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終末世界の英雄譚 第7話 悪夢の叫び声

「……ノーラ、無事か」
「……ええ」

俵でも担ぐように彼女を持つクロードは、奥歯を食いしばって一歩一歩進んでいく。
視線の先には、木の柵に覆われた木造の家々が建ち並ぶ村が見えた。

「あと少しだぞ、頑張れよ……」

ノーラに、そして自分に言い聞かせるように語りかける。
門番に会釈して、村に入ると

「この女性、シャーフに向かった冒険者の方ですよね。英雄様も、怪我してるようですけど」

鼻のホクロが特徴的な、ボロの布服を着た青年が慌てふためいて、早口でまくしたててきた。
目立った外傷はないものの、様子から察してくれたのだろう。
大げさに騒がれると、組織に迷惑がかかる。

「たいした怪我じゃないさ。仲間だけ頼むつもりだ。ほら、ピンピンしてるだろ」

元気を見せつけようと、クロードは右肩をぐるぐる回すと

「……危ない……しょ……落ちたら……どうする……」
「……すいません、自重します」

と、ノーラから叱責される。
こんな時まで、彼女から説教されるとは情けない。

「悪い、ノーラを教会に運ばないといけねぇんだ。じゃあな」

教会に送り届けた後、外で青年が佇んでいた。

「あんたも、ここに何か用なのか。それとも俺たちに?」
「はい。襲われて災難でしたね。これ、よかったら持っていきます?」

青年は腕いっぱいに抱えた、色とりどりの薬草を見せつける。
その中でクロードの眼を惹いたのは、白のはなびらに筋の入った可憐な植物。
魔法によって、一時的に視力を失った際に効能がある閃光花。
夜間に発光する花で、煎じて飲むと仄かな甘みがして、飲み物としても美味しい。
他にも売れば、それなりの値段になる花々を持っていた。
この青年、植物の観察眼がなかなか優れているようだ。

「う~ん、どうしようか」

おせっかい焼きというのは、自らの好意を感謝されるまで、頑固で折れないものだ。
彼に構う暇は、あまりない。
ありがたく頂戴して、この場をやり過ごそう。
右手を伸ばすと、青年はほっと息をついた。

「くれるっていうなら貰おうか。助かったよ。それよりあんた、見ない顔だけど」
「半年ほど前に王国付近の海辺の街から、こちらに越してきたんです」 
「ああ、アンゲルンの港町かな。飯は旨いし、いい場所だよな」
「よくご存知で」

寄り道がてら何度か訪問した港町に、二人は花を咲かせる。
王国の近くにあるだけあって、アンゲルンの港町は、観光客で栄えていた。
水揚げされる魚介類や、魔物の郷土料理はどれも絶品。
屈強な冒険者の出身地としても名高く、仲間の一人、ブルンネが生まれ育った場所だった。
故郷の話をする青年の表情は柔らかく、子供のようなあどけなさだ。
長年住んだ故郷を捨てて、娯楽もない片田舎に引っ越してきたのか、気掛かりに思った。都会と比べると、生きる上では相当不便だ。気にはなったが仲間と合流する目的を思い出し、適当なところで会話を切り上げようと、彼に訊ねた。

「なぁ。最近、男女7人の団体客を知らないか」
「それなら宿屋に宿泊されているようですよ。ご案内しましょうか」

狭い田舎だ。
宿屋とだけ伝えてもらえれば、だいたいの居場所はわかる。

「いや、そこまでしてもらったら悪いよ。薬草ありがとな。次に会った時にでも礼させてくれ」
「ご大事に」 

老朽化した宿屋からは隙間風が吹いており、冬場に泊まるには毛布一枚では肌寒い。
地元住民の間では、体を温めるものを持参するのが、宿屋に泊まる際の暗黙のルールだった。
毛布をもう一枚要求すると、別途料金が発生するからである。
主人に訊ねると相好を緩ませて

「2階は全部、団体さんの客室だよ」

と、上機嫌で教えてくれた。
冒険者は樹液に群がる虫のように、上手い話のある都会に集まるもの。
田舎村の宿屋に宿泊する冒険者など、そういない。
数日間滞在している彼らは、ありがたい存在なのだろう。

 「さて、どうすっかな」

宿賃を払って急な階段を登ると、横幅が路地裏のように狭い廊下を見渡した。
誰かが飛び出して、ぶつかったりしないか。そんなことを想像してしまい、いつ訪れても、なんだか落ち着かない。
一度嫌なことを考えてしまうと、次々に不安が鎌首をもたげてくる。
悪感情に押し潰されそうな己の頬を叩いて、気合を入れた。
彼女の仲間も、帰りを心配していることだろう。
右開きの扉に当たらないよう、注意を払って、手前の扉をノックする。

「あんたらの仲間に諭されたクロードだ。これからは組織の一員として、よろしく頼む」「あぁ?!」
「すぐ開けま〜す!」

二人の声がして、扉が開け放たれる。
クロードは飛びこんできた光景に、目を白黒させた。
右半分が笑って左半分が泣いている、左右非対称の不気味な仮面。
その仮面は額から鼻の部分まで亀裂が入り、いつ真っ二つになっても不思議ではなかった。 部屋の片隅には、革の鞘入れに収められた大剣が壁に立てかけてある。
おそらく仮面の男の武器だろう。

「おっはよ~う。クロード兄」
「お、おはよう」

男の背後にいる、年端もいかない金髪碧眼の少年ははにかむと、馴れ馴れしく挨拶した。半袖のシャツと膝までのズボン。
肩にケープを羽織った、機能性を重視した軽装。
彼らが、小さな種火の仲間なのか。
彼女が怪我をさせたことを切り出しにくく、言葉に詰まっていると

 「おい、ノーラさんはどこだよ。一緒に来たんだろ?」

仮面の男が、彼女の居所を訊ねてくる。
一挙手一投足を舐めるように観察する視線に、嘘は通用しなさそうだ。

「ああ、それは……」

クロードは正直に、これまでに起こった経緯を伝えた。
誤魔化すと、シャーフでの滞在が長引いたかを説明できない。

「ケッ、帰りが遅いはずだぜ」

仮面の男は悪態をつくと、膝に蹴りをかます。
予想だにしない一撃に、クロードは咄嗟に後ろに飛ぶ。

「い、いきなり何しやがる」
「ノーラさんに怪我させやがって。男の風上にも置けねぇな。まぁ、いい。自己紹介だ」

アイクは間髪入れずに、言葉を続けた。

「俺はアイク·シュミット。火の魔法を究めんとする者。仲間内では“鉄火の剣士”と呼ばれている」
「テオ・クラインだよ。魔法の骨董品があったら、僕の所まで持ってきてね」
「俺はクロード……」
「お前の説明はいらねぇよ、有名人だし。仲間に引き入れようとした人たち、追い返してたんだろ? とんだクソ野郎だな」
「なぁ。残りの組織の人間は、どこかにいってるのか。姿が見えないけど」
「……」

事実を突かれ、その場から離れたい一心でクロードが聞くと、仮面の男は沈黙する。

「村の近くの魔物退治してくれてるんだよね。アイク兄」
「おい、バラすなよ」

無言を貫くアイクに向かって、テオが口を挟む。
首を突っ込まれたくない案件なのか。

「お前には関係ねぇよ」
「アイク兄、クロード兄はもう仲間なんだよ。ちゃんと教えてあげないと~」
「……ハァ。本当に元気だな、テオは」

薄笑いを浮かべる少年は、仮面の男を困らせるのが目的と、言外に匂わていた。
子供の無邪気さには敵わない。
アイクが吐いた溜め息からは、そんな言葉が漏れ聞こえてくるようだった。

 「お前には関係ないだろ。テオ、ノーラさんの元に急ぐぞ」

それだけ言い残すと、二人は階段へと向かっていく。
彼の言う通り、無理に馴れ合う必要はないだろう。
それでも今は、小さな種火の一員なのだ。
邪険に扱われたことにムッとして

「待てって、俺もあいつの所にいくよ」

クロードが声を大にして追いかけようとした、その時

「ぐあああああぁ、おおおぉ!」

何者かの叫びが、村一帯に響いた。
魔物でも動物の鳴き声でもない―――明らかに人から発せられた絶叫が。

「な、何があったのかな……」
「わからない。だが嫌な予感しかしねぇ」

アイクにしがみつくテオが、恐る恐る彼に聞いた。

(街中で誰かが騒いでるだけならいいが、これは……)

おおよその見当があったクロードは、眉間に皺を寄せる。 

「……アイク。あれは子供に見せるものじゃねぇ。テオを部屋に戻すんだ」
「ああ!? いきなり何を……」
「僕だって、小さな種火の一員で……」
「いいから俺に従え!」

言葉を荒げると、二人から動揺の色が見えた。
負の感情というのは、すぐ周りに伝染していく。

(落ち着け、俺。年長の俺がしっかりしねぇと……)

鼻に意識を集中させて、ゆっくり深呼吸した。
師から教わった呼吸法で、精神を落ち着けると

「長い間冒険者を続けてりゃ、一度は嫌でも見ちまうもんだ。“魔物に魅入られる”瞬間を」

直接的な言い回しを避け、比喩を交えてアイクに伝えた。

目配せすると

「チッ、確かにテオの目に毒だな。癪に障るが、ここはお前に従ってやる」

納得したのか、聞こえるように舌打ちした。

「僕抜きで話を進めないでよ」
「テオ、頼むからいい子にしててくれ。子供が知らなくていいものから守るのは、年長者の責任ってもんなんだ」

仮面の男は静かに、少年の肩に手を置いて、部屋に入るよう促す。
有無を言わさぬ発言だが、言葉の端々から、大人としての矜持を感じさせた。
彼が見守っていれば、少年に危害は及ばないだろう。

「任せたぜ、アイク」

それだけ言い残すと、クロードは階段を足早に降りていくのだった。


拙作を後書きまで読んでいただき、ありがとうございます。 質の向上のため、以下の点についてご意見をいただけると幸いです。

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  • 好きだった展開やエピソード (例:主人公とヒロインの対決、主人公が村から旅立った際の周囲の反応など)

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