愛おしき日々(短編小説)

────西暦3×××年

目覚まし時計のベルが部屋中に鳴り響く。
【起きる】という行為はもはや自動化されて久しいが、一部の人類は今でも骨董品と化した目覚まし時計を使用している。

「ん・・・」

目覚まし時計ににゅるりと手が伸び、音を止める。
そのまま起き上がるかと思えば、再び枕に顔をうずめ込んだ。

「起きたくねえ」

独り言が部屋の中に響き渡る。
そんな独り言をまるで待っていたかのように部屋の扉が開いた。

「新様。午前8時になりました。起床の時刻です。いまだに目覚まし時計や起こしてもらうという旧態依然とした方法を取られているのですからきちんと起きていただきたいです」

かなり辛辣な言葉が並べられる。2200年頃から急速に普及し、今ではほぼすべての家庭に導入されている家事型AIだ。目覚まし時計という骨董品を使用している人類のわりに、昨年販売が開始された新型を使用している。

「クリス、その言い方はいささかきつすぎやしないか。仮にも主というか家族だろ」
「いいえ、新様。2000年代のホームドラマではこのような少し辛辣な言い方が"ツンデレ"として流行ったようです。古いもの好きの新様ならきっと好きだと思いましたので導入してみた次第です」
「いやそれは"ツンツンデレデレ"だから、二人っきりの時はデレて欲しいんだよ」
「なるほど、そういう意味ですか。勉強になりました。では、もう~新様!早く起きてくれないとせっかく私が作った朝ごはんが冷めちゃうよ!ま、まあ別にた、食べなくてもいいんだけどね!」
「おお、さすがの学習能力だな。棒読み感が凄いけど。うん、わかったよ起きる」

ベッドからのっそりと這い出て、いそいそと着替える。
リビングにはしっかりと朝食が並べられていた。
納豆、白米、みそ汁、銀鮭、味海苔、目玉焼き。オーソドックスと言われる朝食だ。

「いただきます」
「はい、召し上がれ」

白米を口に運びしっかりと咀嚼する。米が持つ甘味が口の中いっぱいに広がり幸福感が増す。

「なあクリス」
「新様。お食事中の会話はいささか行儀が悪いかと」
「まあいいじゃん許してよ。こんだけさ科学技術が進歩して、ほぼ病気も撲滅されたじゃない?」
「ええ、そうですね。今はもはや病院という概念すら存在していません」
「でもさ、食事ってのはまあ傘と同じで特に明確な進化ってないよね」
「・・・否定ができません。もっとも、レーションのように栄養吸収を超効率化した食事も出ておりますし、その気になれば食事を不要にすることもできます」
「でも、それだとなんか世界が灰色にならないかな。僕は食事が凄く楽しいんだよね」
「新様はどちらかと言えば2000年代の人類に近しい感覚をお持ちの珍しいタイプだからだと思います」
「そっか。まあなんというか突然変異的にこういう僕みたいなタイプが出てくるのもいかにも人間って感じがするよね」
「そうですね」

そこで会話が終わり、新はテレビを立ち上げた。
広いリビングの空間に画面が突如として現れそこに映像が映し出される。

『────科学技術がどれだけ進歩しても、やっぱり天災には敵わないのです。おおよそあと1週間程度で超巨大隕石が地球にぶつかります。そうなれば地球は再び寒冷期に陥り地表で生命体が活動する事は難しくなります』

テレビではコメンテーターと呼ばれる人が熱弁をふるう。

「そっか、隕石衝突まであと1週間か。まあ仮に地球上で生活ができなくても今は地下施設が整ってるから危機感を感じないなあ」

『しかし、人類の英知はこの天災にも打ち勝つために超大型地下施設を作成しました。隕石が地球にぶつかり、地表が寒冷化されても地下施設で問題なく生活をすることができます。つまり人類は滅ぶことなく、またいつの日か地表で文明を築くことができるでしょう』

コメンテーターの人の話が終わった。危機感を煽るのではなく、人類のすばらしさを語るだけの全く面白味の無い話だった。それはそれとして、一つ新に疑問が生まれた。

「クリス」
「はい、なんでしょうか新様」
「そういえばなんだけど、宇宙への進出計画はどうなったの?」
「平成から令和の時代にかけて月の土地を購入した人の末裔達がムーンコロニーの建設を進めておりましたが隕石との衝突までには間に合わないと推測されています。また、政府が進めていた火星移住計画も頓挫しています」
「こんだけ技術が進んでも結局はアニメや漫画みたいに宇宙への進出は出来ないのか」
「宇宙進出まではあと500年から1000年はかかるかと。地球と同じ環境であるコロニーを作る技術はあってもそれをかなえるエネルギーと素材がありません。それと新様はお好きな話だと思いますのでお伝えいたします。かの有名なドラえもんの開発もできたとして4000年代に入ってからではないかと言われています」
「クリスみたいなAIはもはやドラえもんだと思うけどね」
「異論はありません。ですが、ドラえもんの肝である秘密道具と四次元ポケットの開発にはどう見てもあと500年はかかるとされています。ドラえもんという猫型ロボット自体は今の技術でも十分可能です」
「なるほどね。確かに四次元ポケットが無いドラえもんはドラえもんとは言えないや」

話をしながらも食べ進め、食事が終了した。

「新様」
「はいはい」
「いつもの、後輩さんがお迎えに来ています」
「あいつ・・・来なくていいって言ってるのにな」
「後輩さんも新様と同じく、2000年代寄りの珍しいタイプかと」
「そうね、だから気が合うんだろうし。じゃあ行ってくるわ」
「はい、いってらしゃいませ新様」

家を出るとすぐにそいつは居た。

「先輩、おはようございます!」
「ああ、おはよう後輩」
「今日もまたクリスさんに起こしてもらったんですか?」
「そうだよ。なんか規定起床って面白味が無いというか、寝た気がしないんだよ」
「わかりますよ~私も毎日ニコに起こしてもらってますし」

二人は肩を並べて地下鉄へと移動する。

宇宙への進出に想定以上の時間がかかると判断した全世界の人類はこぞって【地下】への進出を目標とした。上がダメなら下といういつの時代も変わらない思考。各国が競い合って地下施設を作ろうとしたがそれ以上に土地の利権を争って再び世界大戦が勃発しそうな空気になった。

そんな折に、極東の島国である日本が各国に向けてスピーチを行った。
『人類の目覚ましい科学技術の進歩によって3×××年には間違いなく超巨大隕石が地球に衝突するという事を推し測る事が出来ました。それに備えて各国が地下施設の拡充に勤しんでいるかと思います。しかし、我々がすべきことはバラバラに進めるのではなくまさに今こそ人類すべての英知を出し切り、手を取り合うまでとは言わずとも、協力をするべきです。このままでは不完全な地下施設となり結局すべてが水の泡になります。人類は滅んでしまう。それは我々人類が避けなければいけない、最も重要な事です。だからこそ、だからこそ、全ての人類の力をここで重ねあってみませんか』

このスピーチは瞬く間に世界に広がり、もちろん一部からの反発は大きかったがおおむね好評に捉えられ、【地球連邦政府】と呼ばれるものが誕生した。アニメや漫画の世界でしか存在しないだろうと思っていた連邦政府が現実になった。そこからの進歩は早かった。隕石衝突まで1週間と言われているのに、未だに地表でのんびり生活している人が多いのはギリギリまで地表で生活していても問題なくすでに完成した地下施設へ避難することができるとわかっているからだ。

「先輩~」
「ん。どうした」
「今日の仕事めんどくさいです」
「ああ・・・。まあなんというかいつの時代も仕事ってのは無くならんのだ。大変残念な事だけども」
「なんでですかねえ?今なんてAIがめちゃくちゃ優秀じゃないですか。だからAIになんでも任せちゃうのも手だと思うんですよね」
「ほら、歴史で習っただろ。2800年頃だっけか。AI大失敗」
「ああ、そっか。ヒューマンエラーと同じで進歩したAIにもシステムエラーがどうしても一定確率で発生するんですよね」
「そう。それならもうヒューマンエラーも織り込んだ状態でAIにサポートしてもらいつつ人類が仕事を全うした方がミスが無くなるというね」
「なんというか支えあいですねえ。どんだけ進歩しても完璧で究極にはなれないわけですね」
「そうだな~」

地下鉄は会社の最寄り駅に到着した。
ビルの5階に二人の会社のオフィスが存在してる。
オフィスや出社という行為自体がもはや化石となっているがそれでもやはりどこかに集まって仕事をするという事が効率がもっともよく最適解だと考えている人達も一定数居る。そのため、出社して仕事をするというスタイルが今も残っている。

「さーて、今日も一日頑張りますかね」
「そうですね!あ、先輩。今日のお昼は先輩の奢りって約束忘れてませんよね?」
「え、あ、ああ忘れてないよまた昼にな」
「むむ、あの顔は絶対に忘れていたな・・・まあ許しましょう」

新はAIと共に様々なシステムの管理を行っている。
管理とは名ばかりで、つまるところ異常が無いかを一日見張っているだけだ。しかし、この見張っている作業も意外に無駄ではなくやはり日によってはエラーが多く出る事がある。そうなると現場にAIを送り込んだりしなければいけなくなるため忙しくなる。

「今日は一日暇であってくれよ・・・」
「新さん、おはようございます」
「あ、ネロさんおはよう」
「同僚AIなんですから呼び捨てで結構ですよ」
「いやいや、同僚って言ってもこの仕事はネロさんの方が長いんだから。敬意は必要でしょ」
「本当に新さんはなんというか旧態依然としていますね」
「それ、褒めてます?」
「半分は褒めていて半分は呆れているんです。さて、今日もお仕事頑張りましょうね」

昼時になり、一段落した所で新のデバイスに1件の連絡が入る。
腕を軽く振り、目の前にディスプレイを表示する。相手は後輩だった。

「せんぱーい!一段落しました?」
「ん、ちょうどいま落ち着いたところだよ」
「よっし!じゃあランチ行きましょ!!今日は私は洋食の気分です!」
「わかった。今から下に降りるから待ってて」
「はーい!では後ほど~」

再び腕を軽く振りディスプレイを閉じる。

「ネロさん。一段落したし、お昼に行ってきますね」
「はい、行ってらっしゃい。私も今のうちに充電しておきます」
「充電って単語を使うあたり、ネロさんも僕と同じタイプだと思いますよ」
「そうですね。2000年代への憧れはありますので。お昼、楽しんできてください」
「はい。いってきます」

部署から出た直後に再びディスプレイを立ち上げ、クリスへ繋ぐ。

「どうかされましたか、新様」
「クリス、今すぐ調べて欲しい。会社近くの美味しい洋食屋を」
「ああ、後輩さんに言われたんですね。わかりました10秒ください」
「頼む」
「・・・はい、いくつかピックアップしました。送信はどうしますか?マップにするかデータにするか」
「マップで送ってくれ。多分そっちの方が喜ぶ」
「承知しました。では、マップデータをお送りしておきます」
「ありがとう」

ディスプレイを閉じ、下へ移動する。

「あ、先輩来ましたね!」
「すまんな少し待たせてしまって」
「いいんです、全然待ってないですし」
「じゃあ行くか」
「お、その感じはもうお店も決まっている感じですね?」
「ああ、優秀なクリスがね調べてくれたんだ」

再びディスプレイを出し、地図を表示する。

「わー地図だ!良いですねえこのワクワク感」
「ワクワク感は凄くわかる。徒歩2分だからすぐそこだ」

二人はすぐ目の前にある洋食&喫茶と書かれた古い建物に入っていった。

「こんな近くにこんなお店あったなんて気が付かないもんですね」
「そうだな。食に興味があっても、お店を探すって行為はAIに任せがちだからね」
「ですね~」

二人が席に着くとすぐにアルバイトと思しき人が来た。

「いらっしゃいませ。今日の日替わりランチはビーフオムライスです」
「あれ、もしかしてAIじゃないですよね?」
「はい、私は人類です。古いお店が好きでして、マスターに頼み込んでここで働かせていただいているんです」
「は~!先輩!私達みたいな物好きってまだまだ居るんですね!」
「おいこら後輩、物好きって言うな失礼だろ」
「あはは。私は気にしないので大丈夫です。では注文が決まったら呼んでください」

二人にお冷とお手拭きを渡して彼女は厨房へ戻っていった。

「まあここは日替わり一択ですよね」
「間違いないな」
「それにしても、今時情報送信注文じゃないって珍しいですよね」
「珍しいのレベルじゃないな。僕が使っている目覚まし時計よりも化石化しているよ」
「確かにそうですね、では注文しますか。お姉さーーん!」
「はーい!ただいまお伺いしますね」

日替わりランチを注文して、待つまでの間やはり話題になるのは隕石の件だ。

「先輩は隕石についてどう思われてます?」
「どうって言うのは?」
「まあつまるところ、あの地下施設で果たして本当に耐えられるのか」
「うーん、少なくとも人類全滅っていうのは無いんじゃないかなと」
「ふむふむ。一部は残ると」
「うん。世界規模で考えた時にね、被害が激しい場所と多少なりと被害が小さい場所が出ると思うんだよ。だから完全滅亡は避けられるんじゃないかなって」
「確かにその考えは納得できますねえ」

後輩は顎に手を当てながら探偵のように頷いた。
しかし、納得しているようには見えない。
つまり、それなりの考えがあると推察される。

「じゃあ、後輩の考えはどうなんだよ?」
「うーん、私はぶっちゃけ全滅は避けられないと思うんですよね」
「マジか」
「ええ。だって、今まで生命って何度も全滅してきてるんですよ。その度にまた新たな生命が生まれてってサイクルじゃないですか」
「まあそうだね」
「いくら科学が発達したとは言え、宇宙というまだまだ未知な世界に移住ができなかった時点で多分一旦終わりなんですよ。人類は。」
「急に真面目でちょっと怖い事言うじゃん」

そんな話をしている所に日替わりのランチが届いた。
冷めないうちに二人はもくもくと食べ進め、食後にコーヒーをお願いした。
コーヒーはすぐに出てきて、ゆっくりと飲みながら同じ話題の続きを話した。

「んで、後輩的にどうなるんだ」
「なにがですか?」
「人類、もとい地球が」
「寒冷期にはなると思いますし、微生物等を除く生命は基本全滅じゃないですか?」
「種として耐えられないと?」
「まあそうですね。深海生物とかまではさすがに私も知識が無いのでわかりかねますが。霊長類は知性が高くても素の防御力は低いですからね」
「そうか、ってなると僕の人生もあと1週間かもしれないんか」
「あ、それなんですけど、」

後輩が何かを言おうとしたタイミングで各々の端末に速報が入り強制的にディスプレイが立ち上がった。

『隕石に関する緊急ニュースです。地球連邦政府からの配信をご覧ください』

『人類の皆様。端的に申し上げます。隕石の軌道と速度が大きく変わりました。あと1週間とお伝えしましたが明日未明には衝突するようです。ですので本日中に地下施設への移動をお願いいたします。慌てる必要はなく、全員が地下へ移る事ができますので、落ち着いて荷物の準備と共に定められた地下区画へ移動をお願いいたします。繰り返します────』

「おお、マジか」
「やっぱり・・・」
「やっぱりってお前」
「何となく嫌な予感がしたんですよ。女の勘ってやつですかね?」
「男女関係なくシックスセンスは無いって300年前に証明されただろ」
「てへ。そうでしたね。まあでも慌てる必要はないですし、もう少しおしゃべりしませんか」
「まあいいよ。ネロさんに一本連絡しておく」
「あ、私も一本だけ」

二人はさっと同僚への連絡を済ませた。
即座にお互い返事があったようだった。

「多分同じ返信だな」
「ですね。今日の仕事は終了。避難準備を始めたし、ですって」
「まあそりゃそうだわな。お店は・・・まだ大丈夫そうだ」

先ほどのアルバイトの人がこっちを見て大きく〇のサインを出しているのでまだ居てもいいということだろう。

「さて、なんの話だっけか?」
「人類は滅びるのかって話ですね」
「ああ、そうか後輩はそう思っているんだろ?」
「ですです。人類に限らず基本的な生命体は一旦滅びるかと」
「そっかーなんかそれはちょっと寂しいな」
「寂しいですか?」
「ああ。寂しいよ。だって、ここまでの歴史と積み上げてきた記憶の全てが無に返るわけだろ?それはさ、さすがに寂しいよ」

新は本当に寂しい気分になったのか顔が陰った。
後輩は申し訳ない気持ちになりつつも、持論を述べた。

「でも、先輩。歴史はちゃんと残りますよ?」
「どういうことだよ」
「私達の記録がこの地球にされているんですよ。みんなが忘れがちですが地球だって広い意味で捉えれば生きているんですよ」
「たしかしにそうか」
「ですです。もちろん今回の隕石衝突で地球も生命体として大きなダメージを受けるとは思いますが、それでも各々の生命体が居たという記録は残るんですよ」
「記録・・・ね。記憶ではないんだね?」
「記憶ではないです。記録です、いつか引き出すことができる情報の一つとして地球も捉えているのではないかと」
「情報として引き出せる・・・?」

新は後輩が言う内容を推し測ってみた。
つまり地球は生命体でもありつつ大きい一つの記録媒体と捉えている。
情報の出し入れがどのようにできるのかはわからないが記録されているのであればいつしか同じ情報が引き出されるのではないか。

「ふふーん。先輩は今同じ情報としてまた使われるって考えてしますね?」
「あ!?」
「お見通しです。嘘ですつぶやきが口から洩れていました。まあ私もそう考えているんです。ただ、全く同じ情報ではないんですよね形を変えるんですよ。それが遺伝子って言うやつだと思うんです」
「はーなんだかちょっとロマンチックな考え方だな」
「どんな時代でも女の子はロマンチックが好きなんですよ!」
「その考えが古いんだけどな笑」

二人はケラケラと笑いあった。
どんだけ科学が進歩しても、解明できない事はあるし、できていない事は山ほどある。結局宇宙に進出できていないし、もっと言えばそもそも地球という星の事すら分かっていない事が多い。でもそれは棚上げされている。

「まああれだな、後輩の言う通りもし地球に記録されているんだったらいつの日か所謂デジャヴみたいな感じでまた後輩と再会できるかもしれないな」
「・・・・ふふ。なーんだ、先輩も十分ロマンチストじゃないですか」
「お前の影響を今受けただけだ」
「そうですか、素直じゃないんだからー。さて、さすがにそろそろ出ましょうか。多分滅亡すると考えている派の私も一応地下施設には移動したいので荷造りがありますし」
「そうだな、お会計して帰ろう」

店を出て、会社には戻らずそのまま地下鉄へ。
同じ場所ではないが近所に住んでいるから最寄り駅も同じ。

「ねえ先輩」
「ん?」
「さっきの記録の話ですけど、AI達はどう思います?」
「そうだな、記録理論で行けばAI達も漏れずに記録されているんじゃないかなって思うよ」
「やっぱりそう思いますよね。さすが、私の先輩です」
「地球の記録って多分生命体に限らず無機質も全て記録しているとおもうんだよなきっと」
「その心は?」
「母なる大地だから、かな」
「くう~先輩もロマンチストっぽくなってきましたね!」
「おまえ、馬鹿にしてるだろ」

最寄の駅に着き、二人はそこから違う所へ向かう。
近所とは言え、場所が違うため地下施設での区画が異なる。
仮に隕石の衝突を耐えきったとて、再会できるのはいつになるのかわからない。区画間の移動が禁止されているわけではないが、推奨はされていない。
ある程度落ち着けば地表と変わらず、移動が可能になる事は分かりきっている。そのための地下鉄でもある。

「じゃ、先輩。私はこっちなんで」
「ああ、俺はこっちだ。あ、後輩」
「なんですか?」
「ニコさんにもよろしくな」
「先輩もクリスさんによろしくお願いします」
「じゃあ、またそのうち地下施設かもっと先の未来かどっちかで」
「ですね~!」

お互いが背中を向けあって歩き出した直後、後輩は振り返って大きな声を出した。
「先輩!!!」
「ん?どうしたー?」

新は声の方を向いたが逆光で顔が見えない。どんな表情をしているんだろうか。
「先輩は最後まで先輩でしたね。最後まで頑なに私の名前を呼ばなかった」
「・・・別に頑なってわけでも」
「じゃあ私の名前分かりますか?」
「そりゃあ・・・ん・・・・」
「苗字しか知らないでしょう。本当にもう・・・」
「すまん」

新は後輩の方を向いているがうつむいてしまった。
これだけ懐いてくれている後輩の名前を知らなかったなんて。

「新さん!!」
「!?」

後輩はいつもと違う、初めての呼び方をしてきた。
最も、それも不思議と初めて呼ばれたような気がしなかった。
「最初で最後ですからね、耳の穴かっぽじってよーく聞いて覚えていてください!!」
「ああ!」
「私の名前は美咲ですからね!!!!」

────西暦2×××年 とある記録
「新さん、また残業してるの?」
「ああ、××さん。いやそうなんですよどうしても終わらなくて」
「もう、早く帰りなさいって言っているでしょ。上司命令よ」
「いやでも、この作業は今日中に終わらせないと」
「はぁ・・・仕方ないわね手伝うわよ。あなたの残業が多くて私が怒られてしまうのよ」
「すみません」

とあるオフィスビル。時刻は22時。社内に残っているのは二人だけ。
PCに向かってひたすら作業を続けていく。
「新さん、あなた私のお願いしている以外にもたくさん仕事を受けているでしょう」
「あ、えっと、はい。でも、その無理はしてないです」
「まず仕事を受ける前に私に相談してください。上司なんだから。最も、新さんに仕事を振る人達もまず私に一報入れなさいって話なんだけどね」
「すみません」
「さて、私の方は大体終わったわよ。そっちは?」
「はい、僕の方も終わりました」
「よーしじゃあ戸締りして帰りましょう」

二人がオフィスを出る頃には22時30分を過ぎていた。超過残業だ。
駅までのおおよそ15分の道のりを二人は肩を並べて歩く。

「あの、今日はありがとうございました」
「いいわよ、別に。なんかね」
「はい?」
「新さんってほっておけないのよ。こういうの庇護欲って言うのかしら」
「大人になって庇護欲を掻き立てるような情けなさなが抜けてないんですね・・・」
「そこまでネガティブな意味じゃないわよ。まあ母性とも違うだろうし」
「さいですか・・・・」

二人の会話はそこで途切れ、再び無言で歩く。
無言に耐えられなくなったのか、新が言葉を発した。

「××さん」
「どうしたの?」
「××さんはもし人類が滅亡するってなったらどうしますか?」
「なにその陰謀論みたいな話。まあいいわ。そうねえ、私はね人類が滅亡しても地球に記録が残っているって考えているのよ」
「記録ですか」
「そう。アカシックレコード的なね?」
「ということは仮に全部滅んでも、いつかはまたその記録が引き出されると?」
「そう。でも、全く同じじゃないのよ。多分地球っていう記録媒体は完全じゃないのよね。だからある程度は同じだけど違うっていう。まあ生命体の遺伝子みたいな物よ」

新はその話を聞いて感心してしまった。
この上司は仕事ができるだけじゃなくて、幅広い知識も持っているのかと。

「なるほど。例えばですけど、デジャヴってあるじゃないですか?」
「あるわねえ」
「あれが記録の一部で、でも全く同じじゃないから完全に覚えているわけじゃない。けれどもその時の変化した記憶が呼び起こされる、的な事ですか」
「まあ、大体はそんな感じね。あくまで私の考えだけど」
「とっても勉強になりました。僕はもう滅んだらそれで終わりだと思っているので」

新の発言に上司は苦笑いをしていた。
いかにも新らしい考えだったからだろう。
そしてその意見も別に否定をする要素が何もない。

「全くそんな悲しい事は言わないの。せっかくだし、またいつか別の所で出会うかもしれないんだから私の名前をきっちり憶えておきなさいね」
「は、はい。えっと改めてその、お名前を・・・」
「あなたね・・・上司の名前くらい憶えておきなさいよ」
「すみません。苗字は覚えているのですが」
「・・・仕事の関係者だとそんなもんよね。最初で最後だから、耳の穴かっぽじってよーく聞いて覚えておきなさいよ」
「はい!」
「私の名前は美咲よ」

────新暦5××年 とある図書館にて
『西暦3×××年に超巨大隕石が地球に衝突しました。人類は隕石衝突に向けて様々な工夫を凝らした地下施設を作成しました。理論上は衝突する隕石の衝撃やその衝撃による寒冷化の影響も受けない施設になっていました。しかし、事実は小説より奇なりという過去のことわざがあるように衝突した隕石の衝撃は理論値を大幅に上回りました。ほぼ全滅してしまい、当時の最新式AI数体とごくわずかな人類のみが生き残りました。地下施設は全滅したわけではなかったので生き残ったAIと人類は手を取り合って寒冷期を乗り越え、そして再び地表に出て新暦をスタートさせたのです』

記録された映像と文章を読んで新は首を傾げた。
「どうして、全滅を避ける事が出来たんだろう?」
疑問を口に出すと、図書館司書の女性が近くに来て答えてくれた。

「それはね、世界規模で見た時にね、隕石の衝突による被害が激しい場所と多少なりと被害が小さい場所があったからよ。それは当時の地球連邦政府も想定外だったみたいね。どれだけ科学が進歩しても、わからない事っていうのは必ずあるのよ」
「美咲さん!!」

新は嬉しそうに美咲に駆け寄った。

「新くんは本当に歴史が好きなのね」
「うん。だって、歴史を知る事は自分たちの事を知る事でもあるから」
「そうね、目に見えるものだけじゃなくて、過去も未来も全てが自分たちに繋がる記録だからね」
「記録?」
「この話はまだ新くんには難しいわ。もう少し大人になったら改めて説明してあげるね」
「うん!とっても楽しみ!!!」

笑顔で返す新にはうっすらと記録がアップデートされている。それは地球が気まぐれで引き出した情報なのかもしれない。

明確にはっきりとはわからないが、会社と呼ばれる所で美咲と呼ばれる上司と残業をしたこと。美咲と呼ばれる後輩と古き良き喫茶店で隕石衝突について話をしたこと。

でもそれは新の記憶ではなく、地球の記録だ。
それに新が気が付く事はきっとこの先もない。

「でもね、この夢みたいな妄想みたいな嘘みたいな物もきっと本当の事なんだと思うんだ。だから僕は絶対に美咲さんの事は忘れないよ」

新は誰に言うでもなく、ぼんやりと空に向かって呟いた。



この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?