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終末世界の英雄譚 第8話 電撃の抱擁(ほうよう)

叫びを聞きつけて宿屋を飛び出すと、村の真ん中の井戸のあたりに、村人が群がっている。

「こうなったら、もうダメだろ。早く殺さねば、オイラたちが殺されるぞ」 
「だから言ったんだ。余所者は、災いを招くって」

物騒な発言に、クロードは眉をひそめて辺りの様子を伺う。
村人たちの手には棒切れを持っており、その先端にはで真っ赤な液体が滴っている。
近寄ると散歩で疲れた犬のような、激しい息遣いが聞こえた。
何が行われているのか、年端もいかない子供でも分かる。
知りたくない、見たくない。
心の中でそう思っていても、人というのは好奇心には勝てないらしい。
叫びが鼓膜を震わせる度に、嫌でも視線はそちらに向いてしまう。

「うがああああぁあ!!!」

耳をつんざく金切り声に、思わず掌を耳に押し当てて塞ぐ。

「あんたら、どうしたんだ」

意を決して話しかけると

「英雄様だ!」
「頼みます、こいつをさっさと始末してくだせぇ!」

と、方々から歓喜の声が上がる。

「とりあえず、どいてくれ」

クロードが言うと、何かを囲っていた村人は、蜘蛛の子を散らすように去っていく。 
目を凝らすと、そこには彼が脳に思い描いていた最悪の予想が、現実のものとなっていた。
爬虫類のうろこのような肌。
蛇のように、二つに裂けた舌。
額の皮を突き破る、ユニコーンに酷似した一本角。
匕首(あいくち)の刃みたいに、鋭く尖る爪。
背中から生える、コウモリを彷彿とさせる黒翼。
魔物変異症(メタモルフォーゼ)。
黒の城が天に現れたのと同時期に発生した、原因不明の病。
しかし、悲劇はそれだけに留まらなかった。
人というのは、彼らが人ならざるものになってしまった、もっともらしい理由を求めるもの。
税を収めるのが遅れていた、信心を忘れていたなどなど……。
後づけの理由をあれこれと並べ、魔物変異症の患者とその家族を、社会から排除する。
魔物変異恐怖症(メタモルフォビア)。
この村人らは、まさにその典型的な人間たちである。

(もっともらしい理屈で自分の暴力行為を正当化しやがって。全く、どっちが魔物だかわかりゃしねぇな。あんたらにだって脛に傷の一つや二つ、あるだろうが)

言葉にこそしなかったが、不快感が彼の顔に現れる。
魔物との間に産まれた不義の子。
頬の目玉が原因で、奇異の眼差しを向けられた半生を送ったクロードは、殺されかけている青年と自分を重ねた。
真意不明の風の噂だが、とある一族の娘が魔物変異症を患った後に、それをよく思わない暴漢たちに襲われて子を身籠り、後に投身自殺をしたという。

(それが本当なら醜いのは、自分自身を省みない、こいつら自身なんじゃないか)

近づいたクロードは魔物になりかけた男の顔を、まじまじ見る。
すると鼻の下に、ホクロがあることに気がついた。
村人の余所者の一言で、うすうす察しはついていたが、それを見た瞬間に疑念が確信に変わる。
間違いない、彼はあの……。

「……嘘だろ。なんで俺の関わった人たちに限って、不幸になるんだよ。ちくしょう……」

あの青年とは、ただ二言三言交わしただけの間柄。
彼の人となりも、どんな人生を歩んできたのかも、クロードはほとんど知らなかった。
だが私刑を加えられ、人々から疎まれながら、死を遂げねばならないほどの罪が、青年にあったというのか。
先ほど親切にしてくれた青年を哀れむクロードは、感極まって彼を抱きしめた。

「ググ……人間……喰ウ……ヒヒ……」

狼の牙の如く、肉を食いちぎるのに適した形の歯を剝きだして、嚙みつきにかかった。
口許からは、涎がだらだらと垂れている。
彼からすれば、カモがネギをしょってきたようなものなのだろう。

「こら、英雄様に何すんだ。こんの化け物!?」

身を案じた村人の一人が、手の棒を振り下ろす。
―――まずい、このままでは彼に当たる。
自然と体が動いて、とっさに木の棒を片手で受け止める。
掌がヒリヒリと痛んだが、何より人と人が争いあう世の中への遣る瀬なさに、彼は顔を歪めた。

「英雄様、だ、大丈夫ですかい?!」
「っ、手を出すのはやめてくれ!」

一喝すると村はしんと静まりかえって、村には獣のような唸り声だけが虚しく響いた。
冷たい村人の瞳からは

「何故、魔物の味方をするのか」

との、呪い節が聞こえてくるようだ。

「どういうおつもりで!?」
「この魔物の逆撫でしたら、あんたらが襲われるだろ。だからだよ」

即興にしてはそれらしい言い訳が思いつき、間髪入れずに返事する。

「英雄様、すいやせんでした。そこまで頭が回らず……」

得心した村人は、クロードに平身低頭して謝罪した。
我ながら、上手く口が回るものだ。
クロードは心の中で自画自賛すると、安堵の溜息を漏らす。

「……いえ、気になさらず。あとは俺に任せてください。皆さんは住民の避難を」

住民に勧告したものの、青年の生死が気になるのだろう。
その場から、全員が離れることはなかった。

「ゴ……ゴ……殺殺……ズ……オマエ……ラ……」
「ひ、ひぃっ! 頼みますよ、英雄様」
「はい、ですから早くここから……」

脅された村人らは、みるみるうちに顔面を蒼白させて遠ざかっていく。
住民が周囲にいなくなったクロードは、閑静な村の中心で、一人考えた。
どうしたらいいのか、頭では理解していた。
だが、踏ん切りがつかなかった。
どんなに善人を気取っても、自分は村人と同じ穴の狢。
魔物になりかけた青年に手を差し伸べても、彼を救えない事実が覆りはしない。
自分の慰めにしかならないのだ。

「なぁ、あんた。言い残すことはあるか」
「……いぎ……だ……」

もし叶えられる望みなら、叶えてやりたい。
安易な気持ちで放った一言に返ってきた言葉に、彼は込み上げる感情を飲み込む。

(ああ、そうだよな。誰だって生きたいよな。俺だって、あいつらに生きててほしかった)

生物として、当たり前の願いを叶えてやれない。
しかし魔物となったが最後。
魔物変異症が進行すれば、破壊欲に身を任せて、周囲一帯に被害を及ぼしてしまう。
誰かが、手を下さねばならない。
力なき人々を守る、英雄としての使命。
彼が殺戮を犯す前に、命を断つべきだという合理性。
それらが大挙して、彼を殺せと追い立てる。
きっと、これは正しい選択なのだろう。
ほとんどの人間は彼の命を奪っても、咎めることすらしないだろう。
仕方なかった。
あなたは、よくやった。
泣き言をこぼせば、そのような慰めの言葉が返ってくるのが、容易に想像がついた。
だがしかし、仮に正しければ、何をしても許されるのか。
―――それが人を死ぬまで痛めつけて、殺すことであっても。
答えのでない問いかけが、殺すべきと殺したくないの相反する感情で満たされた頭を、更にこんがらがせる。
やがて胸に秘めていた感情は、増水した川の水が溢れるように言葉となる。

「悪いな、それは無理なんだ。ごめんな、救えなくて……助けてもらったのに恩を仇で返す真似して」
「……ヴヴ……ギギギ……憎イ……人間……」
「―――瑞雨蒼雷流」

誰にも看取られない最後を迎えるよりはいい。
孤独な彼を抱きしめると、二人の体を青の雷が覆う。

「……不甲斐ない俺を憎んでくれ。憎むべきは俺だ。あの村の人たちを、恨まないでやってくれ」
「ぐおおおぉっ!!!」

叫びは徐々に小さくなっていき、魔物はほどなくして息を引き取った。
そっと地面に置くと、彼の亡骸は全てを呪うかのような、苦悶に満ちた表情を浮かべていた。
それを呆然と眺めていると、いつしか生暖かいものが頬を伝う。

「馬鹿野郎、何が英雄様だよ。クソッタレが……人一人の命だって救えないのに!」

目の前で逝った彼を見て、昂った感情の行き場をぶつけるように、地面を思い切りぶん殴る。
それが彼への罪悪感のせいなのか、自分可愛さなのか。
彼自身にもわからなかった。

(人殺しに泣く権利なんかあるのかよ……泣きてぇのは、あの男の人の方だろうが)

使命を背負った自分に、悲しみに暮れる暇はない。
腕で乱暴に涙を拭って青年の死を知らせると、村人たちは大はしゃぎでクロードの手を引き、酒場へと案内する。
楽しげな村人らの傍らで、能面のように冷めた面持ちをした彼がいた。


拙作を後書きまで読んでいただき、ありがとうございます。 質の向上のため、以下の点についてご意見をいただけると幸いです。

  • 好きなキャラクター(複数可)とその理由

  • 好きだった展開やエピソード (例:主人公とヒロインの対決、主人公が村から旅立った際の周囲の反応など)

  • 好きなキャラ同士の関係性 (例:堕落していた主人公と、それを立ち直らせるきっかけになったメインヒロイン、特異な瞳を持つ者同士だが、主張は正反対な主人公と敵組織など)

  • 好きな文章表現

また、誤字脱字の指摘や気に入らないキャラクター、展開についてのご意見もお聞かせください。
ただしネットの画面越しに人間がいることを自覚し、発言した自分自身の品位を下げない、節度ある言葉遣いを心掛けてください。
作者にも感情がありますので、明らかに小馬鹿にしたような発言に関しては無視させていただきます。

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