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ドイツパン修行録~マイスター学校編~

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製パン経験の全く無かった元宮大工の男がパンの本場ドイツに渡り、国家資格である製パンマイスターを目指す物語のマイスター学校編。 田舎町に移り住み、通い始めたマイスター学校。真っ新な…
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2021年5月の記事一覧

*22 フォーエヴァー・ヤング

 私が工業高校を卒業して十八歳で宮大工の会社に入社した時、初めて配属された現場の指導者が二十八歳であったと記憶している。自分より十歳年上だったその人はその年齢差が指し示す通りの、大人として、また現場指導者としての風格や貫禄があった。あれから十年が経ち、今では私が二十八歳であると気が付いた時、果たして今の自分に当時の彼の様な貫禄や風格があるかと自らに問うと、私自身が出した答えは否であった。無論、主観と客観では感じ方が異なる事など重々承知の上である。  これと同じ様な事が二十歳

*21 四の五の言わず

 一を聞いて十を知るが如くある程度の事は察し良く熟せるという自負のある私であったが、事勉学となると、ましてや我が人生に直結した物ともなれば、ドイツ語で見聞きした物を察したのみで満足して進むわけにはいかず、学んだ事を慎重に頭の中に詰め込んで、それを今度は落とさないようにこれまた慎重に歩みを進めていると、かつて要領良く仕事をしていた私が嘘のように思われ、またいくら私の歩みが遅くなろうとも当時と等しい速度で過ぎていく時間に否応無く焦燥感を抱かされるのである。まったく一筋縄ではいかず

*20 拙を守る

 この身体に覚えた違和感だか不具合は、或いはとうに先週末から始まっていたのかもしれないと思ったのは、週も半ほどに差し掛かった頃であった。  この間の日曜日の朝の事である。目を覚ますと部屋の灯りが煌々と私の目を眩しがらせて、それで私は昨晩電気も消さずに眠りに落ちた事を悟った。ベッドの上でスマートフォンを手に持っていた所までは記憶しているのだが、さてそろそろ寝るかという意識の起こる前に眠りに落ちたと見られる。  こんな不養生は久しぶりだ、と己の行動を省みた矢先の事であった。日

*19 生命の源たる

 私が今住むこの街は、寂れた田舎町と形容するのが最も相応しい平凡な街である。華やぐ繁華街も無ければ自然が豊かなわけでもない。教会も別段大きく聳え立つわけでもなければ、特筆すべき名物があるわけでもない。事に私は外国人と言えどミュンヘンという大都市から越して来た身であるから、両者のコントラストが否応無しに目に付くわけであるが、それでいて不自由を全く感じない程に今の私の暮らしは慎ましいものである。  世の中ではアウト・ドアが流行しているようであるが、私はイン・ドアを通り越してフロ

*18 ドイツパンの心臓に触れて

 虫の角と書いて触ると読んでみたり、日と月を並べて明るいと形容してみたり大昔の人の好奇心や感性には目を見張るものがある。尚且つそれが人々に共感を齎したんだか何だか今まで受け継がれてきている事実も、疑いの念が湧く程想像の追いつかないスケールの物語である。  また紀元前四千年のエジプトで穀物を石で擂り潰してそれを水と混ぜて粥状にし、それを熱した石で焼いたのがパンの始まりと言われているのだが、それで余っていた粥が自然と発酵してそれも焼いて食ってみたら酸っぱくて美味かったのがドイツ