見出し画像

幸せの感じ方

ピコン

普段はラインの通知を切っているけれども、久しぶりに連絡が来ると通知がなる。大学時代の親友からの連絡だった。
今年予定していた結婚式がコロナウイルスの影響で来年に延期することになった。その友人がグループラインに連絡をしてきて、被せる形に大学の時に無茶苦茶お世話になった先輩からも連絡。

ピコンピコン

『結婚式はする予定無いけど、来年4月に入籍することになりました。』
先輩は大学院出てから、ずいぶんと彼女がいなくてかつ遠方にいる。
だから東京に帰ってきた時に「さっさと彼女作りましょうね!というか東京に帰ってきて彼女つくりましょう!」って半分冗談で言ってたら、昨年末に彼女出来て帰ってきて、その勢いでそのまま結婚したみたい。

大学の時に研究室で仲良かった男陣は私を除いてほぼ結婚した。
結婚はしてないけど相手がすでにいたりしてる。ほとんど接点がない後輩とかはどうか知らないけどもそんな感じ。

ピコンピコンピコン

またラインの通知。
グループに入っているみんなから先輩へのお祝いの言葉。
もちろん、私も素直におめでとうございますって言えました。
人の幸せを素直に祝えるくらいには、ちゃんと人間的に成長をしたと言いたい。

こうなってくると「がわは彼女いないの?」ってところから「何だかんだ彼女(or奥さん)がいるのは良いよね」って話が十中八九あった時に出てくる。大学の時の親友は「女の子紹介してあげるよ!」って言ってくれてから丸1年経った。まあ期待はしていなかったけれど。

人によって幸せの感じ方って色々とあると思う。
そりゃあ私だって彼女欲しいし、いつか結婚できるような相手が見つかったら良いなって思う。けど、今いないということに対して可哀そう的な感じで見られたり幸せじゃないんじゃないというような話をされるのは好きじゃなくって。

実際、彼女がいた時は楽しかったし間違いなく幸せだったんだと思う。
(ここで書いている彼女は以前noteに書いた結婚した彼女ではなくて、マッチングアプリでお付き合いした方です)
何だかんだほぼ毎週会って、どっかに出かけたりしていたし。
お互い人込みが苦手だったから、一緒に本屋行って入店した時点で別れて好きな本買ってから合流して喫茶店に行ってその本読んだり。

音楽の趣味は違ったから、お互いのオススメとかを話したり。
ただただ街中を2時間くらい散歩するだけとかもやってた。
書き起こしてみれば、それが苦痛ではなく楽しかったなって思い出にしかならなくてそれは=幸せだったっていうことなんだと思う。

でも今彼女いないけど、楽しみはあるし幸せだなって思うことも多々ある。
例えば、SNSを通して仲良くなった人と色々な話しをしたりすること。
コロナウイルスの影響で、実際に会ったりすることは憚られるけれどもそれでも落ち着いたら話そうねってなっていたりする。

銭湯が好きって言う事から様々な広がりがあって。
これはきっと、所謂「普通」って過ごし方をしていたら出会えなかった方々が沢山いて、そんな方々と話しができる今は間違いなく幸せ。

時間だけはたっぷりあるから、沢山本を読める。
これも私個人としては幸せ。あちこち出かけたりするとどうしても本を読む時間が無かったりするけど今はそれができることが幸せ。

銭湯に行って、高い天井を見上げながらぼーっと湯船に浸かっているときに「あ~幸せ」って声が漏れていることも多々ある。

マウンティングとかではなくって、純粋に大学時代の友人達よりもきっと私の方が友達の幅が広くなったと思う。これは胸を張って、声を出して言える。素敵な人達と友達になれていますと。これは幸せなことですと。

ただ、この幸せはきっと大学の友人達が言うところの幸せとはまた少し違ったりしているのかなっても思う。
結局のところ、本人が「あ~~今幸せだなあ」って思える状況や物事が一番大切なわけ。だから、あんまり人に干渉しすぎるのも良くないなって感じてしまった。

友人の結婚式延期、先輩の入籍報告から付き合っていた彼女の事を思い出して、『そういえば片頭痛持ちで、しょっちゅう体調崩してたなぁ。今の季節ちゃんと休み休み仕事してるかなー。というか、良い男見つけて幸せになってればいいなあ』

なんてことを思って、幸せの定義ってやつについてつらつら書いてみた。
とはいえ、これだけどどどってラッシュが続くと何となく謎の焦りも出ちゃうよね!!そういう幸せってやつも掴みに行こ!!

つっかもうぜ!!ドラゴンボール!!

がわ


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?