ニケ… 翼ある少女：第34話「思念ネットワーク… SLBMの東京着弾を阻止せよ！」

「親父、俺がニケと話すことは出来ないか？」

　首相官邸へと向かうヘリの中で鳳 成治おおとり せいじが父である稀代きだいの大陰陽師おんみょうじ、安倍賢生あべの けんせいに尋たずねた。

「むう…　わしとアテナさんを介してならあるいは、出来るかもしれん…」

　成治せいじは希望を見出したように顔を輝かせ、賢生の肩を力を込めて掴つかんだ。

「やってくれ、親父！　どうしても必要なんだ。」

「分かった。やって見るわい。」

そう言った賢生けんせいは目を閉じて瞑想めいそう状態に入った。

『アテナさん…　わしじゃ…　賢生けんせいじゃ…』

『お義父とうさま…　私の力が必要なのですね？』

　さすがに稀代の大陰陽師である。彼の精神の集中力は凄すさまじいほどで、すぐにアテナとの思念の回線を開き繋つながることが出来た。

『アテナさん…　息子の成治せいじとニケの思念を繋つないで会話をすることが出来るじゃろうか？』

賢生けんせいの問いかけに、すぐにアテナが答える。

『大陰陽師おんみょうじのお義父とうさまならニケとの会話は出来るかもしれませんけど、成治せいじさんでは…　竜太郎りょうたろうさんもジェット機事件の時は、私を介してしかニケと思念会話が出来ませんでしたから…』

賢生けんせいはニヤリと笑ってアテナに言った。

『なに…　成治せいじはああ見えても、わしが幼少の頃から陰陽道おんみょうどうを一から叩たたき込んだ男なんじゃよ。
　彼奴あやつが三人の兄弟の中では死んだ次男の次に、陰陽師おんみょうじとしての素質があったのじゃ。　
　もっとも、途中で放り出して違う世界へ行ってしまいおったがの。じゃが、成治せいじの陰陽師おんみょうじとしての力はわしが保証するわい。
　残念ながら、お前さんの夫である長男の竜太郎りょうたろうには全く素質は無かったがな。』

『わかりました。お義父とうさまがそう仰おっしゃるなら出来るかもしれませんね…　やってみましょう。
　今、私と思念が繋つながったままのお義父とうさまと成治せいじさんの手を握り合って下さい。そして成治せいじさんに心の中に私の顔を思い描くように伝えて下さい。』

　賢生けんせいはアテナに言われた通りに成治せいじに説明をして、二人で手を握り合った。成治は目をつむり心に義姉であるアテナの美しい顔と姿を思い浮かべた。

『成治せいじさん…　私の思念を理解出来ますか…？』

　アテナからの思念での問いかけを心で感じ取った成治せいじは、アテナに対して思念を送り返した。

『ええ、義姉ねえさんの思念を感じることが出来る…　理解出来る。』

『さすがは成治せいじさんね。次はそのままニケの事を頭に思い描いてみて下さい。私が、ニケへあなたの思念を中継します。』

言われた成治せいじは、今度は姪めいでもある榊原くみの美しい顔と姿を心に思い描いた。

『ニケ…　お願いだ、俺の思念に答えてくれ…』

『誰…？　この思念は…成治せいじ叔父さん？』

成治せいじとニケの思念が繋つながった。
　さすがと言うべきか、この男の精神集中も父親の賢生けんせいに負けぬほど凄すさまじいものだった。アテナに言われたことをすぐにやってのけたのだ。

『ニケ…　聞いてくれ。君からSLBM（潜水艦発射弾道ミサイル）は見えているかい？』

『ええ…　私、だいぶスピードを上げたの。もうすぐアイツに追いつきそうよ。』

『そうか…　それは素晴らしい。ニケ、SLBMのロケット噴射を止めることは可能だろうか？』

『ええ、アイツに追いついたら可能よ。「ニケの青い炎青いレーザー光線」を使って破壊出来ると思う。』

『方法は君に任せるが…可能なんだね。だが気を付けてもらいたいのは、絶対にSLBM本体の先端部にある核弾頭搭載部に君の攻撃が当たらないようにして欲しいんだ。それだけは必ず守ってくれ。』

『分かった、やってみる…』

『よし、いい返事が聞けて嬉しいよ。東京を救うには君だけが頼りなんだ。あっ、言うのを忘れるところだったが、SLBMの着弾目標である首相官邸の上空に飄ひょう君が来ているよ。君を助けるためにね。』

　その思念を感じたとたん、ニケの…いや、くみの心はときめいた。15歳の少女の恋する相手を想おもう感情が、彼女の心に湧わき上がってきたのだ。

『え…　飄ひょう君が、私を助けるために危険を顧かえりみないで来てくれたの…？』

くみは嬉うれしくて涙が湧わいてきた。

『私は一人じゃないのね…　飄ひょう君も、ママも、成治叔父さんも、お祖父じいちゃんも、みんなで私を助けてくれてるのね…　うれしい…』

『そうよ、くみ…　私達みんながあなたを応援しているわ。あなたが一生懸命に東京を救おうと努力しているのを理解する人達全てが…　
あなたは私達の希望で誇りなのよ…』

アテナがニケに優しく力強い思念で語りかけた。

『うん…　ママ…　ありがとう。私は一人じゃないのね…　戦うわ、みんなの命を護まもるために！』

『くみや…　あまり一人で無理はするな…　飄ひょうには、ニケに協力してくれるようにわしから頼んである。彼奴あやつと協力し合って頑張るんじゃ…』

祖父賢生けんせいからの温あたたかい思念も伝わって来た。

『お祖父じいちゃん！　ありがとう。飄ひょう君が来てくれたら私に怖いものなんて何もないわ！』

　アテナ、成治せいじ、賢生けんせいの思念ネットワークで繋つながった者達の全てがニケを想い、ニケに心強い勇気と温かい愛の気持ちを送った。

　愛する者達からの勇気と愛を受け取ったニケは、さらに爆発的に加速した。ニケを包む青白い流星は、純白に光輝く白色彗すい星となってマッハ50を超える超猛スピードでSLBMに迫った。

『成治せいじ叔父さん、捕つかまえたわ！　今からアイツのロケット噴射を止める！』

　ニケはすでに上昇ではなく地上から高度60㎞の上空を、水平軌道を描いて飛ぶSLBMの斜め後方に距離を保ち同じ速度で追尾した。
　ニケがこれから始めようとしている作業は、一瞬でも注意を怠おこたる事は出来ないのだった。

『距離を保ったまま…　慎重に狙ねらいを定めて…　いけっ！』

「シュビーッ！」

　ニケは渾身こんしんの集中力で強い念を込めた『ニケの青い炎青いレーザー光線』を、SLBMのロケット噴射部に向けて放はなった。ニケの双眸そうぼうから迸ほとばしり出た高出力の青いレーザー光線がSLBMに襲いかかる。

「ジュワワッ、ボンッ！」

　破壊音と共に、飛び続けるSLBMがガクっと揺れた。そして速度が若干弱まったようだ。どうやらロケット噴射ノズルは一つではなくて複数個あるらしい。ニケは眩まぶしく光り輝くロケット噴射炎を通して噴射部を見つめた。ニケのＸ線透視にも似た鋭い眼光がSLBMには噴射ノズルが５基あり、たった今その内の１基を破壊した事を確認した。

「よし、慎重に一つずつ破壊するわ…」

「シュビッー！　ボンッ！」「シュビッー！　ボンッ！」

　ついに残り一基となった時には、SLBMはかなりの速度を減弱していた。そして、安定を欠いたふらつく飛行になっていた。

『成治せいじ叔父さん、ロケット噴射のノズル５個の内４個まで破壊したわ。』

『よくやってくれた、ニケ。それでもうSLBMは首相官邸に到達することは不可能だろう。だが、相変わらず東京の上空にある事に変わりはない…　そこで次に飄ひょうくんの出番だ。彼に安全な場所までSLBMを運んでもらう。推力を失ったSLBMなら飄ひょう君の風神の力を持ってすれば移動させることが出来るだろう。』

　ニケは成治せいじの思念に飄ひょうの名前が登場しただけでドキドキと胸が高鳴る自分に驚いた。今の飄ひょうを想う感情を思念ネットワークで皆に悟られてしまっただろうか…？　そうならば恥ずかしいとニケの顔は真っ赤になっていた。

『飄ひょう君には親父の賢生けんせいから呼びかけてもらう。彼らにはそれが可能だからね。ニケ、君にももうひと頑張りしてもらわないといけないんだ。その安定を失ってフラフラになっているSLBMが地上に落下しないように支ささえて飛んで欲しい…　出来るかい、ニケ？』

　成治せいじから飄ひょうに対する自分の感情について何も言われなかった事に、ホッとしていたニケはいきなり問いかけられて少し慌あわててしまった。
　深呼吸をして気持ちを落ち着かせたニケは、しっかりと成治せいじに思念で返答した。

『大丈夫よ…　成治せいじ叔父さん。私はパパのジェット旅客機を右手一本で支えて着陸させたのよ。大丈夫、出来るわ。』

『そうだったね、君なら出来るだろう。じゃあ、飄ひょう君と連携してそのSLBMを、太平洋上で万が一爆発しても大丈夫な地点まで運んでくれないか。』

　成治せいじの思念による頼みに、ニケは胸のときめきが少し治まってから返事をした。

『分かった…　でも飄ひょう君はどこに…？』

『俺ならここだ、くみ…』

飄ひょうの思念が突然、思念ネットワークに割り込んできた。

『飄ひょう君…？　どこにいるの？』

　ニケは速度を緩ゆるめはしたものの、まだ飛行能力を完全に失ってはいないSLBMを支えながら高速で飛行中だった。最後のロケット噴射部を破壊して完全にSLBMを飛行停止させてしまうよりも、この方がニケにとっては誘導しやすかったのだ。

『ここだよ、くみ。下を見てごらん…』

　祖父の賢生けんせいから母アテナを経て中継された飄ひょうの思念に促うながされてニケが下を見てみると、はるか眼下の雲海が渦巻うずまき状にゆっくりと回転しながら展開していた。
　雲海の中心には小さな穴が開いているように見える。ニケは気象衛星が撮影した台風の画像を見たことがあったが、まさに眼下に広がっているのはその光景そのままだった。

『台風…？』

ニケが思念でつぶやく様に問うのに、飄ひょうの思念が答える

『そう、俺はその台風の中心にある目の中にいる。今から俺がもう少し台風の高度を上げる。
　でも、台風は君のいる高度までは上がってはいけないんだ。君もミサイルと一緒に高度を下げて来てくれ。この俺の台風でそのミサイルを太平洋まで運ぶんだ。君と俺で協力しながらな。』

　ニケは飄ひょうの思念が直接自分の心に届いてくると、胸が高鳴って仕方が無かった。この胸の高鳴りが飄ひょうに、そして思念ネットワークで繋がったアテナや賢生けんせいや成治せいじにまで知られてしまわないかとヒヤヒヤしてしまった。
　ニケの顔を覆った銀色の仮面の下では、彼女の美しい顔が真っ赤になっていた。

ニケの眼下に広がる日本列島の東京上空に白い雲海が渦を巻いている。
　その現象を引き起こしている張本人の飄ひょうを中心とした台風が、ゆっくりと上昇して来る。
　台風の上昇につれて白い雲海は高い高度にまで及ぶことの出来る積乱雲以外の雲が拡散されて消え去り、台風そのものは不可視に近い風の渦巻と化していった。

　しかし、台風は地球大気の対流圏の高度上限である地表から約16～17kmにまでしか上がっては行けない。対流圏の上に存在する地球大気の層である成層圏までは到達出来ないのだ。
　ニケとSLBMが現在いる高度は、地表から17km以上の成層圏内である。つまり、ニケが対流圏まで自分とSLBMの高度を下げなければ飄ひょうと行動を共にする事が出来ないのである。

　ニケは既すでに推進能力をほぼ失ったSLBMを支えたまま飄ひょうのいる高度まで下がっていく。そして、中心である台風の目にゆっくりと降りていった。
台風の目の中心に飄ひょうが浮かびながらニケを待ち構えていた。
　ニケは飄ひょうの姿を見つけた途端とたん、海面を飛び立ってから続けてきた極超音速をさらに超えた飛行と、SLBMの捕獲という大仕事による疲労が全て消えてしまったかの様に幸福な気分に満たされた。

 　飄ひょうと一緒にいられる幸せ、飄ひょうと同じ目的に向かって行動をする幸せ、そして飄ひょうの顔を傍そばで見つめていられる幸せ…

　ニケはSLBMを支えて飛ぶという15歳の少女としては考えもつかない非常識な行動を続けながらも、心は15歳の恋する少女くみのままだったのだ。
彼女は恋に恋する無垢むくな一人の少女だった。

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『次回予告』
東京に向け発射されたSLBMをついに阻止したニケ。
ニケと飄ひょうはSLBMの処理のため、成治せいじの指示した太平洋上の地点にある無人島へと向かう。
しかし、北条 智ほうじょう さとるの真の狙いは果たして東京だったのか…？

次回ニケ
第35話「阻止されたSLBMの東京着弾… だが、北条 智の真の目標とは…？ 」
に、ご期待下さい。