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TDL二次創作「A twinkle of Mouse」番外編:デイビスとスコットのクリスマス

「なあ、デイビス」

「なんだよ、スコット?」

「なぜ俺は、クリスマス真っ只中のディズニーランドに、わざわざ貴様といなければならない?」

 ざわざわとさんざめく人だかり。華やかなリボンに、濃密に紅いクリスマスローズ。人々の顔の映りゆくオーナメント。翻るタペストリーは、紛れもなく、今日が聖夜であることを祝福している。
 目を細めれば、睫毛に引っかかるほどに溢れ返る黄金のイルミネーションに、わあ、素敵、とはしゃぐ声もなく。クリスマスツリーを背景にしてセンターストリートの人ごみに突っ立つ、完全防備をして向かいあった二人は、冷たい空気を避けるためにマフラーに顔を埋めたまま、ひたすらにツッコミ待ちの状態を続けていた。

 分かっている。互いの心は同じである。そして、それこそが問題なのだった——なぜ、俺はこいつと一緒にディズニーランドにいるのだろう、という、目の前の揺るぎない事実こそが。

「クリスマスは家族と過ごす日だろうが! 家で妻と娘が待っているものを、なにが哀しくて貴様なんぞと過ごさねばならんのだ!!」

「それはこっちの台詞だよ! 俺だって可愛い女の子とクリスマスデートの方が、一億倍望ましいわ!!」

((ぐぬぬぬぬぬ……))

 聖夜とは思えぬ見苦しい諍いを、しかしワールドバザールに流れるしっとりとした音楽は、ジャズ調で色鮮やかに彩り、キラキラと鈴の音で輝かせた。世間は実に幸福そうに、それぞれの同行者とともに花やいでいる——それと比較すると、自分たちの置かれた状況は惨めなものである。張り詰めた凛気で痛む耳を押さえながら、スコットは大袈裟に溜め息を吐いて、

「仕方がない、ちゃっちゃと済ませるぞ。この苦行のような時間を終えねば、我々は帰れないんだからな」

「しゃ、癪な言い方しやがって〜。ホント腹立つわ」

「さあ、デイビス、どれを回りたいんだ。選択権を与えてやる、好きなのを言え」

「え〜っと。そうだな、俺は……」

 つっけんどんに差し出されたマップをかさかさと広げ、地図に目を通すデイビス。そして、瞬時に血の気が引いた。

(こいつ、自分が回りたいアトラクションにすべて丸つけていやがる!!)

 アピールなのか?
 無言のアピールなのか、これは?
 ご丁寧にも、付箋に想定待ち時間まで書いてあるし。

 念入りに調査したであろうその集大成を見つめて、だらだらと冷や汗を流したデイビスは、丸をつけられた一つをおそるおそる指差し、スコットの顔色をうかがった。

「え、ええっと。そんじゃ、トゥモローランドの……スペース・マウンテンに行くか」

「……フッ」

「はぁ? なんだよ」

「圧力に負けたな。自分の意見も持てない小物めが」

(こっ、コノヤロ〜……)

 鼻先で嘲笑するスコットに、デイビスの怒りはMAXにまで達したが、すでに夜を回っている、時間を無駄にしている暇はない。ひとまず、通りがけに買ったチュロスを齧りながら、浮き立つ人々を掻き分け、凛烈に澄み渡る夜空の下、天に向かって次々とライトアップされてゆく真っ白な山を戴いたエリアに向かう。

「わー。未来のエリアでも、クリスマスなんかやってんだな」

「ふうん。心なしか、BGMがキラキラしてるな」

 二人は周囲を見回した。夜の中でも地上は明るく、まるで暗黒の片隅に浮いているガラス張りの宇宙ステーションのようだ。電子的な『くるみ割り人形』の音楽に紛れて、幾何学的に整えられた植木の陰のスピーカーからは、絶えず宇宙空港用のアナウンスが出発時間を通知し、流星群が近づいてくる時刻になると、数々の降りそそぐ彗星が不思議な尾を引いて、深い青に輝きながらアスファルトをころころと転がっていた。サンタ帽を被ったアンドロイドたちが好き勝手にセルフスタンドから給油をするそばで、珍しい輸入品のショッピングを楽しんだり、オーロラソースをかけたハンバーガーを頬張ったり、銀河旅行に訪れる星を選定したり——そのすべての人々が、煌びやかに駆け抜けてゆく合成音や遠い星々との交信に紛れて、平和に満たされていた。

「よく見ておけ。これがポート・ディスカバリーの、さらにその先の時代を進む街の姿だ」

「社会科見学じゃねーんだぞ、ンな真面目に考えんなよ」

「さて、スペース・マウンテンか。乗り口はどこだ?」

 探すまでもなく、すぐに見つかった。ディズニーランドの外からでも見えるほどに高い人工の山は、まるで巨人が、真っ白な土台に数本の細い針を刺したかのようで、今はクリスマス仕様なのか、なんともめくるめく極彩色にライトアップされていた。堂々として立ちふさがる威容に、二人揃って、ぴゅう、と口笛を鳴らす。

「いいないいな。超カッコいい」

「大したものだ。未来の施設は、削ぎ落とされたデザインなのだな」

 なんだかんだで新しいもの好きの二人は、キューラインの造形を見ながら、ひとしきり盛りあがった。眩ゆい豆電球で照らしあげて真っ白な二階の宇宙船乗り場へと導く、ハニカム構造を意識したガラス張りのムービングウォークに乗り込む。うぃーんと響く稼働音に、二人のテンションも最高潮である。

《スペース・マウンテンは、暗闇をハイスピードで急旋回、急上昇、急降下、急停止する、スリリングで揺れの激しい、ジェットコースター・タイプのアトラクションです》

「うおお、やべー、昂ぶってきた。楽しみだなー」

「急旋回、急上昇、急降下だと。大丈夫か?」

「へーきへーき、ストームライダーと同じようなもんだろ? それともスコット、緊張してんの?」

「馬鹿、そんなわけあるか。そっちこそビビって、小便漏らしたりするなよ」

 未知のエネルギーを渦巻かせる宇宙船の下、二人がけのロケットの座席に座り、シートベルトを締める。キャストの説明を聞いてもニッコニコの二人は、そのまま光の集結したエネルギー・ボールを受け取り、ずももももも、と宇宙空間へ運ばれていった。











\ ギャ- /











「誰だ、あんな胃液をぶちまけることが目的のようなロケットに乗り込もうなんて言いだしたのは!?」

「あんただってマップに丸つけてただろーがっ!! 自分のことを棚にあげんなよっ!!」

 生まれたての子鹿のように腰の砕けた二人は、プルプルと震える脚を動かしながら、降りて早々、さっそく喧嘩していた。宇宙を飛行するコカ・コーラの洒落たポスターを横目に、真っ白にカーブする廊下を、出口へと向かう。

「まったく、とんだスキルを持ったパイロットだ。俺たちがあのロケットを操縦したなら、もっとうまく——」

 ぐちぐちと悪態を吐きながら親指の爪を噛むスコットに、ふと胸を突かれるデイビス。

 そーいやスコットって、普段は淡々として私情なんて皆目見せねーけど、一応、パイロットとしての矜持はあるんだな。
 ま、当たり前っちゃー当たり前なんだろうけど、今更ながら、なんか、意外っていうか……

「デイビス?」

「お、おう。すまん、トリップしてたわ」

「次はどこに行きたいんだ? ビッグサンダー・マウンテンか、スプラッシュか?」

「(なんだかんだで絶叫系に乗りたいんだなぁ、コイツ)」

 時刻は徐々に遅くへと移り、僅かな風も、心底身に沁みるようになってきて、首元を取り巻くマフラーを掻き寄せながら、デイビスはマップの一点を指差した。

「ん。ここ」

「スイスファミリー・ツリーハウス……?」

「もうすぐ閉園だろ。高いとこ登って、クリスマスの飾りつけでも見て、ぼーっと時間を潰そうぜ」

 愕然とするスコット。てっきり、派手なアトラクションで思いきりはしゃぎたがるのだろうと踏んでいた彼は、かっぴらいた目を白黒させて、力強くデイビスの両肩を掴む。

「本当に!? いいのか!? 待ち時間ゼロ分のアトラクションだぞ!? 閉園時間から逆算すると、これで終わりだぞ!?!?」

「だーっ、うるせーな、騒ぐなって! 高所で煙草吸いてーってだけなんだよ、こっちはよ!!」

 その言葉に、スコットはハッと、同僚の堕落を垣間見たように息を飲んで、俯いた。

「ヤニ中毒……」

「おい。さっきから俺をおちょくってんのか、あんた」

「ツリーハウスだからな、煙草の火で火事を起こすなよ。前にボヤあって、バケツリレーで消化したからな、あそこ」

「何であんたがそんなこと知ってるんだよ。大丈夫だよ、これ、小説だし。俺、小説の外では吸わねーし」

「ふむ」

とスコットは頷き、マップを畳んで、丁寧に懐にしまった。

「じゃ、行くか。まったく、トゥモローランドと正反対の方向にあるとはな」

「え、あんた、他に行きたいところねーの? いっぱい下調べしてたじゃん」

 デイビスの問いに、スコットは軽く首を振った。

「煙草吸いたいんだろ?」

「おう」

「なら吸えよ、遠慮なく。私もちょうど、吸いたかったところだから」

 これだからねえ、と前を歩くスコットの背中を見ながら、デイビスはひっそり、溜め息を吐いた。何考えてんだか分かんねえ野郎だが、いつだって、自分の望みは後回しにする奴だということは知っている。そして、スコットはそれを、最後まで口にすることはないのだ。例えこちらが、いつか打ち明けてくれることを待っていたとしても。






……

「ふはー。寒い季節に、高いところで一服すんのって、最高に美味いよなぁ」

「煙草は冬に限るな」

「そーいやあんた、禁煙やめたの?」

「別に。ただ、サラ(注、スコットの妻)に会えないんだったら、煙草をっていても意味ないだろ」

 ツリーハウスのてっぺんまで登り、僅かに肩をすくめるスコットに、ああ、とデイビスが生返事を返す。サラは妊娠中なのだ。ストレス発散の唯一の手段だったらしい喫煙をパッタリやめたのも、それが理由である。数ヶ月に一度、ふと思い立って煙草を断とうとしてみるものの、結局、ずるずると空き箱の数を増やしてゆくデイビスとは違って、スコットはいつでも、家族を中心に考えている。だからこそ——改めて考えるまでもないが——仕事上の相棒が最優先にされることはありえない。彼の一番は、家族なのだ。

「なあ、なんでそんなに妻子に肩入れするわけ? 家庭を持ったら、誰でもそんな風になるもんなの?」

 独身の自分には分かりかねて、他愛なくデイビスが訊ねると、スコットは少しのあいだ黙ってしまった。階下からクリスマスの曲を奏でるオルガンが響く中で、そのほかの物音は、時を知らぬように静まり返っていた。

「俺は、家庭環境がそれほどよくはなかったからな。結婚してからはせめて、理想の家族というものを築きたくて」

「ふうん。……で?」

「で、ってのは、何のことだ?」

「できた? あんたの、理想の家族」

「さあな、俺がちゃんと役目を果たせているのかは分からないが。……どうにかこうにか、守っていきたいとは思っているよ」

 ふう、と吐かれた煙は、闇へと沈み込むミルクのすじのようだった。凛気が僅かでも揺れ動くと、白煙は翩翻とひるがえって、枝々の合間に果敢なくわなないてゆく。とあるスイス人の家族が、地上十九メートルの巨木に工夫を凝らし、生き抜くための知恵を振り絞った結実が、このツリーハウスである。見知らぬ土地への漂流にも負けずに我が家を建立した、仲睦まじい家族の生活の痕跡が、船の廃材を利用して作った寝室や、子ども部屋の三段ハンモックに、色濃く残っている。ここで、眠れぬ夜に星を数えたり、見張り台から猛獣の姿を探したこともあろう。そうした数々の思い出は、家族にとっては、けして忘れられるものではない。ともに過ごしてきた時を超えて、このツリーハウスのあちこちに、洋燈のように懐かしくほのめいているはずだった。

 しばらくして、手すりに頬杖をついていたデイビスが、高所の寒さに震えるようにぽつりと呟く。

「なあ、スコット?」

「ん?」煙草を咥えたまま、スコットが静かに応えた。

「サラさんとクレアもさ、いつか、ここに連れてきてやれよ。景色いいからさあ、きっと喜ぶぜ」

「そうだな。お前も誰かとデートする時には、ここで夜景でも眺めろよ」

「ヘッ、あんたみたいな唐変木オッサンに、したり顔でアドバイスなんかされたくねーわ」

「ははっ、そうだな。遊び人のお前には、余計なお世話だったな」

 小さく肩を揺らしているスコットは、特に気分を害した様子もなく、鬱蒼と茂る頭上の葉に目を向けていた。耳を澄ますと、微かに、ジャングルの奥に棲まう動物たちの気配がした。河や、樹々や、南国の果物の香りが感ぜられたが、それでも、冬の冷気の鋭さは隠しようがなかった。ぼんやりと上向きに紫煙を棚引かせるスコットとは対照的に、デイビスは白い吐息をこぼすと、手すりの下の世界を見つめた。冷たく滑らかな手触りの先に、宝石箱をひっくり返したような東京ディズニーランドの夜が、遠い音楽を奏でながら広がっていた。

 深く凍るような夜に向かって、緩やかに流れてゆく煙草の煙を見ていると、言い知れぬ落ち着きを感じた。眼下の眩ゆい光の一粒一粒が、滲むように眼に揺らめく。限りない星のようだった。そして、夕陽色の明かりの底に照らされて、躍るように手を繋ぐ子どもの姿。無邪気に腕を引っ張るそのしぐさが、今から帰ろうとしているところか、それともまだ遊ぼうと語りかけているのかは、この場所からでは判断がつかなかった。

 振り返ってみれば、自分も、随分と遠くまできたもんだな、と思う。
 上司なんて懲り懲りだ、と反抗して、嫌味も憎まれ口も散々叩いてきたが、スコットの保つ距離感は変わらない。ただ、静かに見守って、無闇に人を拒絶するな、と諭すだけだ。
 そうして一歩一歩、階段を登るようにして、今を噛み締めるこの時間がある。色に例えてみれば、おそらく無色の、透き通るように静かなこの時間。言葉もなく、何の保証も、約束もないかもしれないが、しかし冬の空気の中で一緒に煙を吹き流しているこの瞬間を、他の誰にも踏み躙ることなどできない。

 来年も、こんな関係が続くのかな、とぼんやり考えながら、世界の半分を埋め尽くすように燦めく一面の光を眺めていると、隣で手すりに寄りかかっていたスコットは、ふと思いだしたように喫煙の手を止めて、トレンチコートの懐をまさぐり始めた。

「そうだ。これ、やるよ」

「え!?」

「せっかくのクリスマスだからな。あまりこういったもののセンスがないから、気に入ってもらえるかは分からないが……」

 何の羞恥も衒いもなく、気軽に受け渡される包みに、呆気に取られるデイビス。自分の方はといえば、彼に何も用意していなかった。

「お前には、いつも苦労ばかりかける。相棒でいてくれて、ありがとな」

 うわ〜、スコットがこんなことを言うなんて、初めてだ。仏頂面ながらもストレートな物言いにじい〜んとしながら、さっそく、包み紙をガサゴソと開けるデイビス。そして、出てきた品物を広げて、一瞬にして言葉を失った。

「ななななな、なんだよ、これ……」

「? ホーンテッドマンション柄のパンツだが?」

「なんでこんな趣味の悪いもの買うんだよっ!!」

 嫌がらせか?
 嫌がらせなのか?
 それともまさか、本気で選んだ結果がこれなのか? そっちの方がイヤすぎるんだけど。

「だ、だ、だから、私はセンスがないって言っただろっ。内容には期待するな!」

「勘弁してくれよ……」

 どうすりゃいいんだよ、これ、とガックリ頭を抱えるデイビスの上で、きらり、とティンカーベルの粉が弧を描いてゆく。ちらちらと雪のように撒き散らされたその黄金の粉が、鼻の上にこんもりと降り積もってゆくのを見つめながら、せめて来年は、俺の方もプレゼントを用意しておこう。ま、ホーンテッドマンションのパンツと、同レベルのものをな、と心密かに誓うのだった。



一覧→https://note.com/gegegeno6/m/m8c160062f22e

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