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終末世界の英雄譚 第6話 禍(まが)つ四つ星
「ただいま戻ったぞ」
コンクリート片が転がる、窓一つない古ぼけた遺跡で、死神の女が呟いた。
何度か声をかけるも返事はない。
だが、確実に何かがいる。
投げかけられた視線から、気配をめざとく嗅ぎ取って、カンテラで照らすと、大小3つの人影が映し出された。
一番大きな人影の側に寄ると、髪の毛と髭が獅子のたてがみのように逆立つ全身甲冑の大男が、彼女を出迎えた。
「無事で何よりだ、心配したんだぜ」
「お前は相変わらずだな、レグルス。返事くらいしろ」
「ガッハッハ、驚かせたかったんだよ。ちょっとした遊びさ。俺様の優しさに惚れてもいいんだぜぇ~」
彼女の嫌味を豪快に笑い飛ばして、彼は言った。
「たわけ、誰がお前になど惚れるか」
「えへへ~。クルトゥーラとレグルスは仲良し……だね」
横ではゴシック調の真紅の服を着た少女が、愛くるしい笑みを浮かべる。
彼女は真っ白なキャンバス。
周りの環境次第で、何色にも染まりかねない。
「ミセル、ませてるな。若い頃から年不相応な知識を得ると、すれた子供になるぞ」
囃し立てられたクルトゥーラは、ミセルを軽くあしらうと頭を小突いた。
ムスッとした彼女とは対称的に、満面の微笑を湛えている。
嬉しそうな姿に、意地を張るのも馬鹿らしくなり
「……ムキになってすまなかったな」
彼女は叩いた頭のてっぺんを、愛おしげに撫でてやる。
「クルトゥーラの掌、あったかい」
「おいおい、俺様もよしよししてくれよ~」
「たわけが。身長を半分にして出直してこい」「私がしてあげる~」
ミセルは、つま先立ちしてう〜んと唸りながら、手を伸ばす。
いくら頑張っても、届きそうもないのが滑稽だ。
「よし、これでどうだ」
見かねたレグルスが腰を屈めると、少女は彼の髪を搔き乱す。
一行が仲睦まじく騒いでいると
「少し黙れ、お前ら。“あの方”のお出ましだ、ケケッ」
カラスのくちばしを模した防護マスクの怪物が、癇に障る寄声を上げて制止する。
その視線の先は完全な闇に包まれ、誰がいるのは視認できなかった。
だが鼓膜を刺激する絶え間ない雨音と、時折響く天を裂く轟音が、あの方と呼ばれる男の存在を物語る。
同じ空間にいるのを想像しただけで、肌がひりついた。
脂汗が滲んで、まともに声が出せなくなった。
心臓を鷲掴みにされたような嫌悪感が、全身に走った。
今まで出逢った強者にはない、死が足音を立てて迫る恐怖。
それを彼女は、彼から感じ取った。
次元が違う。
力が法となる世界ならば、この男こそ―――真に世界を統べるに相応しい。
「久しぶりだな。皆の衆」
「いつ頃から、いらっしゃったのでしょう」「数刻前だ。お前たちの忠誠心と目的意識が、どれほどか試していた」
冷淡に吐き捨て、男は続ける。
「お前たちは緊張感が欠けている。我らは夜に瞬く凶星、迂闊に動けば目立つ。慎重な行動を心掛けろ」
「ハッ!」
「黒の城への報復は、我々の悲願。我々の復讐は我々の手で遂行しなければならない―――理解しているな?」
「御意」
集った部下たちが一斉に返事すると、あの方は二の句を継いだ。
「レグルス。例の計画の進捗はどうだ?」
「夜明けの王国にて、微弱ですが蝗の皇の生体反応が確認された模様。復活は秒読みかと」
「素晴らしい結果を出してくれた。よくやった」
功績を讃えられた大男は、あの方と呼ばれる男に、忠誠を誓うかのように首を垂れる。
「ミセル、そちらの手筈は」
「こちらも抜かりないです。でも踊り子に封印された力を取り戻すための作業が、上手くいかなくて。なので協力を要請したいです」
「“蝗の皇”と“渦巻く神獣”の復活。どちらが欠けても、例の計画は成功しない。了解した。クルトゥーラをそちらに回す」
「やったぁ。クルトゥーラ、一緒の任務だね!」
ミセルが飛び跳ねてはしゃぐ。
「よろしくな、ミセル」
「うん!」
「どうだ、奴と邂逅した感想は」
男の一言が、夢見心地な彼女を現実に引き戻した。
安易な発言をすれば、彼の機嫌を損ねてしまう。
頭に浮かんだ一言一言を慎重に選びつつ、言葉を絞り出す。
「王国の破滅を告げて、あの男の感情を逆撫でした後、、適当に痛めつけておきました。あなた様が出るまでもないかと」
「……なるほど」
神妙な様子で、顎に手で触れて遠くを眺めた。
魔王軍と死闘を繰り広げて、生き残った悪運は折紙つき。
もしも……。
もしものことがある。
クルトゥーラはかねてよりの疑問を、あの方に問いただす。
「奴を殺さないのは何故ですか。我々の計画の邪魔になるのが目に見えています。障害になりそうな芽は、若い内に摘むべきかと」
周囲にいた誰もが口を慎むも、視線が彼女一点に集中する。
禁じられたわけでもない一言を、誰もが本人に聞くのを躊躇していた。
「あの男の性分なら、いずれ七帝と衝突する。敵同士で潰しあうなら、我々もやりやすい。利用価値があるから生かしておく。他意はないが」
「ガーハッハッハ、流石俺たちの見込んだお方。なかなかの合理主義だぁ!」
「はぁ……」
緊迫した雰囲気が流れるも、彼はあっけなく返答した。
クルトゥーラは、腑に落ちないといいたげに口を尖らせて、あの方を見つめる。
理由自体は、それなりに納得のいくものだった。
魔王といえども、自らを追い詰めた人間を野放しにしておきたくはない。
殺す機会さえあれば、すぐにでもトドメを刺したいはず。
だがそれは、クロードをデンメルンクに誘導する理由にはならない。
万が一の可能性を考慮するならば、教えるのは百害あって一利なし。
―――否、まるで彼に計画が阻止されるのを前提で動いているような、そんな違和感を彼女は覚えた。
(といっても、この方は肝心なことを話したがらないからな)
考えごとをしていると
「随分と歯切れが悪いな、クルトゥーラ」
「いえ、滅相もない」
「まぁ、構わんさ」
腹に一物かかえた物言いで、彼は睨む。
うつむく彼女は体を縮こまらせて、怒りが収まるのを待った。
荒れ狂う嵐が、何事もなく通り過ぎるのを、家で祈るように。
(私は、私の目的さえ果たせればそれでいい……)
「他に質問や意見はあるか? よい案なら取り入れよう」
「特にはありません」
「右に同じく」
「王国での“蝗の皇”復活の儀式と、内通者との情報交換。大事な役目を、お前たちのどちらかに任せたい」
レグルスとインサニアの顔を交互に見合わせて、あの方と呼ばれる男が訊ねた。
実力ならば、レグルスが格上。
この一件は、どちらでも問題なくこなせると判断してだろう。
「デンメルンクでの工作は僕に、俺に、私に、お任せください」
「うむ、レグルスはどうしたい?」
「そいつがやりたいみたいですし、任せますよ」
二つ返事で了承すると、あの方も間断なく喋る。
「インサニア、期待しているぞ」
「イヒヒ、仰せのままに。必ずやあなた様の望む成果をお持ちしましょう」
狂気的なまでの、あの方への崇拝。
血で手を汚してでも目的を遂行する、狂気の怪物。
外ではこれからの波乱を告げるかのように、雨音に混じって轟音が轟いた。
「では諸君の健闘を祈る―――全ては黒の城への報復のために」
「全ては黒の城への報復のために」
拙作を後書きまで読んでいただき、ありがとうございます。 質の向上のため、以下の点についてご意見をいただけると幸いです。
好きなキャラクター(複数可)とその理由
好きだった展開やエピソード (例:主人公とヒロインの対決、主人公が村から旅立った際の周囲の反応など)
好きなキャラ同士の関係性 (例:堕落していた主人公と、それを立ち直らせるきっかけになったメインヒロイン、特異な瞳を持つ者同士だが、主張は正反対な主人公と敵組織など)
好きな文章表現
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作者にも感情がありますので、明らかに小馬鹿にしたような発言に関しては無視させていただきます。
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