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【平均律】

〈YouTube〉で色々なチャンネルを転々と散歩していたら、「バッハ 平均律クラヴィーア曲集」に行き当たった。

〈平均律〉という言葉に触れて、YAMAHAでピアノ調律の勉強をしていた頃のことを思い出した。

調律の学校では、ピアノの構造や歴史や音律のことなどについて詳しく教わった。

・・・・・・・

「平均律クラヴィーア曲集」

〈クラヴィーア〉とはピアノの前身楽器で、〈平均律〉とは〈1オクターブ〉を等比数列に12分割した音律のことだ。

ここで少し〈平均律〉の話をしたいと思う。チョッと難しい話になるかもしれないが、興味のある方はお付き合い願いたい。

では・・・・

〈1オクターブ〉とは、例えば、ドレミファソラシドの「ド~ド」「レ~レ」を言う。

仮に、ピアノの鍵盤の「ドの音」から説明すると・・・

①「ド」

②「黒鍵」(ド♯・レ♭)

③「レ」

④「黒鍵」(レ♯・ミ♭)

⑤「ミ」

⑥「ファ」

⑦「黒鍵」(ファ♯・ソ♭)

⑧「ソ」

⑨「黒鍵」(ソ♯・ラ♭)

⑩「ラ」

⑪「黒鍵」(ラ♯・シ♭)

⑫「シ」

・・・となる。

このように12の半音に分割する訳であるが、〈平均律〉ではその12分の1を更に100等分にするのだ。それを〈セント〉という単位で表す。だからピアノなどの鍵盤楽器の隣同士の鍵盤の音の幅は100セントだということになる。そして〈ピアノ調律〉はセント単位で行う。

さて、〈平均律〉に対峙して〈純正律〉という音律があるが、では〈純正律〉とは如何なるものなのだろうか。

〈純正律〉とは、周波数の比率が単純な整数比で割られた「音」で構成される音律で、人が歌う時や管楽器、フレッドのないバイオリンなどの〈鍵盤楽器〉以外の演奏では、その精度は別としても「純正律」で奏される訳である。

和音で説明すると、〈純正律〉では、例えば「ド」と「ソ」の5度の和音を鳴らした場合、完全に溶け合って〈唸り〉が一切生じないのだ。そして「ド」と「ファ」の4度の和音の場合も同様に〈唸り〉は発生しないのである。音楽が自然に要求している音律が〈純正律〉だ、とも言える。

片や〈平均律〉ではどうなのか。〈平均律〉で「ド」と「ソ」の和音を、例えば周波数400Hz辺りで響かせると、約2秒に1回の周期で〈唸り〉が発生するのだ。

実は〈平均律〉の5度は〈純正律〉の5度の幅より少しだけ狭いのである。だから〈純正律〉に言わせると正確な音程ではないことになる。

では「ド」と「ファ」ではどうなのか・・

「ド」と「ファ」の4度の和音も、〈純正律〉では完全に溶け合って唸ることはないのだが、〈平均律〉では、400Hz辺りで約1秒に1回の〈唸り〉が出るのである。

4度の場合、〈純正律〉の「ド」と「ファ」の幅よりも〈平均律〉の間隔のほうが少しだけ広くて〈唸り〉が出るのだ。だからここでも〈平均律〉は音痴だということになる。

なんでそんな音痴な音律を使うんだ?ピアノ調律のとき「ド」と「ソ」や、「ド」と「ファ」の和音を唸らせないように調律すればいいじゃないか・・と言う声が聞こえてきそうだが、実はそれは簡単に出来るのだ。出来るのになぜ〈狂った音律の平均律〉で調律をするのか?なぜピアノは〈平均律〉で調律されるのか・・・

それは、音楽に「転調」という概念が生まれてきたことに起因があるのではないかと考えられる。

では・・「キー」とも言うが、「転調」の「調」とは、一体なんなのか・・・

例えば〈歌〉を歌うとする。歌い始めの音の高さを、仮に「ド」の音の高さから歌うとする。そして同じ〈歌〉の始めの音の高さを、今度は「ソ」の音の高さで歌うとする。この2つの〈歌〉は同じ〈歌〉なのだが「調」が違うということなのだ。

1種類の「調」で書かれた音楽なら、ピアノをその1種類の〈純正律(調)〉で調律すればこと足る。

ところが、音楽が大きく発展してゆく中、1曲の中で複数の「調」を駆使する楽曲、要するに〈転調〉する音楽が作曲されるようになってくると、音楽は鍵盤楽器にも〈転調〉を要求するようになったという訳である。

バッハの頃から鍵盤楽器の鍵盤の数はオクターブが12なのだが、楽器製作の技術者の中には〈純正律〉の鍵盤楽器を作ろうとした者が存在したらしい。ところが、それを実現しようとすると、トンでもない数の鍵盤が必要になるし、10本の指の数では演奏も困難だったようで、実用化には至らなかったという話もある。

そこで登場したのが〈12平均律〉なのだ。〈純正律〉に比べると、音に微妙なズレがあるのだが、5度や4度の和音にしても、人間の声や弦楽器の音程の誤差の範囲内のズレなので、人間の耳にはまずわからないという、謂わば誤魔化しの音律だとも言えるのである。

逆に言えば〈平均律ピアノの音程〉のほうが〈純正律演奏の声や他の楽器の音程〉より正確だと言えなくもないのだ。

ピアノは2・3セント単位で調律されるのだが、人の声や他の楽器の音程は、ピアノの正確さからすれば、それどころではなくズレるのである。

だから、ピアノは〈純正律〉に言わせれば音痴な楽器と言わざるを得ないが、最も音律精度の高い楽器だとも言えるのだ。

要するに、ピアノ等の鍵盤楽器以外の楽器や歌声を〈純正律〉で演奏しても、それらの音程のズレは〈平均律〉で調律されたピアノの2・3セントの音律のズレよりも大きくズレる場合が殆んどで、ピアノの音律精度ほどの精度がないということなのである。

・・・・・・・

〈平均律〉は、鍵盤楽器と転調する音楽の必然的な要求から生まれてきた音律なのかもしれないということなのだ。オクターブが12個しかない鍵盤で、自由に転調するために発明された「音律法」だということなのだろう。

言ってみれば、〈平均律〉は偉大なる音痴なのである。

そして、12種類の偉大な音痴音律〈平均律〉を使い、クラヴィーア(ピアノ)によって「バッハ平均律クラヴィーア曲集」は演奏されている。

因みに、ピアノの鍵盤数が88鍵である理由は、鍵盤の最低音と最高音の周波数が、人間の耳が聴き取れる限界だということなのだ。仮に低音と高音にもう1鍵づつ音を足して90鍵のピアノを作ったにしても、人間の生理外の音はまず聞こえないのだから意味がないのである。

それから〈ピアノ〉という名称なのであるが、最初から〈ピアノ〉と呼ばれていた訳ではない。

〈ピアノ〉が登場する以前の鍵盤楽器には・・・

〈ハープシコード(英語)〉

〈チェンバロ(イタリア語〉)

〈クラヴサン(仏語)〉

などと呼ばれる物があったのだが、これらの楽器は「弦」を爪のような物で弾いて音を出していたので強弱がつけられないという欠点を持っていた。

そこで考えられたのが〈クラヴィーア(クラヴィコード)〉で、これは「弦」を「ハンマー」のような物で叩いて音を出す構造なので強弱を表現出来たのだ。音量は微弱だったが、バッハは〈クラヴィーア〉を好んだという。

これが後に〈ピアノ〉に発展していく訳なのである。

さて、〈ピアノ〉とは音楽用語で「弱く」を意味する。〈フォルテ〉は「強く」を意味している。

そこで、音に強弱がつけられる新しい鍵盤楽器には〈ピアノフォルテ〉という名前がつけられたのだが、長年のうちに略されて「フォルテ」が消え、〈ピアノ〉になったのだ。これが〈ピアノ〉という名前の由来なのだ。

場合によっては〈フォルテ〉と呼ばれていたのかもしれないのだが、〈フォルテ〉だなんて、単に強そうでゴツそうなだけで繊細さが感じられないではないか・・

やっぱり〈ピアノ〉で良かったと思う。

・・・・・・・

【参考まで】〈平均律〉と〈純正律〉の違いを説明する動画のURL(https://youtu.be/FtSyzl-7Jx8)

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