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ゲンバノミライ(仮) 第9話 コンビニ店長の木村さん

「そうです。弁当類の発注量をもう少し増やしたいんです。隣の工事現場が予定通り大きな作業があるみたいなので。そうです。いつもの3倍です。そうなんですが、人数からすると、大丈夫だと思います」

木村さやかは電話を切ると、ふうっと大きく息を吸って気持ちを整えた。
被災した建物を復旧してコンビニエンスストアとしての営業を再開してから、最大の発注量になる。

「母さん、本当に大丈夫なの?」
学校に通いながらアルバイトとして手伝ってくれている息子の賢太朗が、心配そうに声をかけてきた。
「天気は問題なく晴れになりそうだし、そうすると予定通りすごい数の作業員さんになるっていうの。手弁当を持ってくる人もいるかもしれないけれど、遠くから単身で復興工事の応援に来ている人が多いんだって。みすみす逃すのはもったいないわ。

それに、こんなところにまで仕事に来てくれているのに、うちの弁当が売り切れちゃって食べられなかったら、申し訳ないじゃない」

木村の家は、集落にある小さな雑貨屋だった。惣菜や缶詰、牛乳のような食料品から、洗剤などの日用雑貨、ノートや鉛筆などの文房具、そして駄菓子。日常に必要なちょっとした物を集めた、街のよろず屋だった。

婿養子だった父が、店を大きくしたいと考え、コンビニエンスストアのフランチャイズに乗っかった。
自宅兼店舗だった店を建て替え、隣の土地を買って駐車場を整備した。借金を背負う大勝負だったが、都会と同じ物を販売しているということが予想以上の武器になった。余裕ある駐車場を用意した点も奏功して広範囲から客を呼び、経営は順調だった。

ただ、良いことばかりではない。通っていた小学校で仲の良かった足立由貴子が、ある日を境に自分を避けるようになり、しばらくして転校した。親同士の商売が競合していた。同級生の家では、昔ながらのやり方から脱却できていなかった。木村家のコンビニの成功は、周りの店舗の客を奪うことにもつながっていた。

別の友人伝いに新しい住所を聞き、仲良くしてくれたことへの礼とコンビニのことの詫びを書いた手紙を足立に出した。返事は来なかった。

自分にはきちんと分かっていないが、皆がそれぞれに苦しいことがたくさんある。悪く思ってはいけない。

そう幼心に刻まれた。

木村は、結婚を機にこの街を出て、離婚とともに息子と帰ってきた。そして、年老いた両親から店を引き継いだ。新店長として切り盛りして店舗運営が軌道に乗った頃、二人して病を患い、先に父が、その後を追うように母が他界した。それから自分一人で、ここ数年は賢太朗との二人三脚で店を切り盛りしていた。

暮らしが落ち着いたころに、あの災害が襲ってきた。
木村は車で高台に逃げて、遠くから押し寄せる姿を見ていた。すべてが飲み込まれた。諦めるほか無かった。

店舗は、商品も棚も冷蔵庫などの設備も流され、泥にまみれていた。周りからも家や車などいろいろな物が押し寄せ、ガラスや外壁はぐちゃぐちゃだった。手塩に掛けた店が痛手を負った姿を両親に見せずに済んだことが、せめてもの救いだった。

途方に暮れたが、放心しているような暇はなかった。誰もが物資を求め、生活に困っていた。
コンビニ本部は、地域に支援物資を送ろうとすぐに動き出した。悲しむ前に、そうした物資をできるだけ滞りなく届けることが先だ。

地域を支えなければ、うちのせいで閉店を余儀なくされた人たちに、申し訳が立たない。後になって振り返れば、そんな気持ちもあったのかもしれない。

復興街づくりが始まり、木村のコンビニの周り一体はかさ上げされることになった。いったん仮移転した後に、先行して整備された現在の場所に新たな店を建てて戻ってきた。近くに復興住宅や公共施設が入る建物が造られる。そのことは、コンビニを続ける決断を後押しした。

毎日来る客の中に多くの建設作業員たちがいて、いろいろな方言が飛び交っていた。よく顔を出してくれるゼネコン社員の中西好子に聞くと、現場で作業する人の確保がなかなか難しく、全国各地から呼び寄せているそうだ。

店外の喫煙コーナーを掃除している時に、「寒いし、もう帰りたいです」と年長者にぼやいている若者がいた。茶髪だが、真面目そうな印象を受けた。同じような境遇の人たちがたくさんいるのだろう。

近所の仲間たちに相談して、現場に熱々の豚汁を差し入れるイベントを企画した。一人一人に「いつもありがとうございます」と声を掛けながら振る舞った。
あの若者も来てくれた。
「嬉しいです!いただきます!」と言ってくれた。
マスク越しだったが、笑顔が見えた。

復興の工事現場は、着々とその姿を変えている。通れたと思った道が、気付いたら別のルートに切り回され、かさ上げされた場所が徐々に増えていっている。

そうした過程で、たくさんの担い手が工事現場で働いていた。誰ががどのような役割を担っているのか想像がつかなかったが、出番を終えた人は帰っていくようだった。

そんな一人に、あの若者がいた。

いつものように買いに来てくれた時に、「自分たちの作業が終わったので、故郷に戻るんです。あの時の豚汁、本当に美味しかったです。なんか頑張れました!」と言ってくれた。

「機会があったら、今度は遊びに来て下さいね!」と言いながら、ちょっと涙が出た。

この街はこれからどうなるんだろう。ものすごく不安がある。

でも、ここで生きていく。

そうすれば、いろいろな人がまた来てくれる。そう思う。

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