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【蛤の買い物】

去年の暮れの話である。

年末から正月に掛けての食材を求めて、家内と2人で買い出しに出掛けた。

〈年越し蕎麦〉やら〈蒲鉾〉やら〈お餅〉やら〈刺身魚〉やら・・年の瀬の買い物は気が焦るばかりである。

ところで、やってくる正月と言えば〈雑煮〉が付き物であるが、僕が住んでいる広島の一部の地域では、〈雑煮〉の中に必ず〈ハマグリ〉を入れるという食習慣がある。

出汁は澄まし汁で、煮た〈丸餅〉に、〈青葱〉〈蒲鉾〉、家によっては〈ブリの切り身〉や〈牡蠣〉を加えるのだが、必ず入っているのが〈蛤〉なのである。そんな〈雑煮〉に〈揉み海苔〉をタップリと振り掛けて食べるのが、最高に美味いのだ。

そんな訳だから〈蛤〉は絶対に買い忘れてはならない。

さて、店先の出店でみせには、魚屋さんが〈寒ブリ〉やら〈タコ〉やら〈海老〉やらを、所狭しと並べている。その中に、赤い網に入れられた〈蛤〉も、トロ箱いっぱいに積み上げられている。総てが中国産というのが残念でならないのだが、もうここ何年も日本産の〈蛤〉が売られていることはない。

背に腹は代えられないので、今年も嫌々ながら中国産の〈蛤〉を買うことになる。しかし安さだけが取り柄の中国産と言えども、ここ数年来値上がりしていて、今年は両手でしっかり掬ったくらいの量が、税抜きで¥1.480―という値札が付いている。

家内と相談の上2網買うことになった。ところが出店のレジが他のお客さんでゴッタ返していて、中々精算して貰えないのだ。

〈蛤〉2網を両手でブラ提げて待っている僕に、魚屋のお兄さんが声を掛けてくれた。

「店の中のレジでも精算できますよぉ❗️」

〈おっ❗️渡りに舟❗️〉

「あっ❗️そうなんですか❗️ありがとうございます❗️」

それならと、店内に入って色々な物を買い込んでから、改めてレジに並んだのだ。幸いさほどの行列ではなかったので、直ぐに順番が回ってきた。

ここのレジはセルフではなくて、レジ係のおねえさんが精算してくれる。そしてお金を支払ってクルマに向かう途中であった。

家内が何やら首をかしげているのだ。

「なんか安かったわねぇ・・」

「安くて良かったじゃないか」

「それがさぁ、安過ぎるのよ」

家内はそう言うと、財布の中から先程レジで受け取ったレシートを取り出して目を通し始めたのだ。

「あっ❗️やっぱりだわぁ」

「何が❓️」

「何がって、蛤が打ってないのよ・・ホラ」

「・・あっ❗️そうだなぁ・・」

「お店に返って言ってあげようか❓️」

「えぇ~~❓️混雑してるし、あっちのミスだしぃ・・言われた通りにチャンとレジを通してるんだからもういいんじゃないか❓️」

「そんなぁ~~っ❗️なんか悪いじゃん。2つで¥3.000―よぉ~」

「いいよいいよ、有り難く貰っとけば。福引きに当たったと思っときゃいいよ」

「籠の中にシッカリ入れてあったのにね、なんで打たなかったんだろ❓️」

「そうだよなぁ・・」

「あっ❗️ひょっとして〈蛤〉は外で精算してるもんだと思ったのかもね」

「あっ❗️そうか・・そうかもしれないなぁ」

「あり得るね・・で、どうするの❓️」

「今更もういいよ。外のお兄さんが中のレジでもOK❗️って言ったんだから」

かく言う僕だって、本当のことを言うと、やっぱり多少の罪悪感を感じない訳にはいかなかったのであった。

慰めに、〈ワニの刺身ブロック〉も買ったし、他の物もいっぱい買ったんだからいいや、なんて自分を誤魔化しながら帰途についたのである。

・・・・・・・

(因みに〈ワニ〉とはサメのことで、広島県の一部の地域でサメの刺身を食べる習慣がある。昔は山陰産が殆んどであったが、最近では気仙沼産のサメが多く流通している。気仙沼では〈ヒレ〉だけが重宝されて、残った身がこちらに送られてくるのだろう。〈ワニの刺身〉はモッチリしていて味は淡白であり、生姜醤油で食べるのが普通である)


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