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終末世界の英雄譚 第9話 罪と救済

青年との一件から数日後。
男女数名を引き連れた、刀を腰に掛けた男は戻ってくるや否や

「過去を引きずって歩みを止めた偽りの英雄など、組織(俺たち)に必要ない。消え失せろ」

失礼な物言いで、クロードを罵った。

(いきなりなんだ、この野郎……)

言い返せれば、どんなによかっただろう。
野良猫を彷彿とさせる、何人たりとも信じない鋭い目つきと、あふれでる闘気に気圧されて、彼は黙り込んでしまった。
この組織の男どもは、全員こんな攻撃的な連中ばかりなのか。
眉間に皺を寄せながらも、怒りを鎮めようと呼吸を整えていると、刀の男の背後から、巻き髪の女が顔を覗かせた。
袖がちぎれた修道服を着ていたものの、それについて周囲が言及する様子はない。
理由は不明だが、おそらく自分の手で破ったのだろう。

「まぁまぁ、バルドリックさん。つらい過去との向き合い方や立ち直るのに必要な時間は、人それぞれですから」
「えっと、あんたは?」

深紅の瞳に見つめられたクロードが問う。

「私はルイーザ・クラウゼ。彼はバルドリック・エアハルト。この人、素直でないだけなんです。私の顔に免じて許してあげてくれませんか?」
「ま、まぁ、俺もあんたらと仲良くしていきてぇしな。しょうがねぇなぁ、まったく」

彼女の柔和な笑みにすっかり毒気を抜かれて、クロードは鉾を収めた。
頭を搔きながら鼻の下を伸ばす彼を、小さな種火の面々は白い目で眺めていた。

「あらあら。想像していたより、ずっと素直で可愛らしい男の子じゃないですか。ねぇ、バルドリックさん?」 

ルイーザは首を傾げて、刀の男に訊ねる。
黒髪の毛先をいじりつつ微笑む姿は、男の精を喰らう魔物のように妖艶だった。

「……いくぞ、ルイーザ。アイク、この男が悪さをしでかさないか、同行して見張っておいてくれ」
「えーと、俺がですか?!」
「最後までこの男を仲間にすることに反対していたのは、俺とアイクだけだろう。頼めるのはお前しかいないんだ」
「そういうことなら……」

渋々了承した彼にクロードが

「よろしくな」

と伝えるも、返事はなかった。

ノーラの怪我が完治した翌日

「どうかしたの?」
「騒がしいのが静かで、いいじゃないですか、ノーラさん」
「ん、ああ。なんでもないよ」

憎まれ口を叩く彼を無視して、曖昧な返事をする。
ノーラとアイク含めた三人で旅をしている最中も、クロードの頭の中は青年のことでいっぱいだった。
これからも救えずに亡くなる命と、向き合わねば。

(守るとか大言壮語を吐いても、人が死んじまったら何の意味もねぇな……)

まだ彼が亡くなって日が浅いせいか、悲観的な考えばかりが頭を過った。
後ろ向きでいると、早世した者たちに生きていてほしかった真摯な思いさえ、軽々しいものに感じてしまう。
彼が俯きがちに歩いていると

「あれが暁の要塞とも称される壁ね」

突然ノーラが歓喜の声を上げた。
顔を上げると、見慣れた城壁が視界に入る。口数少ないクロードを心配してか、彼女は彼の方を向くと

「ほら、シャキッとしなさい。そろそろあなたの大好きな人たちと過ごした、思い出の場所に着くわよ」

肩を叩いて、クロードに早く歩くよう促した。
彼女がいなければ、いつまでも気に病んでいたのは、想像に難くない。
隣に仲間のいるありがたさを嚙みしめつつ、彼はノーラと軽口を叩きあう。

「はいはい、わかったよ。柄にもなく元気だねぇ」
「だって王国に行く機会なんて、数えるほどだもの。でもあなたみたいに、節度のない騒ぎ方はしないわよ」
「ホントか~。一人ではしゃいで、はぐれたりするんじゃねぇか」
「そ、そんなことしないわよ! あなたじゃあるまいし!」

頬を赤らめて走り去る彼女の背中を、男二人が追うと、王国の壁が眼前に現れる。

「うひょ~、やっぱ実物と絵で見るのは別物だな」

クロードが心に浮かんだ言葉を、そのまま声にすると

「……すげぇ」

後ろからついてきたアイクも、思わず感嘆の声を漏らす。
水害から守るため、防水性の高い水竜の鱗をふんだんに使った第一の壁は、太陽の光を反射してキラキラと輝きを放つ。
透き通る海の水面が、壁にでもなったかのような光景に、一同は息を呑む。
ネズミ一匹の侵入すら許さない砦は、暁の要塞の尊称に恥じない堅牢さを誇っていた。
手続きを終えて、アーチ状の門を三つ通り抜けて、王国内に入ると

「安いよ、安いよ~」

無数の客引きの声が、鼓膜を震わせた。
道の両端には、レンガ造りの建物が並んでいる。
活気ある街並みは、あの頃と何も変わりない。
潮風が運ぶ磯の匂いを嗅ぐと、クロードは王国に帰ってきた実感が沸いてきた。

「お腹がすいてきたわ、昼ご飯にしない?」
「そうですね」
「なら俺についてこい。とっておきの所に案内してやっからよ」

クロードに言われるがまま、大理石の道路を道なりに進むと、大通りにでた。
そしてそこには、大人が寝られそうなほどの大きさの白い物体が、鉄の板に乗っていた。それが何なのか理解できずに、二人は顔をしかめている。

「ねぇ、クロード。あれは?」
「クラーケンの吸盤だよ。デケェだろ?」
「えっ!? まさか、あれを食べるの?」
「正解。焼く前に、面白いもんが見れるぞ」

彼の視線の先にいる黒衣の男は、わざとらしく口角を吊り上げていた。

「本日はお集まりいただき、誠にありがとうございます。名物クラーケン焼きの前に、刃物より切れ味鋭い風の魔術をご賞味あれ。皆さま、私から離れてくださいませ」

黒衣の男に促され、鉄板を囲んでいた民衆が、蜘蛛の子を散らすように離れていく。
男が呪文を唱えると、一陣の風が吹き荒れて、吸盤は見事に一口大になっていった。
切り方は乱雑なものの、それすらも仲間と一緒なら笑って楽しめる。

(これからは、ノーラたちとの思い出の味になるのかな……)

ルッツらとの過去を思い出したクロードは、感傷に浸っていた。

「こ、これがクラーケン焼き?! 想像してたより凄いわね。実物はどれくらいの大きさなんでしょう」
「味も想像以上だぜ。おっちゃん、クラーケン焼きを3人分」
「あいよー」

熱々の鉄板に乗った切り身かは、食欲をそそる香ばしい匂いが漂ってくる。
待ちきれずに注文すると、アイクが食ってかかってきた。

「おい、人の分まで勝手に……」
「食い物は粗末にしねぇよ。お前がいらないっていうなら、俺が責任もって食うだけだし。文句あるかよ」
「誰もいらないとは言ってねーだろ!」

(ホント、捻くれてて可愛くないやつだな)

心の中で、彼への文句を呟いた。
アイクが仮面を取り外すと、包帯をぐるぐる巻いた顔が露わになる。
周囲に目を配ると、アイクを奇異の目で見る民衆は秘密を耳打ちするかのように、こそこそと何かを話していた。

(顔を隠してるの、触れないでおくか。秘密の一つや二つ、誰でも持ってるしな)

深く詮索することなく、クロードは久々の好物に舌鼓を打つ。

 「ではノーラさん、ご感想をどうぞ」

クロードは耳を、彼女の口許に近づけて聞いた。

「素朴な味で、具材のよさが生きてるわね。調味料が控えめな所も、私は結構好みよ」

突然の質問にも、ノーラは無難に返答した。 よくいえば常識と良識のある、彼女らしい発言だった。

「アイクはどうだ」
「……味は想像通りだな。まぁまぁ旨いんじゃね。いい店知ってんじゃねーか、お前にしては」

彼女に質問した時点で、自分にも聞かれることを覚悟していたのだろう。
淀みなく話すと余計な一言を付け加えて、彼は押し黙る。
だが素直でないなりの、最大級の賛辞なのかもしれない。

「まぁ、それなりに満足してくれたみたいでよかったぜ。旨い食い物はたくさんあるんだ。見て回ろうぜ」
「お腹は膨れたから、そろそろ武器や防具、調度品の調達をしたいんだけど。どこにあるか知ってる?」
「こいつの脳みそ、食い物のことしか頭になさそうだし、知らないんじゃないですか?」

無神経な言葉に、クロードの頭に血が昇る。

(人がせっかく親切にしてやってんのに……少しは感謝の言葉とか、あってもいいんじゃねーのか)

「ほぼ初対面の俺を蹴ろうとしたり、お前ホントに失礼すぎんだろ!? そういうお前は、人の悪口のことしか詰まってねーんじゃねーか! 陰湿クソ仮面!」
「なんだと、蛇目のチンピラが! 上等だ。どっちが上か、白黒はっきりつけようじゃねぇか!」
「あ、あなたたち、落ち着いて。公共の場での喧嘩は、ここで暮らしてる皆さんの迷惑よ」

ノーラはあわあわしている横で、二人は睨みあう。
そのまま言い合いをしていると、彼らの仲裁に入るかのように、琴の穏やかな旋律が風に乗って流れてきた。
クロードとアイクは音のした方を見遣ると、何やら人だかりができている。

「すいません、ちょっと通ります」

気になった三人が人々を搔き分けると、白の羽根飾りが特徴的な帽子を被る男が、弾き語りをしていた。
恍惚とした表情で音楽に聞き入る民衆とは対照的に、男の淀んだ瞳からは、まったく生気を感じられない。
王国を訪れてから愛想よく振る舞う人々を見ているせいか、男の弾き語り姿は、クロードにはいっそう不気味に映った。

「さぁさぁ、皆様のために最後に一曲。これは失われた歴史の禁忌に触れてしまい、ついには精神に異常をきたしてしまった、悲劇の男の物語―――蝗皇(こうおう)」

前口上で場を盛り上げると、観客たちの手から銀貨が投げられる。
男の足元には、金貨や銀貨がちらばって、足の踏み場もない。
だが慣れているのか、男は意に介した様子もなく演奏に集中していた。
見た目からは想像もつかない、透き通るような声で、男は歌い始める。
ほどなくして演奏を終えた男は

「今日は店仕舞いだ。次の開演場所は風に聞いてくれ」

落ちた硬貨を拾い始めた。
自分たちも、そろそろリズの元に向かおうか。
そう考えた矢先、吟遊詩人と目が合う。

「おい、そこのあんた、英雄のクロードだろ。いいねぇ、羨ましいねぇ。実は俺の祖先も英雄でな」

初対面とは思えない馴れ馴れしい態度で、話しかけてきた。

「おおっと、自己紹介が遅れたな。俺はマグフリート・リントヴルム」
「ああ、よろしくな」
「そんなことより聞いてくれ。俺には病気の妹がいるんだが、治療するための金がなくてな。少し恵んでくれねぇか」
「まぁ、いい歌を聞かせてもらったしな」

この金で、その妹が救えるなら安いものだ。クロードは二枚の金貨を取り出して、彼に手渡す。

「へへ、言ってみるもんだな」
「おい、本当に金に困ってるんだろうな?」

彼が眉根を下げると

「今更になって、金返せって言うなよな。この金は俺のもんだ。見学料として考えれば破格だぜ」

吟遊詩人の男は開き直ってみせる。

(なんだ、このおっさんは……)

呆れて相手するのも馬鹿らしくなっている間に、男は金貨をせこせこ巾着袋に入れて、風のように去っていった。

「どんな教育を受けてきたら、顔色一つ変えずに人を騙せるようになるんだ」
「知らない人に物を貰ったり、あげたりしちゃダメよ」
「うるせぇな、子供扱いすんな! 母ちゃんか姉ちゃんのつもりかよ。正論おばけめ!」
「何よ、その言い草は。私はあなたの母親でもお姉さんでないわよ。そもそもねぇ。しっかりしてる人なら、わざわざ注意する必要がないんだけど。文句が嫌なら、もっと真面目に生きなさい!」

普段は仏頂面のノーラが、顔を膨らませて、怒りを露わにする。
言い返しにくい正論というのは反応に困るもので、クロードは反論もできず、彼女を見据える他なかった。

「あんまりノーラさん、困らせんなよ」
「……分かってるよ。悪かったな、ノーラ」

普段のクロードなら、お前もなと返していただろう。
だが青年の死や、吟遊詩人とのやりとりで、気力はとうに失せていた。

「ところでさ。あの男が歌ってた、曲題の蝗皇ってなんだ」
「空白の歴史との関与を囁かれている、災厄の象徴よ。冒険譚で読んだことがあるわ。冒険歴の長いあなたは、何か知らない?」

ノーラの言葉には、熱がこもっていた。
冒険者となる以前は、ごく普通の町人として平凡に暮らしていたようだ。

昔は読書で、知識欲を満たしていたのかもしれない。

しかし彼女の期待に添えられるような情報など、クロードは持っていなかった。

そもそも簡単に見つかるならば、空白の歴史などと呼ばれない。

現に蝗皇という名前自体、彼はまるで知らなかった有様だ。

「悪い。まともな教育受けてねぇから、何を言ってるのかわからねぇ。小難しいことは、育ちのいい他の仲間たちに任せてたんだ。博識なリズなら知ってるかもな」
「……そう、残念」

言葉を濁さずに伝えると、ノーラは肩を落とした。

「別にいいじゃないですか。ノーラさんとこいつほど知性に開きがあると、どっちみち話は合わなさそうですし」

普段であれば、嫌味の一言も聞き流せた。
しかし塵も積もれば山となるし、腹に溜まる鬱憤は溜まる一方だ。
暴言を吐いたら、彼と同じ土俵に上がってしまう。
なんとか平和的に解決できないものか。
そんな時に、頭にひらめきが降りてくる。

「おい、アイク」
「なっ、なんだよ、本当のことだろ」

クロードがにじり寄ると、アイクは虚勢を張る。
そんな怯えた様子の彼の姿が、他の犬によく吠える、生意気な小型犬と重なる。
やられっぱなしは、性に合わない。
このまま衝動に身を任せてしまおう。
両手を一気に彼の髪に伸ばすと、わしわしと頭を搔き乱した。

「ちょ、おい、いきなり何すんだ。止めろってんだろーが!?」
「あなた、ついにおかしくなっちゃったの?!」「……」

アイクやノーラが制するのも無視して、クロードはひたすらに撫でまわす。
あからさまに嫌がられても、その手は止まらない。

「ちょっ、おい。マジで何のつもりだよ」
「まいったか、ざまーみやがれ。お前が生意気なのが悪いんだぞ! ハハハ!」

高笑いすると、アイクは彼の肩を思い切りぶん殴った。

「仮面が取れたら、どうしてくれんだよ。壊れたら責任とれるのか。今度やったら、この程度じゃ済まさねぇからな」

そういうと彼は、ずんずんと風を切って歩いていく。

「なんで、あんなに刺々しいんだよ。アイツ。性格悪いな」
「今のは、あなたが悪いわよ」
「俺だって年上なのに、俺は呼び捨てで、ノーラにはさん付けすんだよな。なんでだよ」
「……あなたが尊敬できない人間だから、じゃないかしら。あなた以外の目上の人には、敬語で話す丁寧な子だし」

隠しごとを耳打ちするような声量で、彼女はささやく。
褒められた性格の人間でない自覚はあった。結局は、彼女のような実直で真面目な好人物が周囲の信頼を勝ち取るものだ。
距離を置きたいなら、よそよそしくしていれば、誰も深く関わろうとはしないのに。

「尊敬できない大人とは、聞き捨てならねーな。俺ほど頼りがいあって、人の心に寄り添える漢の中の漢もそういないぜ」

両手の親指で自らを指差して、左目でウインクし、彼はおどけた。
少しは雰囲気も和らいだだろうか。
目を開けてみると、ノーラは梅干しでも食べたように口をすぼめていた。
馬鹿な発言をした彼への侮蔑の心。
苦言を呈したい気持ち。
様々な感情を押し殺した表情に、クロードは平謝りした。

「バカなこと言ってないで、さっさといくわよ。リズベットさんに用事があるんでしょ」「じょ、冗談だって。本気にすんなよ。待てって、待ってください、ノーラさ~ん、ノーラ様ぁ~」

ノーラの堅苦しい表情には、決意が滲んでいる。

「余計な手間を取らせないで。兄さんの安否を確認するまで、無駄にできる時間は一秒たりともないの。あなただって、お師匠様のこと心配なんでしょ。だったら私の気持ち、理解できるはずよね?」

「それはわかってる。でも観光してる時くらい、楽しんでも罰は当たらないだろ。違うか?」
「……兄さんがいない世界で、私だけ楽しんだりできないわよ。脳天気に遊ぶ私を、未来の私が許さないわ」

励ましのつもりで言うと、彼女は黙り込む。兄への罪悪感が、今の彼女を突き動かす原動力になっている。
だが、その罪の意識を、ずっと背負って生きる必要などない。
罪を犯した人間にも、救いはあっていいのだ。

“俺だって、あんたに救われたんだから”

クロードは胸の中に言葉を留めると、彼女と同じように、口を固く閉じて先に進むのだった。


拙作を後書きまで読んでいただき、ありがとうございます。 質の向上のため、以下の点についてご意見をいただけると幸いです。

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また、誤字脱字の指摘や気に入らないキャラクター、展開についてのご意見もお聞かせください。
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作者にも感情がありますので、明らかに小馬鹿にしたような発言に関しては無視させていただきます。

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