雨の日の話①

明け方にもぞもぞと目を覚ます。
少し身体を動かして、手を伸ばして目覚まし時計を見てみると4時30分。
7時30分に設定した目覚まし時計は刻々と時間を刻んでいる。
もう1度寝ることを諦めたかのように、カーテンが引っ張って開けられた。
「んー、天気よくなるって昨日言ってたのに雨か・・・」
文義はため息と共に、呟いた。
「雨の日は髪の毛セットするのめんどくさいんだよな。でももう1回寝よう」
カーテンを閉めて、布団を頭からかぶり文義はもう一度寝ることにした。
しかし、雨が降っていたとは言え外を見てしまって目が冴えたのか寝付くことができず、結局5時に起きることになった。
「うわー。さっさと髪セットして、仕事前に喫茶店でモーニングでも食べよ」
1人暮らしの文義は家に朝ごはんがないため、仕事に行く前にコンビニのイートインか喫茶店で食べることがほとんど。
家で簡単なものを作った方がコストパフォーマンスが良いというのは分かっていても結局時間をお金で買ってしまうことが多い。
「ざざってシャワー浴びて、今日は内勤だから適当に髪セットでいいや」
シャワーを急いで浴び、髪の毛をセットして家をでた。
「なんでか分からないけど、雨の日って早く目が覚めることが多いんだよな」
独り言をぼそっと呟いても、時刻は6時過ぎ。周りにはほとんど人がいない。
最寄り駅まで15分の道のりを、大好きなスピッツを聞きながら歩く。
早い時間の電車だからきっと混んでいないだろうと考えると、雨の日で会っても、少しだけ心には晴れ間が出てくる。
心に晴れ間が出てくると時間の経過っていうのは不思議と早く感じるもので、気が付いたら職場の最寄り駅までついてた。
電車は予想した通り、空いていたので座ってスマートフォンで英語の勉強をすることができた。
職場とは反対側へ行き、喫茶店に入りモーニングを頼んだ。
「コーヒーはホットコーヒーとアイスコーヒーどちらにしますか?」
店員が文義に聞いてくる。
「ホットで。あ、砂糖とミルクはいらないです」
「かしこまりました。ではお席にお持ち致しますのでお待ちください」
席へ移動して、ボーっとする。
この喫茶店は、こうやって雨の日の早起きの際によく利用している。
チェーン店ではないが、朝早くからやっていてモーニングが500円でしっかりと食べられるのでお気に入りだった。
「お待たせしました。モーニングセットになります。
店員が運んできたモーニングセットにはハムと目玉焼きが乗ったサラダに、カリカリにトーストされた食パンとイチゴジャム・バター。
このカリカリトーストが好きで気に入っているところもある。
パンを頬張っていると、背が高いスタイルの良い女性が喫茶店に入ってきた。
「・・・・モーニングセット。ホットコーヒーで」
「かしこまりました。お席でお待ちください」
女性は注文をすると、文義の隣の席に座った。
そして文義を見て、突然言った。
「あなた、雨の人ね」
「?」
「そう。自覚がない人がほとんどだからね。私は雨の人が好きだけど」
何を言っているのか分からず、混乱した。
「んん。すみません、一体どういうことですか。というか、初対面ですよね」
「そうね。初対面ではあるけれども、初対面ではないのよ」
「いや、俺言葉遊びとか嫌いなんではっきり言ってもらえませんかね」
「朝ごはんを食べ終わったら話しましょう。私もこれから食べるのよ」
そういうと、女性は完全にそっぽを向いてしまった。
文義は少し気味が悪くなったが、興味が勝ってしまい結局コーヒーを飲みながら女性の食事が終わるのを待った。
まだ職場に行くまでには時間的な余裕があるから、問題ない。

女性の食事が終わり、文義は早速問いかけてみた。
「さっきの話はどういうことですか」
「あなた、雨の日は早く目が覚めるでしょう?そして、いつもとちょっと身体の感覚が違うんじゃないかしら」
「・・・・・そんなことないっすよ」
全てを見透かされているようだった。
雨の日の文義は程度の差はあれど、普段よりも確実に早く目が覚める。
そして、身体が自分のものじゃないような微妙にズレた感覚を覚える。
「あら。見栄を張るのね。男の子ってこちらでも同じなのね」
「別に見栄なんてはってないっすよ。本当になんなんですか」
少しイライラしながら文義が聞いた。
「私は雨側の人間なの。雨の日だけこっちの"正史"にくることができる」
急にSFのような話になって文義は気が遠くなった。
「聞いた俺が馬鹿でしたわ。仕事に行かないといけないんで失礼しますね」
そのまま、文義は仕事に向かった。
女性は文義のことをずっと見ていたが、文義はそれを無視して喫茶店を出て行った。

「滝本くん、今日はあまり体調がよくなさそうだね」
「そうですか・・・?正直に言うとちょっと気分が悪いです」
「無理はしないように。午後から半休にしてもいいから」
「いやでも、まだ仕事ありますし」
「一番大事なのは仕事ではなくて、身体ですよ」
「・・・ありがとうございます。お言葉に甘えて今日は午後からお休みをいただきます」
上司から指摘され、午後の半休申請をしてからトイレへ向かって顔面蒼白になっていたことに気が付いた。
喫茶店で指摘されたが、今日は一段と身体のズレが酷かった。
右腕を動かそうとすると、右足が動いてしまう。そんな感覚に近い。
それでも、出来る範囲で午前中の仕事を乗り切った文義はお昼休憩の開始と共に、早々に会社を後にした。
駅に着くと、朝に喫茶店でへんちくりんな話しをしてきた女性がいた。
「待っていたの。たぶん私と話したことで今日は一段と身体がズレているだろうから」
女性は相変わらず変なことを言ってくる。
ただし、合っているので何も言い返せずいると急に手を引かれて歩き出した。
「ちょ・・なにやってるんですか」
「詳しい説明をするから、またあの喫茶店に行くわよ」
「いや。俺体調悪いんで帰りたいんですけど」
「その原因を解決してあげるって話よ」
良く分からないけれども、拒否をする体力もないのであきらめた。
喫茶店でホットコーヒーを頼んで、席についた。
席に着くなり、早々と女性が話を始めた。
「まず、この世界は紙一重で存在しているの」
「そうなんですか」
「今私たちがいるのが"正史"っていうもので、言ってしまえば表の世界ね」
「表の・・・・?」
「そう。表の世界」
「そして、私が本来いるのが裏の世界。"偽史"、通称雨の世界」
「雨の世界って朝も言ってましたね。どういうことですか」
文義はとりあえず話だけ聞けば帰れると思い、話を促した。
とにかく今日は身体のずれが酷くて、早く帰りたい
「偽史はずっと雨が降っているの。そして"正史"で雨が降るとその時だけこっち側に来れるの。ただし、一部の人間だけ」
「一部だけ・・・?良く分からないですね」
「そこは色々あるのよ」
「それで、俺の今の状態と何が関係しているんですか」
「そうね・・・少し残酷な話しかもしれないけれども落ち着いて聞いて欲しい」
落ち着いているからとにかく早く帰らしてほしい。
文義はただその一心だった。
「あなたは元々偽史の人間なの。何もかもが一緒、心が違う人の身体の中に何かの拍子に入り込んでしまった。だから、雨の日は身体がズレたようになるのよ」
「んんん?お姉さん、面白いこと言いますね。生まれた時からずっと俺は俺ですよ」
「それはあなたの中では、そうでしょうね」
女性は少しあきれたように、ため息をついた。
そして、コーヒーを一口飲んで髪の毛を耳にかけて文義の方を向いた。
「あなたは、私の弟なのよ。だからずっと探していたんだけれども雨の日だけっていうことのせいでずいぶんと時間がかかってしまったわ」
全く持って理解できないことを言いだした。
文義には確かに姉がいるが、こんな女性ではない。
どちらかと言えば可愛い小動物系の姉だ。
ただし、もうずいぶんと会っていない。
両親とも会っていない。それどころか、いつから連絡を取っていないか、顔も思い出せなくなっていることに気が付いた。
しかし、文義はそんなことを受け入れられずに反論する。
「確かに俺には姉がいますけど、小動物系の可愛い姉ですよ。お姉さんみたいにクールなタイプではないです」
はっきりと、否定をした。
それも強い意志を込めて。
女性は少し、悲しそうな顔をしたがすぐに元に戻った。
「わかったわ。それじゃああなたの記憶を思い出させるわ」
「ただし、それは二人の二つの記憶だから心が耐えられると良いのだけど」
女性はそういうと、文義の手を引いて喫茶店を出た。
雨は土砂降りだった。
「お姉さんどこに向かうんですか。俺、今にも吐きそうなんだけど」
「それは言わないわ。言ったらあなたは逃げるから」
「逃げないですって、とにかく帰らしてください」
女性は決して文義の手を離さなかった。
小さな公園について、一言女性は言った。
「今から、雨の世界に行くわよ」

続く

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