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令和4年 酢酸の思い出 (最終回)

昔話を具現化すること デジタル撮影

MOからCD-R。DVD-Rになり、サーバー経由で納品する。
メガバイトからギガバイト。そしてテラバイトへ。
表記が変わるごとにデジタル機材も充実し、色やサイズで困ることもなくなった。
Phase One P時代はあんなにブレていたのに、ジャイロを入れるとほぼ安定した画質になった。

古典技法はPhotoshopによって簡単に再現できるし、インクジェットプリンターで何時でも出力できる。
「このテープの痕、消しといてね…」
「はいはい」

ここで一つの疑問が生じる。

レタッチ代である。

バック紙やトレペ、ストロボなどは目に見える経費だが事務所で作業するレタッチは計上し難い。

結局シャッターを切る前(フィルム時代)が重要であることを再認識する。

撮影前に衣装の皺をのばす。細かいホコリはガムテで除く。
「昔、よくやってましたよね〜」
「そう…4x5撮影なんか特にね〜」
昔話が始まる。

忘れていた暗室の扉をあける

昔話をする歳になった。
同じように昔話を耳にするようにもなった。
当時の自慢話であったり失敗談である。
現存しない薬品や機材については再現できないので、話が盛られることが多い。

「フィルムで撮ってるんですよ…」

デジタルに慣れた世代には新鮮な言葉だ。
写真文化の差別化かもしれない。
細かく分類するとネガカラーは一度デジタル化(スキャン)され、タイプCプリントされる。
ポジも同じ。光学的な引き伸ばしはダイレクトペーパーの生産が止まっている。
レーザープリントしか選択できない。
すべてアナログで処理できるのはモノクロであり、一部のカラーである。

データ下さい・データまだですか・明日の朝までに送ってね… 云々

昔はもっと納期があったよ。
昔はね。

「暗室を移設するので2日後の午前中に納品します」

そう告げ、事務所の2階にべセラー45MTXを担ぎ上げた。
デジタルは精神が疲れる。

狭小暗室で昔話を再現

私の暗室は狭くて暑い。そして寒い。

「昔は深夜まで暗室作業したよね」
「楽しかったな…」

さあ、昔話の再現である。

デジタルに移行している数年間、暗室機材は放置していた。
タイマーは故障。べセラーのネガキャリア操作も随分動きが渋くなっている。タイマーは予備と交換。べセラーはオーバーホールした。

フィルム機材を点検する。バケペンは2台とも動かない。ハッセルは快調。
NF-1もR6も調子良い。

とりあえずR6で撮った36枚撮りを現像してみる。

D-76 1:1 20℃ 12分  有効期限は30年前のトライX。

身体は憶えているものである。
少々かぶり気味のネガが現像された。冷蔵庫で保存されていたのが良かったのか、感度低下は少ない。
粒子は粗いが、普通にプリントできた。

やればできる。当然。

デジタル疲れを癒やすのに丁度よい作業時間だ。

トライX Leica R6.2 Rズミクロン50mm 開放

暗室作業 次の世代へ 

フォトグラファーはカフェ(喫茶店)が好きである。
いつ頃だろうか。

いつものように仕事をサボりカウンターでコーヒーを啜っていた。
隣の客との会話でフィルム写真の話題になった。
その方はモノクロフィルムの現像を体験してみたい…との事。
話の流れで、うちの事務所に暗室があるので現像してみますか? と尋ねた。

「現像やってみたいです」

そう答えたのは隣の客ではなく、カフェのスタッフだった。


昔話は続く。
大学1年のデザイン実習。
「教授、現像やってみたいです」
「3年生まで待て いくらでも教えてやるから」
「いや待てません」

写真実習 暗室編
座学が終わると暗転になりセーフライトに切り替わる。ここから先輩に混じって講義を受ける。暗いからバレない。楽勝。

講義終了。暗室は明転。

「おまえ 誰や…」

最初の暗室実習では教授や先輩に怒られたが、二回目の実習からは怒られることもなかった。

そんな記憶が頭をよぎる。

「現像やってみたいです」
嬉しいことだ。

狭小暗室は時間無制限 スマイル無料

暗室作業を続けていると思わぬところから声がかかる。
「暗室を辞めるのでフォコマート譲ります」
「おいくらですか?」
「一式6万円」
「安ぅ〜」
ありがたい話である。

モノクロフィルムを気軽に体験してもらいたい。
道具と薬液はある。

かつて師匠の暗室でお世話になったことをこの歳になって次の世代に還元する。本来は助手として一緒に働くのがベストだが、そんな時代ではない。

感剤や薬品に限界がくるまで。
私の暗室は無償で使うことができる。
消費されるプリントとして、随分雑な作業をしてきた償いとして。

スタジオワークを教えていただいた武田教授
暗室作業を教えていただいた酒井教授
オルタナティブプロセスでお世話になった小西祐典先生
広告写真営業と経営を教わった師匠
に心より感謝申し上げます。

一日でも長く写真に関わっていきたいと願う。











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