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【闇の宴】

ホテルの仕事が終わったころ、宴会バーの事務所では、いつものように酒盛りが始まった。

・・・・・・・

もう20年以上も前の話になるのだが、僕は、シティホテルの宴会課にウェィターとして勤務していた時期があった。

結婚披露宴や各種パーティー、ディナーショーや展示会や学術会議、企業の新製品発表会から謝恩会など、ありとあらゆる催し物が行われるのがホテルの宴会課である。

披露宴や会議などは明るい内に終るとしても、大抵の日は夜のパーティーや食事会などがあるのだから、我々宴会サービスの仕事が終るのは、いつも午後10時前後であった。

まだ景気が良い頃には、終電に間に合わないまで勤務が続いた場合に限って、ホテルから〈タクシーチケット〉が配給されていたのだが、じきにそれも無くなってしまった。

夜の10時まで飲食を提供し続けてきた我々ウェィター達は疲れている。だから今度は俺らの番だとばかりに、終電までの時間、夜な夜な〈闇のうたげ〉を開くのである。

集まる男達はいつもと代わり映えのしない面子なのであるが、その中にはスポットと呼ばれる大学生のバイトも混じっていたりするのだ。

学生になぜそんなことを許しているのかと言うと、彼らにはやってもらう仕事があるからなのであった。

ところで、〈闇の宴〉で飲む「酒」は、宴会課のアルコール類の総てを管理している〈宴会バーの主任〉が提供してくれるのだが、彼も一緒になって飲むんだからこれ程安心なことはない。伝票操作をして帳尻を合わせておけばいいだけのことだ。

シティホテルで1日に消費される酒類はそれはそれは厖大な量なので、数人の男達が少々のビールを飲んだって絶対にバレることはない。

ビールだけではない。ワインだってブランデーだって、なんだって飲み放題なのである。

ワインが滅法好きな同僚が主任に言う。

「主任❗️シャブリのいいのが入ってるの、俺、知ってんだけどさぁ、グランクリューレ1本開けようよ」

「ダメに決まってるだろ❗️あれは来週の役員会で出すヤツだぞ。今日はこのピノ・ノワールのレゼルヴで我慢しろよ」

「1本くらい大丈夫だよ❗️」

「ダメダメ❗️1本いくらすると思ってんだよ。16.000円だぞ❗️バレたらどうすんだ❗️」

そんな主任の言葉は無視して、同僚が大学生のバイトに言うのだ。

「おいっ❗️お前、シャブリ1本持ってこい❗️でさぁ、コール場の冷蔵庫からロースハムも盗ってこい❗️調理場の連中はもう帰ってるだろ」

主任は諦めてしまった。

「もぉ~しょうがないなぁ、シャブリは1本だけだぞ」

・・・・・・・

暫くしてバイトの男の子がシャブリとロースハムを手にして帰ってきた。

「はい❗️お待たせしましたぁ~」

すると同僚が言うのだ。

「お前、なんだよ❗️そのハムは」

「えっ❓️ロースハムですけど」

「なに半分に切ってんだよ」

「いぇ、あんまり沢山取ってきたらバレると思って・・」

「バカ野郎~っ❗️切ったらかえって盗んだのがバレるんだよ。ハムなんてなん十本もあるんだからな。盗むんなら1本丸ごと盗んでこんかい❗️」

「はぁ、すいません・・・」

「残った半分も盗ってこい❗️」

「はい❗️」

・・・・・・・

こうして今宵も、終電までの〈闇の宴〉が続くのであるが、在籍中にこの件がバレることは、遂になかった。


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