自己申告型給与制度で促進された社員の自律。木村石鹸が社員を信じる理由。
「一緒に働く人を、人間として信じる」
言葉にすると簡単ですが、実は非常に難しい事だと思います。
リモートが進み、物理的に離れた働き方となると「信頼」は重要なキーワードではないでしょうか。木村石鹸さんは社員の自律を促すために自ら給与を決める制度を導入しました。その背景には「自律型組織」「社員の幸福を考える」など、GCストーリーと近しい価値観がありました。
今回は木村石鹸工業株式会社代表取締役の木村祥一郎さんにお話を伺っています。
自己申告型給与制度の導入で社員の自律が促進される
ー木村石鹸さんの「自己申告型給与制度」にインパクトを受けました。詳しくお聞きしてもいいですか?
名前の通り「社員が希望給与を申告する制度」になります。
今までは、全社員の評点から僕が決めて、不満な部分があれば言ってもらっていました。
しかし、会社が自律型の組織を目指している時に、この制度ってどうなんだろうと。会社の向かう意思と制度を合致させて、誰にとっても良い評価制度にしたいと思ったんです。
従来の制度と違うのは、強烈に自律を求める部分ですね。給与を自分で考えて提案するので「自分の仕事の価値」「どうやって報酬が上がっていくのか」を含めて「組織に対してどういう価値を持ってるか」を考える機会になります。大変な制度ですが、社員にとっては他の会社に行って、新しい人生を送るにしても無駄にならないと思ったんです。
ー制度を導入して、社内での変化はどんなものがありましたか?
導入して本当に良かったですね。実施するごとに意識が変わっています。
初期の頃はベテランでも「分かんないから決めてください」って人がいたり、すぐに落ち着いたわけじゃないんです。
それでも若い人達は意外とすんなり受け入れて「自分の仕事」と向き合ってくれました。
どうやったら今よりも貢献出来るかを、真剣に提案をしてくれましたね。回数を重ねる内にベテラン達も「どんな価値を自分が提供しなきゃいけないのか」意識が変わったんです。つい最近は「それやってくれたら最高やな」みたいな提案も増えました。
ー具体的にはどんな提案がありましたか?
木村石鹸にはピッキングをしたり、大阪市内をトラックで運転する配送課チームがあります。チームの1人が「商品の知識をつけて得意先のお客さんのことも理解して、フォローアップの営業が出来ます」と言ってきたんです。今までの業務はデリバリーなので、効率よくデリバリーすれば良いだけなんですよ。そうじゃなくて自分が営業の役割を担う事で、社員の負担を削減して、かつお客さんとの接点が増えるからいいんじゃないかってやってくれた人がいました。
会社のために貢献する提案がすごい増えたんですよね。開発のメンバーも品質を担保するために自分はPCに詳しいから裏側のシステムを作りたいと提案してくれました。会社が設定した枠の中で能力を上げていくのではなく、枠を超えた提案や考え方が出てきて本当に面白いと思います。
ー他にこの制度やってらっしゃる会社はそんなにない気がします。
他でも給与を自己申告する制度はありますが、あらかじめ結果に対して点数がついていて、それが合ってるかどうか分かる仕組みが多いようです。僕らの制度は、結果じゃなくて未来、次の半期で何を貢献するのか決めるので珍しいんじゃないでしょうか。
会社にとってもリスクで、決めた内容が全然出来ない時もあります。それを「投資の失敗」と呼んでいますが「投資」なんですよね。社員の働きは分からないけど、やってくれる事を信じて投資をします。会社としても覚悟が必要ですよね。既に未来に対して投資をしているので、何としても貢献を実現させてあげなきゃいけない。じゃないと会社としてはマイナスになります。だからこそ、みんな達成させようと言ったり、達成しなくても別のところで価値を提供して行こうと切り替えてもらうので前向きにはなります。
「この会社は、言ったもん負けの会社です」。まず変えた責任の認識
ー木村石鹸さんのnoteやインタビュー記事を読ませてもらいましたが、特にstand.fmが印象的でした。
「きむらじお」ですか。
ー心理的安全性に包まれている雰囲気が伝わってきます。その文化は木村さんが意識して作っていったのでしょうか。
僕が木村石鹸に戻って来たのは2013年なので、それ以前の文化がどうだったかはあまり知らないんですよね。以前は僕の親父が経営を担っていましたが、その後2回事業承継をしています。引き継いだのは外部の方でしたが、その期間が暗黒時代だったと話す社員は多いです。木村石鹸に帰ってきて最初に社員と面談した時、衝撃的だったのはある社員から「この会社は、言ったもん負けの会社です」と言われたことでした。
ー「言ったもん負け」ですか。
お客さんへの提案が採用され、過去に設備を整えたそうです。ただ、お客さんが外資に買収されて契約がなくなり、その設備が無駄になった。その際に、「お前が言い出しっぺだから責任を取れ」と当時の経営者に言われたらしいんですよね。その経験がトラウマに残ってて、失敗したら責任を取らされるなら「会社に対して何も言わないですよ」と。こんなエピソードもあり、僕が木村石鹸に帰ってきて、まず最初に取り組んだのが、
「どうしたら心理的安全性を作れるのか」「どうしたら仕事をもう少し自分ごと化して取り組んでくれるか」というところでした。
ー事業承継の際に、木村さんが「変えたこと」「変えなかったこと」は何ですか?
変えなかったことは、親父が大事にしていた「仕事より家族だ」というポリシーですね。そこに関しては、社員の家族や幸せを最優先しなさいと言われていました。そこは変わっていないつもりです。
変えたところは、責任の取り方です。責任を取る事がペナルティを受ける認識になってる社員が多かったんですよね。だから新しい事をやりたくない、失敗したくない雰囲気が蔓延していました。
例えば、当時、商品開発をする場合には、開発依頼書というものを提出して、開発着手の審査があったのですが、これが商品を開発しないための理由として使われてるように思えました。
「リスクがある」「この商品を作るとこのくらいの原価になって勝負にならない」最初から着手しない方に進んで行くんです。自分たちで商品を作る能力も製造も出来るのに、作りたくない気持ちになっていたんです。開発したけど売れなかった、開発着手したけど良いものが出来なかった、そういうものを「失敗」として捉えてて、失敗すると責任を取らされる、という意識が強かったんです。
まず責任の取り方はペナルティを受ける意味じゃないよ、と伝えました。
責任は何か起きた時に「やりたくなかったけど、仕方なしにやった」と逃げるのが責任を取らない事です。失敗しようが何しようが、最後まで向き合って失敗したと認められるんだったら、周りの人達も「この人は逃げない人だ」と思ってくれます。全力で自分と向き合う事が責任を取る事だから、そうしなさいと話し続け、そこはガラッと変わったかなと思います。
ー根底に木村さんから社員さんへの信頼を感じます。
信頼しかないくらいです。
ほとんどの人は、自分の会社を良くしたい、お客さんに満足してもらいたい、出来る限り組織に貢献したいと思っているんです。でも、それを損ねているのは組織側なんです。
組織のルールが全部不必要なわけではありません。しかし社員を信用していないから作られている会社のルールもあるんじゃないでしょうか。積み重なると、社員は会社に信頼されてない感覚、取り換えの利く存在として扱われていると感じてしまいます。
会社は個人が人生を豊かに送るためのプラットフォーム
ーお話を伺い木村さんの手放せる勇気についてもお聞きしたいです。
木村石鹸は歴史が長いので、僕は一番何も知らないんです。石鹸の事を知ってるわけでもない、製造が出来るわけでもない、開発も出来ない、経理や財務に詳しいわけでもない、基本何も出来ないんですよね。会社の中で一番何も出来ない。社員みんなの方が圧倒的にプロなんですよ。プロに任せた方が絶対上手くいくだろうなと思っています。
僕が出来ることはみんなを元気づけて会社の価値観を持続出来る環境や仕組みを整えていく事くらいです。
ーそうした考えに至るご経験や転換点があったのでしょうか?
前の会社は創業者でしたが、当時の経験が影響しているかもしれません。以前の会社では、自分が一番うまく出来るという自負があったので、マイクロマネジメントをしがちでした。すると、その人たちは自分の頭で考えなくなっていくんです。自分で自分の首を絞めてたなぁと振り返って思います。自分のコピーを作ろうと思うほど全然そうならないと分かって、人の問題にぶち当たったんですよね。
社員が70人くらいから120~130人まで人を増やして規模も売り上げも伸びる時期もありました。しかし、どんどん退職者が出てベテランが辞めていくんです。
その時に「会社として売上が伸びるのが、社員にとって本当に幸せなのか?」と感じました。規模が大きくなるにつれて、ベテラン社員は辞めていくし、新人は会社の前で泣いてる。
ー大変なご経験ですね。そこから木村さんが変わるきっかけがあったのでしょうか?
ブラジルの会社セムコの社長リカルド・セムラーが書いた本『セムラーイズム』を読んで変わりました。内容は社員を信じる事で、社内改革をしていくストーリーです。
元々は自分の好きな人たちと働きたくて創業したのに、成長して人が増えていく中で成長のために人のレベルアップをしなきゃいけないとなったんです。
成長は目的ではなく結果として成長するんですよね。そこから会社やマネジメントに対する考え方もだいぶ変わりました。
ー木村石鹸さんの公式noteで「会社は仕事を通じて個人が幸せになることをサポートする存在でなければならないと思っています」という文章を読みました。木村さんが考えている会社と働く人の理想の関係性をお聞きしてもよろしいですか。
人が人生の中で会社で過ごす時間って凄く長いじゃないですか。下手したら身内や両親といる時間より長かったりするんですよね。その時間を「無駄だった」「辛い経験だった」と終わらせちゃうと、会社として個人に責任を果たしてないと思うんですよ。
成長が出来て有意義な時間が過ごせた、人間関係が自分にとって豊かなものになったとならないと、会社はいくら儲かろうが使命を果たしてると言えないんじゃないかと思っています。会社は、個人が人生を豊かにするための重要なプラットフォームの1つだと思っています。家族のコミュニティなど複数ある中の、会社はすごく重要なコミュニティです。そのコミュニティで豊かな時間を過ごせる場を作ってあげないといけないと僕は思っています。
ー木村さんが組織づくりにおいて大事にしていることを聞いてもいいですか。
良い人と働きたいですよね。良い人の定義は「自律できている人」「成長出来る人」「貢献出来る人」。この3つ「自律」「成長」「貢献」がキーワードで、それを兼ね備えた人達は一緒に働いていて楽しいんじゃないでしょうか。成長意欲があって少しでも周囲を良くしていきたい思いを持っている人は重要なんです。それが自分の方向にしか向かない人ではなくて、チーム、地域や貢献の方に向くことで初めて成長も意味があるんだなと思います。「自律」も「立つ」より「律する」方でチームや周りの関係を良くするために協調して自分で考えて動ける人がいい。「自律」「成長」「貢献」を持った人が集う組織にしたいと思っています。
【プロフィール文】
木村祥一郎さん
木村石鹸工業株式会社代表取締役。1972年大阪生まれ。大学在学中にIT企業を起業。
2013年に家業である木村石鹸工業株式会社に入社。2016年に4代目の社長に就任後、ブランド開発、組織作りを通して事業を推進している。
取材・編集・文/佐藤政也 デザイン/清川伸子 撮影/大野拓
▼このnoteを「いいな」と思った方は、ぜひこちらにも足を運んでいただけると嬉しいです。
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