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ベトナム・マクロビオティックの夜明け ~“戦前のワクチンの話”~

ベトナム・マクロビオティックの夜明け

 またしても本シリーズ前回投稿から3か月も経ってました。😅

 ベトナムの独立革命家潘佩珠(ファン・ボイ・チャウ)のお弟子さんだった、英明(アイン・ミン)書館の責任者、呉成人(ゴ・タイン・ニャン)氏(筆名、故人)のご著書、Ăn gạo lứt muối mè(玄米と胡麻の食事)』の序文にこの様な文章が有ります。⇩

 「…食養法とは一体何だろうか?何を主張しているのだろうか?…(オーサワ(櫻澤如一)先生が20世紀初頭から普及を始めた)この食養生法とは、アメリカが広島と長崎に2発の原爆を投下して後に、世の中へ広く普及していった。長崎の被爆地から1.5㎞以内に位置する長崎セント・フランシス病院に当時勤務し、自身も被爆した秋月辰一郎医師が、このオーサワ式食養法を実践し完全に健康を回復した。秋月医師は、或る雑誌の中で自身の生涯を語り、日本の青年男女へ向け、この食養法を実践して民族の幸せの為に国家再建に取り組もうと呼びかけた。(中略)
 現在、食養(マクロビオティック)は、世界上で大きな流行となっており、WHO(世界保健機構)も公認している。 」
     
   呉成人著『玄米と胡麻の食事』より

 …これ⇧を読んで、あれ??と思った方も多いと思います。。。私もちょっと不思議でした。。何故かと云うと、昭和40(1970)年代生まれ、日本で育って大学まで出たごく普通で一般レベルの筈のワタシが…、上⇧の様な言説を日本に住んで居る間に全く聞いた事が無かったからです。。。
 社会人になり、1990年代にベトナムに移り住み、そして自分で興味を持ってベトナムで本を読んでやっと知った『秋月辰一郎医師の存在。。なんか、オカシイ。原爆症が治るなら、そんな凄い食養生法ならもっと広めたらええやん。国家を挙げて、世界を挙げて、広めたらええやん。だってその時は、『WHO(世界保健機構)も公認して』たんでしょ。。。

 しかし、現実の今ワタシの目の前に見える世界ではそんなの広まってない。なら、1945年から今までの日本で、世界で、何かが隠されているのか。。。そう想像するしかありません。😅😅

 櫻澤如一(=ジョージ・オーサワ)先生のご著書『健康の七大条件』という1962年(刊行は72年)の本があります。そこにこんな文章があります。⇩

 「…アメリカ政府は2千万ドル(約80億円)を風邪ワクチンをつくる研究費として出すことを決定した。これも奇蹟だ。この国では一日百万人が風邪をひく。(これも奇蹟だ。)一人平均十日寝るとして、その損害は年40,000,000,000ドル、16兆円にもなるのだからムリもない。(これも奇蹟だ。)
 その上、Dr.マグーンが現れた。コレも奇蹟だ!カレは古い東洋医学の云うように、『風邪は万病の元』で、風邪をひくごとに人は動脈硬化になり、脳細胞を数万、数十万殺してしまう、だから低判断におちたり精神病になったりするのだ、と云いだした。つまり赤ん坊時代から動脈硬化や判断力の低下が始まっているのである。(中略)
 ミナこの(アメリカ)政府がコレカラ80億円もかけて発明しようと云う風邪のワクチンを不断に毎日体内で生産しているのである。」

         『健康の七大条件』より

 コレ⇧が私がまだ生まれてない1962年頃の文章なんですね。。。
 要するに、アメリカ様が80億円を投資して風邪ワクチンを研究開発、そして近いうちに世界中に売ってくれるという有難い御話です。。(笑)『風邪をひくごとに人は動脈硬化になり、脳細胞を数万、数十万殺してしまう、だから低判断におちたり精神病になったりする』と恐怖の都市伝説を撒き散らす御用学者のドクターまで用意周到に出現してます。。。頻繁に風邪を引くことで赤ん坊は免疫を獲得してるのに、それを『赤ん坊時代から動脈硬化や判断力の低下が始まっている』と言いだすつもりか? 免疫は人間が自分で『不断に毎日体内で生産している』のに、『(アメリカ)政府がコレカラ80億円もかけて発明しよう』なんて馬鹿馬鹿しいだろ?。。オーサワ先生は、そうおっしゃっている訳です。。。1962年。😑😑😑

 この『ワクチン』の事について、別のご著書『東洋医学の哲学』(1955年頃(刊行は73年))の中にも詳細が書いてあります。⇩

 「3.東洋医学
 (3)ワクチン
 ワクチンは、ちょうどトルーマンの”ポイント4”政策か、同じく”日本の憲法改正と再軍備”政策に似ています。また、それは人民にピストルや機銃を持たせて仮想ギャングに対抗させる政策のようなものです。つまり政府の、あるいは指導者の無知、無能力または巧みな責任回避です。
 すべての病気に対するワクチン法は、その有効性が確認され、認証されたものでありませんし、そのメカニズムが不明のモノであります。それらはすスベテ、ジェンナーやパストゥールの手探り式経験主義、信仰的医学の流れを汲むものです。その上、いろいろな副作用があり、ずいぶん災害もあります。これは現代医学の暗いページです。」
 
 ふと、ここで、、私の記事を興味深く読んで下さっているコアな読者の方は(””そんな人いるのぉ。。。”←我が家のJDの声。。😅)は、お気付きになられましたでしょうか。。。そう、2.26事件で死刑になった西田税(にしだ みつぎ)氏の自伝の中の文章です。⇩

 「大正7年10月、校内に流行性感冒発生し、燎原の如く拡がった。寝室は病室と化した。健康者は病者と隔離して、区隊ごとに一室に雑居することになり、学課述科共に出席少数の故に屡々休憩となり、余等は暇あるごとに寝室に集まっては縦談横語した。
 …柴が本科入校当時、悪疾流行の故を以て学校は外出を禁止した…、

 大正7年ですので、1918年です。あーー、丁度世界でスペイン風邪(H1N1亜型インフルエンザ)大流行の時だ。あの、人類史上最大最悪のパンデミックと言われたやつです。。。おお、、で、当時の日本最高峰、陸軍中央本科ではどうしてたの、、?と、西田税氏の自伝の記述を追ってみますと、⇩
 「…区隊の者悉く悲憤の涙に咽んだあの予防接種の夜の思い出…」
 
 ・・・打ってる…。ワクチン打ってるじゃん。😭😭

 あれ、でも変ですね?上述の櫻澤如一氏の本から判るように、「…アメリカ政府は2千万ドル(約80億円)を風邪ワクチンをつくる研究費として出すことを決定した」←これが、1962年の本の中の話で、でも、その40年以上前に、日本最高峰の超エリートが集結する陸軍中央本科の将来日本を背負って立つであろう有望優秀な生徒たちへ、「その有効性が確認され、認証されたものでありませんし、そのメカニズムが不明のモノ」を打っちゃってる?? ではその生産者、販売元、卸商社、決定権者、決済責任者などなど、、、責任の所在は明確になっていたのでしょうか? 何故なら、この後の西田氏の自伝の記述を追っていくと、、⇩

 「(大正9年)2月、卒業試験直の三週を余は40度の高熱に冒されし為に病床に送った。
 …(大正10年)12月24日午後5時30分、余は休暇のため東京駅を立った。車中、余は胸痛を覚え、帰郷中ほとんど枕に親しんだ。
 1月10日、余は胸膜炎のために激動を禁止されたが、翌日よりの寒稽古に病と称えて出場者少なかりしを歎き、病を押して竹刀把った。…胸痛は次第に耐え難くなるのみであったが、『何糞』の元気を押し通して居た。   
 22日の夜、余は俄然高熱を発して病床の人となってしまった。28日、余は入院した。予期はしていたものの、病状の余りに重きに驚いた。下旬より3月上旬にかけて、余が魂は生死の間に彷徨した。
 …4月23日の早朝、余は自宅療養のために事故退院を許されて、6旬着慣れし白の病衣を脱ぎ捨てた。しかも羸弱の肉体はフラフラとして止まなかった。
 …しかして、(7月)28日、余は病後未だ恢復せざる身体なりしを以て摂政宮台臨の卒業式にも列し得ず、…。現実に獲たるものは病躯のみであった。しかも決して劣ることなき者等に抜きん出られし成績を見つめては、冷たき涙のみ流れた。」

 。。。ワクチン打ってから高熱に襲われ、運動で激甚的に身体を壊し、そして結局この後に病躯は全快せず、陸軍エリートコースから外れてます。
   嗚呼。勿体ない。あれ程の正義感に行動力、超秀才、文武両道、全て揃った西田税氏が、後に陸軍の幹部に在れば、その後の支那事変(1937年)も避けられたかも知れません。。。

 健康体の青年だった西田氏に激甚的病魔が襲った事と、陸軍中央本科が打ったワクチンの関係性は正直判りませんけど、再び上⇧の櫻澤氏の『東洋医学の哲学』(1955年頃)』を見て見ますと、⇩

 「…東洋医学でもワクチン法は、ホルモン療法と同様、千数百年前に発見されています。しかし、西欧のような実用法は用いられていません。ナゼナラ、ワクチン法は危険を伴うし、不完全でもあるし、原理も明確ではなく対照的になっているスベテの病気は、正食や基本食を実用するだけで完全に予防できますし、一般禁忌品を中止して、基本食をとるだけで治療されるからです。」
   
 この様に、東洋医学も元々ワクチン法を千数百年前に発見したが、実用されて来なかった理由は『危険を伴うし、不完全でもある』とはっきり解かっていたからで、それなら、西も東も含む『WHO(世界保健機構)』の昨今のワクチン押しは変な話です。しかし結局全部判ってやってるのでしょう、上⇧の様に『原爆後遺症』に東洋の食養法が効くってことも公認していたのに、今もって全然一般社会に普及なんかしてませんし。 

 しかし、やはり一番不思議なのは戦前の日本です。『千数百年前に発見した』が『危険を伴うし、不完全』だから実用してなかったモノを取り入れた。。?この背景をあれこれ考察すれば、案外こんな文章が当て嵌るような気がしないでもない。⇩

 「『西洋文明』という諸君(=西洋人)の科学的、唯物的、驚異的創造と同様、宇宙観に関する諸君の無理解(または神秘的傾向)は、第一にエディプスの時代までさかのぼる肉食生活の結果出来上がった、極陽性な生理学的体質に由来するのである。『西洋文明』は、その近代化され馴化された、最も殺人的な暴力、つまりあらゆる機械的、産業的手段を完備した『文明普及』軍を駆使して、全世界を文明化または植民地化した。
 …東洋人が諸君(=西洋人)の機械的、産業的方法や生活様式を採用したのは、実は植民地化されて、あらゆる政治と批判の市民的自由と、彼らの人間的尊厳に関するあらゆる権利と、すべての資源を経済的に政治的に奪い上げられてしまった後、ほかの生き延びる方法がなかったからなのである。」

 櫻澤如一著『ジャックとミチ』(1958年、パリ)

 要するに、肉食をして、機械的・産業的な軍を完備して植民地を獲得して行った西洋人のやり方を東洋人が摸倣する。摸倣する理由は結局、植民地化された後で尊厳、権利、自由、資源、経済、政治、一切合切を奪われ、他に生きる方法が無くなったからだ、という訳です。
 なるほど、これは仏領インドシナという植民地支配下に在ったベトナム志士達にとっては非常に納得出来る話です。何故なら、彼らが最も苦労し苦しめられたのが何よりも、フランス人に頭を垂れ忠実な僕として裏切り、変節、変貌、寝返り、策謀を行なった同じベトナム人の元同志達だったからです。。。

 あれ、、でも、そう考えると妙ですネ。🤔🤔
 日本は歴史的形式的には『植民地期』がないけど、明治維新以降、『政府の命』でどれだけの殺戮、弾圧、内戦があったか。大正、昭和に入れば無政府主義、共産主義、自由主義、宗教への弾圧。1925年からは『治安維持法』公布で誰も何も口に出来ず、直ぐに特高警察に逮捕されて拷問、死刑だったです。で、結局、支那事変から大東亜戦争突入で学徒まで動員し大量の戦死傷者を出し、最後は全面降伏して7年も本土を占領されましたです。。

 「なぜ、西洋の国々や、西洋人が征服したり植民地化したりした国々に、かくも多くの殺戮があるのだろうか?
 なぜ文明人たる西洋の人々は、彼らの行く先々で、かくも多くの戦争を作り出すのだろうか?仲間を殺すことは一つの犯罪であり、非常に遺憾なことだから、誰もそれを好んで犯そうとはしない!誰でも、激しい感情からか、あるいは感覚的、感情的低判断力がもとで罪を犯したあとでは償いをする。でなければ、その人は立派な精神病者であり、誤れる教育によって曇ってしまった最高判断力の犠牲者であるのだ!しかしながら政府が犯す罪は罰せられることがない。政府は償いをしないで、反対に戦争をするのだ。
 …政府は、宇宙の秩序を知らず、力を信ずる者によって構成されているが故に、戦争を始めるのだ。かかる政府によって動因された人民は、彼らの同胞を殺すことになる。人民がまた、宇宙の秩序について全くの無知であるのだ。」

 。。。こう見るともしかして『日本政府』は、戦前から西洋植民地下政府なのか。。。。😑😑😑🤐🤐🤐😅



 
 
 

 

 

 
 

 

 

 


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