ラファエロ展(ロンドンナショナルギャラリー)感想
2022年4月9日から7月31日にかけて行われた、近年では最も重要なラファエロ展。
スポンサーはこの前買収されたクレディ・スイスということもあって、しみじみとしていました。ロンドン・ナショナルギャラリーとクレディ・スイスの経済的な蜜月関係も終わり、これが実質最後の結晶ということになります。
ということは、この展覧会を観ている時には微塵も思いませんでした。世の中、何が起きるか分かりませんね。
概要
宗教画
ラファエロの絵画や素描の展覧会は、作品が非常に壊れやすいため、ごく稀にしか開けません。どこでも非常に特別なイベントです。したがって歩いて回る際に目に飛び込むもの全てがラファエロという状況は、正直信じられませんでした。
ラファエロの最高傑作が一堂に会します。しかし名品ショーでおしまいではありませんでした。この展覧会は、画家としてのラファエロの計り知れない才能を私たちに再認識させるだけでなく、建築やデザインから考古学や詩に至るまで、彼の芸術の普遍的な側面を明らかにします。ラファエロもまた「万能人」であるということを示す野心的な展示です。
それまで複製のために版画というのが使われていましたが、ラファエロはそれを自作を全欧に広めるためのメディアとして使います。ライモンディ(デューラーとの裁判は初の著作権の裁判ということで有名)という版画家と組んで、自分の名前と作品を一気に広めることに成功します。ビジネスマン・経営者としての才能をここに見ることができるでしょう。
ラファエロは壺のデザインもしています。タピストリーの原画を描いたりしているのは知っていましたが、とはいえ有力者の要望があれば絵だけではなく何でもデザインをしています。デザイナーとしてのラファエロもかなりの人気があったようですし、パーティーや建築などあらゆるところに彼のデザイナーとしての才覚が活かされたそうです。ただそれ故にあまり残っていませんが。
約20年のキャリアでも、絵のジャンルによってやはりいい時期とそこまで評価されてない時期というのがあります。今回の展覧会はいい時期のものしかありません。
つまり宗教画はフィレンツェ時代(ざっと1508年まで)のものが中心で、肖像画はローマ時代(ざっくり1510年代)のものが中心です。チョイスが凄いですし、それをできてしまうロンドン・ナショナルギャラリーの権威に感嘆します。
幼子イエスが座っているのは枕ですが、枕=寝る=死の姉妹、というわけで将来の受難を表しています。というような説明をどっかへやってしまうくらい、表現が柔らかいのです。
柔らかい雰囲気を絵から出す難しさは描いていれば分かります。とても丁寧な作業をしなければなりませんし、それだけでも情感を出すのは困難です。ラファエロの画家としての卓越性がヒシヒシと伝わります。
2013年の国立西洋美術館にもきていた作品です。グサグサ矢が刺さった表現など、上品なラファエロはやりません笑。
肖像画
1508年にローマに移り、バチカンにある《アテネの学堂》などを描いていきますが、この頃から大規模な工房を駆使して大量生産に入ります。ラファエロ・ブランドは大人気のブランドとなり、それに応えるため大量の弟子を抱えます。もう個人の画家ではなく、中心企業の社長といった方が遥かにふさわしい存在になります。
大規模工房を駆使して大量にラファエロ作をばら撒くことになり、どうしても宗教画や教会装飾は質がバラバラになっていきます。またミケランジェロの影響の渦に彼もまた飲み込まれたり、セバスティアーノ(バックにはミケランジェロ)らライバルと競争させられたりと、熾烈な時代になります。要はビジネスです。
ですからラファエロ自身が丹念に描くという作品はそこまで多くありません。この頃のラファエロ作とされる宗教画は遺作の《キリストの変容》くらいしか、大きな関心にならないかもしれません。ただ変わらずラファエロ自身が描くのは、親しい人の肖像画でした。ビジネスのことを考えなくていい友人たちを描いていきます。故にこの頃の肖像画に傑作が多いです。
ラファエロのみならず、ルネサンス期の肖像画の最高傑作としてよく挙げられるものです。カスティリオーネは外交官でありながら『宮廷人』という、今のジェントリズムにまで続く紳士論の嚆矢となった本を書いた文化人です。
落ち着き、威張らないさりげなさ、自信、そのような徳目がこの作品の人物から感じられます。画家の友人でもあり、そのことからラファエロの教養の高さも窺えますが、相手へのリスペクトを絵から感じるのです。似てるとか威厳を見せつけるというより、画家の相手への敬意が感じられる点で、高貴な温もりを覚えます。
教養豊かな銀行家でラファエロの友人でもあります。優雅に振り返る姿は颯爽としていて、何の苦労や悲しみも除去された高踏な世界です。画家との親密性を感じさせるものとなっています。
ラファエロの弟子の中で最も優れており、自身もマニエリスムの巨匠として名を馳せるジュリオ・ロマーノとの二重肖像画です。ラファエロの性的嗜好は本当のところは不明ですが、同性愛的な雰囲気も漂います。若い頃の肖像画とはまるで違いますが、孤高の若き天才から変わって、皆を率いる頭領としての貫禄を感じさせるものです。
ラファエロの恋人とされる女性を描いたものとして有名な作品です。このポーズをとらせるということは、本当にモデルと画家の間に信頼や親愛の情がないとできません。ラファエロの描く肖像画が放つモデルへの敬意や愛情は、とてもじんわりと人間らしさと優美さを明快に伝えてくれます。
肖像画を描いた画家は多数いますが、彼はやはり別格だと思いました。自分が高潔な存在になったかのように思える、他人の肖像画はありません。
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