見出し画像

ゲンバノミライ(仮) 第55話 時代遅れの永井さん

じりじり、じりじり。
右から左へとゆっくりゆっくりと手を動かしていく、
まばゆい火花が散る中で、母材となる金属を超高温で溶融させて少しずつ重ねながら、接合させる。
肉眼で見てはいけないため、もちろん、遮光ガラスが付いた保護面越しの光景だ。

隙間やくぼみなどがあってはいけない。
ロボットのよりも緻密にきれいに仕上げてやる。

絶対に負けてはいけない。
そう思う。
一方で、自分は一体何と戦っているのかという疑問もよぎる。

古希を過ぎた永井清は、建設現場の溶接職人一筋で生きてきた。
昼も夜もなく、時にはとんでもない高所に身を置きながら、ただひたすらに溶接に向かっていた時代があった。
体はきついし危ない場面もあったが、給料はどんどん上がっていったし、生きている実感があった。
有名な大学を出ているような現場監督たちから頼られ、あのビルを、あの橋を、あの鉄塔を、自分たちが造っているという誇りがあった。腕をさらに磨き上げていこうという職人魂があった。
その方向性自体は変わっていない。だが、取り巻く環境は一変した。

最初に溶接ロボットが入った頃は、危機感など無かった。
素人に毛が生えたような単純な部分しか作業を任せられなかったし、そもそもロボットを据え付けるためにレールなどの仰々しい設備が必要で、その手間の方が大きかった。
「ロボットをつけるのが一仕事になってるじゃないか。その前に俺たちが溶接した方が早いに決まってるさ」
休憩時間にたばこの煙をくぐらせながら、仲間たちと冷ややかに見ていた。

だが、だんだんと端部や曲線部なども上手に施工できるように技術が進歩していった。最初に「やばいぞ」と思ったのは、上向き溶接が実現した時だ。ずっと頭を上げながらの姿勢はきついし、重力がかかる中で十分な溶け込み量を確保しなければいけない。火花が来るので安全な距離を保つ必要もある。一人前の職人でなければ任せられないのが常識だ。
それがロボットできれいにできるようになった。若手が「あれつらいから、嬉しいっすね」などとほざいていて、「おう、そうだな」と応じたものの、内心は焦っていた。

ドローン(小型無人機)で溶接ができるようになったのは、つい最近のことだ。
足場が無い場所でも、一定の空間さえあればどこでも溶接できる。それは本当に画期的なことだった。
年老いた自分は、職人人生がもう終わったようなものだから、取り残されてもそれほど困らない。だが、働き盛りの後輩たちは違う。これまで培ってきた腕が役に立たなくなるかもしれない。溶接工という職業が無くなる可能性も否定できない。

「あの災害からの被災地に行って、溶接ドローンを監督してほしいんです」

3代目社長の安井大介から、そう言われた時には、「何を血迷ってるんだ!」と思わず怒鳴り声を上げてしまった。

急逝した先代の安井省吾とともに、汗水垂らして働いてきた自分にとって、ロボットに魂を売るなど許せるはずがなかった。

「永井さん。聞いてください。ロボットだけでやるからこそ、一流の職人が見ないといけないはずなんです。
 技術の進歩が早いので、ロボットの腕が上がって任せられる時代が来るかもしれませんが、それはまだまだ先です。そうですけれど、残念ですが、ロボットがやる部分が増えていくはずです」

「俺たちがやってきたことが無駄だって言うのか?
省吾が聞いたらなんて言うか…」

「私だって、そうなってほしくありません。私たちが必死になって腕を上げて、たくさんの現場を支えてきたことには絶対に意味があります。あるからこそ、ロボットがやるべき所はしっかりやらせて、本当に人間じゃなければやれない部分を見極めたいんです」

安井の人間から頭を下げられると、永井は弱い。幼少期から知っている大介であっても、それは同じ。
「お前が必要とされる現場があるんなら、どんな所でも行け」
職人になりたての頃、そう教えられた。

職人というと格好良く聞こえるが、代わりになる人間はごまんといる。必要とされている時に断るようでは相手にされなくなる。それは、実践で腕を磨く場を自ら捨てに行っているようなものだ。

そうして永井は、あの災害で大きな被害を受けた海辺の街に来ている。

「永井さんの腕前は、同僚からも聞いています。一流の方に、ロボットにダメ出しをしていただきたいんです。どんな些細なことでも構いませんので、おっしゃってください。よろしくお願いします」
この街の復興事業を一手に担うコーポレーティッド・ジョイントベンチャー(CJV)で、現場のリーダーを務める高崎直人から、そう伝えられた。

計画は壮大なものだった。
鉄骨造の建物を建設するのだが、外周部に一回り大きいプレハブの工場のような構造物を先に造るのだ。
上部には可動式のシャッター屋根が設けられ、全体を閉じた環境にできる。資材を揚重する際は吊り下ろす場所だけを開口して対応する。現場自体を工場内に置くイメージだ。
常時とは言えないが、雨と風による影響を受けずに作業できる場面が格段に増える。荒天でも現場作業ができるようにして、工程遅れを避けることが一番の目的だったが、溶接ドローンへの対応も理由の一つだった。

ドローンの自走操縦技術は格段に上がっていたが、所詮は小さな機体であり、風や雨の影響をどうしても受けてしまう。機体のぶれが大きくなれば当然ながら施工精度は落ちる。人間のように周りの環境変化を踏まえつつ同じ作業をするのは相当に難しい。そうであれば、環境を固定化する方向に持って行くのは自然の流れだ。

作業環境の改善という側面もあった。溶接作業では溶接ヒュームと呼ばれる粒子状物質が発生するが、発がん性などの有害性があるため、人間が作業する場合には徹底した換気が必要となる。溶接ドローンだけに任せられれば、作業中の換気が軽減できる。周囲から中が見えなくなるため夜間の作業もやりやすい。

一つのフロアに15台の溶接ドローンを配置し、人間がすべて出払った後の夜間に自動溶接をさせる。溶接作業には電源が必要なため、ドローンは有線にせざるを得ない。このため、それぞれのドローンがケーブルが絡まない形で移動しながら作業できる経路を設定する。

作業は、CJVの監督と、溶接技能を持つドローンオペレーターが監視する。早朝に内部の強制換気を行い、粉じん濃度が基準値まで下がったことを確認してから、人間による作業が再開される。永井は、前夜の作業状況の報告を踏まえて、現場に入り、高所作業車で溶接の仕上がり具合をすべて点検する。施工中の画像やデータもチェックする。だいたい半日が、こうした作業で終わる。

CJVの復興工事は、広範囲に及んでおり、別の工事で溶接工が必要な場面も多い。溶接ドローンはまだ実証実験のレベルだ。この建築工事以外は従来通りのロボット溶接と人間による作業が併用されている。こうした現場に出向いて、溶接作業を手伝っていた。

インターネットを通じた遠隔会議にも参加させられていた。溶接ドローンは、実用化できれば苦渋作業がかなり削減できる。人手不足に困っている溶接業界を救う手立てとしても期待が高まっていた。だからこそ、行政機関や大学、企業など多くの関係者が関心を寄せており、説明を求められる場面も多いのだ。

「思ったよりも忙しいんだよ。話が違うよ」

半年ぶりに自宅に戻った際に、会社に顔を出して、大介に文句を言った。溶接ドローンは飛行しているため、微細なブレが常に生じている。下向き溶接ではそれほど問題は無いが、上向き溶接では、ちょっとした角度の違いで溶接の厚みに影響を与えてしまう。それでも、入って1~2年の新人に比べると出来栄えは良い。問題点を伝えると、溶接ドローンの作業プログラムを調整して、人工知能(AI)にも学ばせるため、数をこなすほど水準が上がっていく。
現場で感じたことを矢継ぎ早に話していた。

「永井さん、なんだか、新米を育てているみたいですね」
「馬鹿言ってるんじゃないよ。あいつらは機械じゃないか。だけどよ、毎日見ていると、なんだか可愛くなってくる気もするんだよな。お前ら夜中にけなげに働いているなって」
「ほんと、そうですよね。文句も言わずに動きますからね」
「大介の罠に引っかかったよ」

永井は、不思議と笑みがこぼれた。

「だましたような言い方をしないでくださいよ。
今回支援したことで、元請けのゼネコンは、溶接ドローンのノウハウをしっかりと蓄積して、うちに教えてもらえることになっています。永井さんのおかげです」

「良かったな。そうすれば、俺もお払い箱だ」

「違います!
我々はこれからもずっと溶接の世界で生きていきます。

大部分はロボットがやるかもしれません。そうですが、本当のプロ級の生身の人間にやってほしいって思う人は絶対にいます。
コンピューターの絵画技術が高まって、簡単にきれいにコピーもできるようになりましたが、それでも人が描いた絵って価値があるじゃないですか。ほしいと思うじゃないですか。それと同じだと思うんです。

私は、ロボット班と、一線級のプロで組織する人力班の両方を柱にしたいんです。
ライバルがいなければ技術は伸びません。ロボット班と人力班は、ある意味でライバルなんです。どちらも負けないように戦うべきです。

それなりのレベルで安くて早いのがロボット班だとしたら、芸術のように美しく豊かな表現力を持つのが人力班です。それはロボットなんかより高くなりますよ。当たり前です。今よりももっともっと高い値段で仕事をします」

大介の熱気を前に、永井は引き締まった表情を見せた。

「分かった。お前の気持ちは分かったよ。手伝ってやるよ。安井の人間の言うことだから、仕方ねえな」

ライバルか。

負けてらんねえ。

人の力を信じて突き進むのは、きっと時代遅れなのだろう。
自分は古い人間だから仕方が無い。

ブルブルと飛び回る奴らも可愛いが、やっぱり人がいい。
溶接ドローンに負けない職人を育ててやる。
そう思うと、闘志がわいてきた。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?