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私の黒歴史

私はかつて、広告業界で働いていました。
いまとなっては知らない人はいないくらい有名になった電通さんとか、博報堂さんなんかの、下請けに当たる会社にいたんです。
もうだいぶ前の話なので、いまはすっかり変わっているのかもしれませんが、当時はたいへんな激務でしたねぇ。
ヘタすると数週間にわたり家に帰ることもできず、まともに寝る時間すらないままに働き続けてました。
これはさすがに一度きりですけど、夜中2時からの打ち合わせなんてのまで、ありましたよ。
若いから辛うじて付いて行けましたが、いま思うと人間沙汰じゃありませんよねぇ。

いや、どうしてこんなことを書いているのかというと…。
私のこれまでの人生の中で、あのころが一番「ありのままの私」から、かけ離れた状態だったなぁと感じるからです。
ありのままの自分を押し殺し、何も感じないフリをして生きてました。
とにかく「人間らしさ」なんてものは、自分の中に持ってちゃいけないと思ってましたから。
「感情」もそうですよねぇ、あっちゃいけないものっていう認識でした。
じゃあ、どんなふうになりたかったかというと、周りの人たちには「クールでいたい」って言ってたような気がします。
かなり古くて恐縮ですけど「ウエストサイド物語」ってミュージカル映画の中に出てくる、「クール」って曲、知ってます?
「おいクレイジー・ボーイ、頭を冷やせよ。
腹が立つのか?しまっとけよ、クールでいるんだ。
カリカリするな、冷静でいろ。
クールに、もっとクールに」
みたいなニュアンスの曲なんですけど、まさしくこんな感じ。
どんなことがあっても慌てず騒がず、冷静・沈着でいたいと思ってました。
というのも本当の私は、それとは正反対の人間だからです。
当時の私にしてみればイヤでイヤでしょうがなかったのですが(…てか、いまでも持て余し気味ではありますが)、結構、熱い人間なんです私。
まぁ、広告業界とはいえ、当時はかなり手作業な感じでしたからねぇ。
「ものづくり」好きな私はすぅぐ、夢中になっちゃうんですよ。
どうしたらカッコいい作品ができるか、メッチャ考えに考えて、気付いたら朝になってたなんてこともしょっちゅうでした。
自分ではそんなに意識してなかったけど、妥協するのが大っキライで、納期が来るか力尽きるまで、一人になってもねばってました。
常に、周りの人たちとの温度差をひしひしと感じてたくらいです。
まぁ人間ですから、当然ちゃあ当然なんですが、何だかんだ言ってみんな「うまくやってる」わけですよねぇ。
手ぇ抜けるとこでは、うまく抜いて、エネルギーセーブしてる。
でも私、それがまったくできなかったんです。
これねぇ、メンタルがグチャグチャで、自分と向き合うことを必死になって避けてたせいもあるんですけど。
とにかく私、そんな熱ぅい自分が大っキライでした。
だから、自分とは真逆の「クール」なんかを、追い求めちゃってたんですよねぇ。
「熱っ苦しい私なんてクソだ」って、四六時中、自分にダメ出しし続けてたみたいなもんです。

いま振り返ってみると、まぁキツかったですわ。
でも、当時の私は、それがフツーだと思ってたんですよねぇ。
生きるっていうのは、苦しいもんなんだって、どこかであきらめてた。
いちばん身近な母親がいつも、苦しそうだったしね。
それに、お金はそこそこ、不自由ないくらいにはもらえてたので。
よく覚えてないけど「幸せ」くらいには、思ってたかもしれません。
寝ずに働いて、身体はズタボロ。
メンタルもグチャグチャで、自己肯定感ほぼゼロ。
大っキライな自分で生きてて、宇宙からのインスピレーションも、当然ながら全無視。
そんな状態での「幸せ」っていったい何なんだ?って、いまでは思います。
たとえ若返れるとしたって、当時の私には、絶対に戻りたくないなぁ。
いまの、この私のまま戻れるとしたら、別ですけど…。

ということで、これが私の、いちばんの「黒歴史」なんじゃないかなぁ。
では、最後まで読んでいただき、ありがとうございました。

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