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「潮が舞い子が舞い」最終巻読後の喪失感について考える

 西暦2023年8月8日。
 マンガ「潮が舞い子が舞い」の最終10巻が発売されました。

 私は電子書籍で購入して、8月8日の0時に読みました。
 翌日、本屋に行って、紙の本も購入して読みました。

 激しい喪失感を感じました。
 "潮舞いロス"と言ってもいいかもしれません。

 そんな気持ちになったのは一体なぜなのか。このマンガを紹介しながら、自分の感情を振り返っていきたいと思います。


1 「潮が舞い子が舞い」とは

 2019年4月より別冊少年チャンピオンで連載が開始された、海辺の田舎町に住む高校生達の青春群像コメディです。作者は阿部共実氏。

 マンガは1話完結のショートストーリー。
 毎回、総勢60名ほどの高校生(+関係者)のうち、数名がピックアップされて、彼らの何気ない日常が会話劇によって展開されます。
 
 このマンガの特徴は、1コマの文字数がとても多いこと。
 登場人物が持論をマシンガントークで語り合う言葉遊びのような会話劇。 一方で、文字の少ないコマも適宜挟むという会話の間の取り方が絶妙で、まるでコントや演劇を見ているような気分になります。
 整然とした理論によるそれまでの会話が、突然の率直な一言でぶち壊されたり、その逆に、無邪気な意見に対し、とことん理詰めでツッコミを入れる様子に思わず笑ってしまうのです。

 言葉選びも秀逸です。例えば、

・(食事の前に『いただきます』と言うことに対して)
 「あなたの肉声誰にも聞こえてないっすよ!特にこの亡骸の集合体の加工物にはぁ!」

とか、

・(高校教師が、昔の友人から『大人になったよね』と言われて)
 「どこが?人生ずっと学校で自分が大人になったなんて実感ねえな」

とか、センスあふれる台詞回しが満載です!

2 このマンガの魅力

 冒頭にも述べたように、このマンガの最終巻を読んで、私は激しい喪失感に駆られてしまいました。
 なぜ、こんなにもショックを受けてしまったのか。

 それはもちろん、このマンガのことが大好きだったからです。
 このマンガの特徴である文字数の多さは、それだけ登場人物の心情や、海辺の田舎町のディティールを細やかに描写することにつながっていて、読めば読むほど潮舞いワールドが具現化されていきます。

 けれども、この世界は決してリアルではありません。
 舞台は現実の都市がモデルにされていますが、登場人物はマンガのキャラクターらしく、素直で純真で、たまに突拍子もない行動をしたかと思えば、ある時は、哲学者のように達観した視点から、事象を観察したり、批判したり、自己分析したりします。
 こんな高校生や大人たちは現実には存在しないでしょう。

 リアルだけれどリアルじゃない青春群像『劇』。
 このマンガはやはり『劇』なのです。

 会話と"間"で進行する舞台。オーバーアクションな身振り、突如始まる登場人物の独白(モノローグ)、どこか演劇を見ているような。いや、どちらかというと脚本を読みながら、サイレント映画を見るのに近いでしょうか。

 このマンガはどこまでも台詞が主人公であり、登場人物とは切り離されているように感じます。例えば、このマンガのアニメ化は想像できません。どんな名役者でも名声優でも、潮舞いの登場人物が声を発するのは、それだけで違和感を感じさせます。

 このマンガは、絵と文字による世界で表現するために書かれたものであり、音や動きのある世界とは隔絶されています。
 現実世界で生活する私たちにとっては、この切り取られた世界が綺麗で、純粋で、だからこそ思い切り笑えてしまうのではないでしょうか。

3 連載マンガという表現の特殊性

 このマンガの最終巻を読んで喪失感を感じたのはもう一つの理由があります。
 それは連載マンガという表現の特殊性です。

 私達がどのようにして「物語」を受け入れるか。
 それは映画やTVドラマや演劇であったり、ミュージカルや音楽であったり、絵画、ゲーム、小説、アニメ、そしてマンガであったりします。

 それぞれの表現による物語の世界に入り込んでから終わりを迎えるまでの時間は一体どれくらいでしょう?
 絵画なら数分、音楽なら1時間程度、映画、演劇、ミュージカルなら2~3時間、小説なら2,3日、ゲームなら約1カ月、ドラマやアニメなら1クール(3カ月)。ですが、マンガの場合は、連載開始から終了まで何年もかかる場合もあります。

 マンガは、他の表現と比べて、「物語」を共有している時間が非常に長い表現手法です(小説は、文芸誌や新聞での連載もありますが、マンガほど多くの人が連載を追っていません)。
 連載期間が長いマンガほど、読者は多くの時間を共有しているため、その分だけ連載終了時の喪失感も大きくなります。
 映画や演劇等による「よい物語」との出会いはいわば"一目惚れ"であり、1クールのドラマやアニメなら"恋愛"となり、これがマンガの場合ならば”大恋愛”と言えるのではないでしょうか。

4 おわりに

 そんな私にとっての大恋愛であった「潮が舞い子が舞い」が完結してしまいました…

 とても読後感の良い最終話だったので、文句なしの作品です。
 また、一つのマンガ作品としてはどこかで区切りをつけなくてはならないので、連載期間約4年、既刊10巻で幕を引くというのは、むしろいい時期での完結だったと思います。

 が、そこまで頭で理解していても、感情面での喪失感は消えません。
 自分の夢を叶えるために海外に行く決意が固まった恋人を、涙を堪えて見送ってあげる…みたいな心境です。

 本当に素晴らしい作品なので、ぜひ手に取って、海辺の田舎町へ思いを馳せてみてください。


P.S.私の好きなキャラ

 ちなみに私の好きなキャラは、高校の男性教諭の那智先生です。
 新卒で高校教師になり、ずっと学校という閉じた社会の中で生きる那智先生。生徒からは友達のように扱われ、地域の年長者からは"おっさん"として扱われる、どこにも行けない、こどもと大人の間のような存在。

 そんな彼が生徒たちを見て言ったこの台詞がお気に入りです。

 "子供のあの激しい輝きを見てると もう自分たちが子供ではないことは はっきりしている"
 ”時々大人というのは鈍化することなのかもしれないと思う。 あるいはもうとっくに爆発した星の残光のようなものか"

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