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読書記録(2023年9月分)

秋の読書とまではいかずとも、なかなかに本を読めたのではないかなと充実したひと月でした。美術史系の本よりは文学系の本が多かったですが。

文芸書

①ポール・ヴァレリー『ムッシュー・テスト』

小説というよりは半フィクションの内省録といった、あまり似たようなタイプが見当たらない作品。途中から断章形式になったりして自由ですし、ストーリーも人物造形もない不思議な世界です。

テストという不思議なおじさんの外貌と独白が交互に語られて、知的な刺激はかなり大きい作品だと思います。鋭い警句に満ちたモラリスト文学とも言えそうです。訳者の解説も分かり易くてよかったです。

②澤田直著『フェルナンド・ペソア伝 異名者たちの迷路』

研究書ではないのと、優れた伝記の持つ文学性があって、この分野では今年イチオシの一冊になりそうです。近代ポルトガルのみならず20世紀を代表する詩人フェルナンド・ペソアの生涯を紹介するもの。

ペソアという詩人は何個もの名前と人格を用意し、それぞれで作風を変えていくなど、作家本人を追えば事足りる作家ではなく極めて曲者です。また近代ポルトガルという読者が持っている歴史的な知識の疎さも考えると、書くこと自体が困難だったと思いますが、素晴らしくまとめ上げられています。

③絓秀実コレクション1 複製の廃墟

斬新な切口と、過去の対象であっても「今の」意義から問い直して批判を展開する、とても激しい批評集でした。昭和文学に対するひと通りの知識や読書経験がないと分からないことが多いとは思います。

批評は作品の解説案内ではなく、独自の文芸ジャンルであると考えるなら、この批評集はそれに応えている稀有なものです。第二章と三章は特に読み応えがありました。

学術書・美術書

①王寺賢太著『消え去る立法者』

モンテスキューにルソーらの啓蒙思想で、彼らの思想が民主主義の基盤になりました、と教科書通りの理解を超えて。彼らが何と闘って批判して思想を創り上げたかを、あくまでテクストに肉薄しながら、彼らの思考回路や知的背景まで進んでいく、奥深い本です。

近年読んだ思想史の本では間違いなく1番いい本です。X(未だ慣れない)にも少し書きましたので、こちらをご覧ください。

②足立元著『アナキズム美術史』

前衛芸術というと切り拓くイメージが強烈に漂いますが、そこにはやはり伝統の影があり、それをどう見ていくかを、社会思想との関係に照らして書いています。作品分析というよりは社会や美術史的な観点から当時の作品を捉えるものです。

非常に勉強になりました。前衛の中に潜む伝統や、それを自覚したまま走る当時のトップランナーたち。1930年代の思想の原脈から始まる鮮やかな書き振りだったと思います。作家なら一家に一冊持っていてもいいはずです。

③ 金沢百枝著『ロマネスク美術革命』

11〜12世紀のヨーロッパ中世美術の本。入門書というには難しいですが、美術が好きなら普通に読めると思います。まだ中世美術=暗黒期と思っている人にはぜひ。

英国や北欧のロマネスクのことは知らなかったので勉強になりました。様々な美術史家の名前が紹介されていて、美術史家という存在についても意識できるかと。文章末尾の「美の枠組み」の脆さと、ロマネスクを見ることは美の多様性へと眼を開くこと、は名文だと思いました。

④古田耕史『ジャコモ・レオパルディーロマン主義的自然観と〈無限〉の詩学』

イタリアを代表する詩人・哲学者の研究書。彼の思想形成について詳しく述べられており、夥しい数の影響源というものについて思いを馳せることになりました。

逆にいえばレオパルディが詩はいいとして、思想家としてはほとんどイタリアのみでしか語られない理由も、その学習により実はそれほど独創的なことを言ってないのではないか、と思われてしまうからです。著者がレオパルディの個性や独創性を提示しようとすればするほど、影響源や前例のようなものが出てきていて、作家研究のある種の困難が詰まっているようにも感じました。

⑤コジェーブ『権威の概念』

権威とは何か。政治でも美術史でも結局のところ権威の問題がこびりつくわけですが、基本的に権威はあるものという前提で、「どのように権威は移っていくか」といったものばかりが問われていきました。

コジェーブは分析に際して、権威というものを四つの類型に分けて、さらに切り分けて切り刻んでいきます。そしてそれらを再検討して構築していくのです。権威とは何かの答えになっているかはさておき、「分析」というのはこの様な知的行為なのだということがはっきり分かり、自分の知のステップが上がった気がします。

番外

水野学著『センスは知識から始まる』

タイトル通りの内容です。ただセンスという神秘化されがちなものを「知識」という軸から分析して、やはり知識なのだという論の展開が極めて分かりやすい本でした。ビジネス書ですが、これはクリエイターならそれなりに参考になるところがたくさんあるのではないでしょうか。

いい本だと思います。

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