐに分かる事だと隠さずに告げた。

「ええっ? シズちゃんがこんな危険な所に戻って来るなんて…何でそんな…?」 
 伸田は嬉しいというよりも、静香の事を心配する気持ちの方が強かった。

「私もそう思います… ですが本部の決定だそうで、申し訳ありません…」
 島警部補も伸田の気持ちは良く理解出来た。自分達が保護し安全な所へと連れて行った彼女を、また危険な地域に逆戻りする本部の決定を理解出来なかったのだ。島としては伸田に対して、自分が済まないような気がして頭を下げていた。

「やめて下さい、島さん。あなた方が悪い訳じゃないんですから。」
 伸田は慌てた。そして改めてここにいる警官達は皆いい人なんだなあと伸田は思った。自分が彼らの危機を救った事をとても気持ち良く思えた。

********

 ところ変わって、こちらは今も炎上中のガソリンスタンドに向かう移動現場指揮車の中である。この車両は幹部級の捜査担当者が搭乗して現場に赴き、移動型の作戦本部として機能するための車両なのであった。
 運転はSITのDチーム隊員が行っていたが、中には長谷川警部と横田警部補の他に鳳 成治おおとり せいじと一緒に乗る皆元静香みなもと しずかの姿もあった。

 この移動現場指揮車を先導する形で、Dチームの5人のフル装備した隊員達を乗せたSITの人員輸送車が走っている。元々、この車両はABCD4チーム合わせて24名のSITの隊員達と装備を運んで来たのに、現在では5人の隊員が乗っているだけだった。

 先に、静香とAチームの安田巡査が、ガソリンスタンドから製材所の材木置き場に設置された臨時作戦指揮所まで歩いた時は所要時間が30分あまりだったが、車両での移動となると山の周りを大きく周回する国道を走行する事になるために、車でも歩くのと同じかそれ以上に時間がかかる事になる。
 しかも真夜中の国道の路面は吹き荒れる吹雪のために、スタッドレスタイヤを着用した上にゴム製のチェーンを巻いている車輪でも、走行が困難なほど凍結していたのだ。

おおとり指揮官、たった今ですがAチームの島警部補から現状報告がありました。Bチームに続き、Cチームも壊滅…金田巡査部長以下6名の隊員が『ヒッチハイカー』との交戦により、全員殉職じゅんしょくしたとの事です… くっ! うう…」
 Aチームの島警部補から直接連絡を聞いた長谷川警部が、本作戦の新たな指揮官となったおおとりに報告した。だが…長谷川警部の報告は、自分の可愛い部下達を失った悲しみと悔しさから、こみ上げてくる嗚咽おえつで途切れてしまった。

「うむ… 部下を失った君の気持ちは分かるが、こんな時こそ落ち着きたまえ。報告はそれだけかね?」
 鳳 成治おおとり せいじは長谷川警部や横田警部補の様に感情的になる事無く、冷静に報告を聞いていた。隣に座っていた静香は、このおおとりという男に冷静というよりも機械の様に冷たい印象を受けた。
 『この人って、人間の感情を理解出来ないのかしら…』静香は心の中でそう思った。

「失礼しました… 自分の子供の様に可愛く思っていた部下達だったので…
 もう一つ… こちらは我々にとっても皆元さんにとっても朗報でありますが、Aチームが生存されていた救出対象者の伸田さんを無事保護し、現在同行中との事です。」
 この報告をする時には、長谷川警部も少しだけ微笑ほほえんで静香を見た。

「ノビタさんが! 無事だった! あっ、すみません…」
 静香は喜びのあまり大きな声を出してしまい、あわてて周りを見回して謝った。

「良かったですね、皆元さん。で、例の『ヒッチハイカー』はどうなっている?」
 静香に対してほんの少し言葉をかけただけで、おおとりはすぐに長谷川警部に次をうながした。
 『ヒッチハイカー』というのは、今回の連続猟奇殺人事件の容疑者に対して、捜査本部で正式に決定した呼称である。

「はい、AチームはCチームの交戦中の亡現場に駆け付けたのですが、すでにCチームは壊滅しており、そこに残存していた『ヒッチハイカー』と交戦し、ヤツに対して急所も含めてかなりの数の銃弾をびせました。ですが、信じられない事に『ヒッチハイカー』は自力で走って逃亡したとの事です。」
 
 長谷川警部の報告の中で最も驚くべきくだりなのだが、おおとりだけは驚いた様子もなく落ち着いた表情で頷いただけだった。

「ふむ、やはりな… SMGで何十発と9mmのパラベラム弾を撃ち込んでもヤツは死にはしないだろうとは思っていたが、これで実証されたわけだな…」
 おおとりが誰に聞かせる訳でもない口調でつぶやいた。

「何だってえ? おおとり指揮官! あなたは『ヒッチハイカー』に関して我々の知らない情報を、いったいどれだけご存じなんですか? 我々にも開示していただきたい!」
 おおとりの顔をにらみつけた長谷川警部の顔は、怒りのために真っに染まっていた。

「興奮するなと言っているだろう、長谷川警部。しかし、まあいい…君達は当事者として知る権利はあるだろう…
 これは君達の警察組織では、警視正以上の階級の者しか触れる事の出来ない国家機密なのだが、ざっとだが話してやろう。だが、今から私が話す事は絶対に他言無用だ。覚悟して聞きたまえ。」
 おおとりの言葉に車内の全員が緊張した。静香もゴクリとつばを飲み込んだ。

「今回の事件は、3カ月ほど前に某国の軍需産業が開発したある薬品を、陸路で運搬していたコンテナトラックが交通事故に巻き込まれ、積載していた薬品を少量だが紛失してしまうという不可避ふかひの過失から生じた事態にたんを発する。
 当局のの命の捜索で薬品のほとんどが回収出来たのだが、ジュラルミンの小型コンテナに保管されていた50㏄のバイアルが一本だけがついに行方が知れなかったのだ。」

 ここで一度おおとりは言葉を切った。気をかせた横田警部補から渡されたペットボトルの水を一口飲むと話を再開した。

「そのコンテナトラックが事故を起こしたのが、現在我々がいるこの祖土牟そどむ山のとなりに位置する醐模羅ごもら山の周回道路なのだ。今回の『ヒッチハイカー』による一連の猟奇殺人事件の全てが、この二つの山の周辺地域で発生している。
 当時、偶然山中にいた我々の『ヒッチハイカー』が紛失した薬品を手に入れ、どういう経緯でかは不明だが経口もしくはそれ以外の方法で体内に摂取せっしゅしたものと考えられる。
 結果として、それまでは通常の人間だった一人の旅行者が変化し人間をはるかに凌駕りょうがする力を手にしてしまったのだろう… ヤツの不死身に近い再生力を含む並外れた身体能力や、女性に対して求める異常なまでに強い性欲に他者への殺戮に対する欲求なども、ヤツが摂取した薬剤の副反応によるものだろう。
 その失われた薬剤とは、人体にそういう結果をもたらす効果のある薬剤だった…とだけ言っておく。
 私は自分の職務として、今回の事件を追って来たのだ。この一件は国家機密に該当がいとうするため、私が君達に言えるのはここまでだ。私が今しゃべった話を他言たごんした者は、誰であろうと裁判を行われる事なく懲役刑ちょうえきけいに処される。命も保証出来ないと言っておく。
この件に関わった人間は一生、当局にマークされる。」

 ここまで聞いていた一同は、シンと静まり返っていた。
 まるで架空の出来事の様な怪物『ヒッチハイカー』の誕生秘話とその機密性が、自分達の予想をはるかに超えていたため、誰も口をくことが出来なかったのだ。

「じゃあ… あの『ヒッチハイカー』も、その紛失した秘密の薬剤の犠牲者だって言うの…? そんなの、ひどすぎるわ…」
 被害者の一人であり、友人を4人も失った静香は激しいショックを受けていた。
 その失われた薬剤が原因で、判明しているだけでも43人もの尊い命が奪われたのだ。その命を奪った側の殺人鬼さえも犠牲者だったというのか…? それでは一同の怒りを持って行く場が無いではないか…
 そう考えたのは、この場にいるおおとり以外の全ての者に共通した気持ちだっただろう。
 長谷川警部や横田警部補にDチームの隊員達にとっても、同じかまの飯を食い、共に視線をくぐりぬけて来た大切な仲間を奪われたのだから…

「うわあーっ! 危ない!」
 突然悲鳴を上げ、車内の静寂を破ったのは運転していたDチーム隊員の東尾ひがしお巡査だった。

 登りから下りに変わる山道の起伏を越えた地点で、先行して走行中の人員輸送用車に向けて山側の崖の上から直径が2mほどもある岩が落下してきて、Dチームの5人の乗った人員輸送車の車体左側面を直撃したのだ。
 重量が何トンあるのか不明だが巨大な岩は、玉突きをする形で人員輸送車を横に跳ね飛ばし、人員輸送車はガードレールを突き破って反対側のがけ下へ、乗員を乗せたまま転落していった。

 あっという間の出来事だった。
 後続して走行していたおおとりや静香達の乗った移動現場指揮車は、運転手の東を巡査がブレーキを踏んだがスリップし、スピンした車体後部を大きく振るようにして路上にとどまった巨岩にぶつけ、車体の右後部を破損してようやく停止した。

「ううっ…」
「痛い…」
「助けて…」

 移動現場指揮車の車内では、乗っていた者達のうめき声があちこちから聞こえる。

「ドカーン!」

 車体自体はマイクロバスである移動現場指揮車の左前部にある乗降口のドアが、外からの衝撃で内側に向けて強い衝撃で無理矢理ぶち破られた。
 
薄れゆく意識の中で静香は見た…
 
 破られた扉から流れ込む吹雪を背に浴びるようにして搭乗口に立っていた、ボロ切れを身体にまといつかせただけの身長が2mはあろうかという一人の大男の姿を…

「ヒッチ…ハイカー…」

この言葉を最後に静香の意識は消失した…

【次回に続く…】

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