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3杯目 ペスト

代々マスターの趣味に彩られた町外れの変わった喫茶店。小説と珈琲好きのマスターがここを訪れる読書家達をこだわりの珈琲でもてなす。さて、今日も1冊の小説を抱えたお客様がやって来ました。今日はどんな小説に出会えるのでしょうか。

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からん、からん……

いらっしゃい。お好きな席へどうぞ。

今日はどんな小説を?

「今日は『ペスト』でも読んでみようかと」

少し話題になった小説ですね。ごゆっくり。

ーー

いかがでしたか?

「難しい話ですよ。読みにくい」

洋書は普段読まれないんですか?

「読まないですよ!今回たまたま本屋のベストセラーの棚に並んでたから買ってみただけで」

カミュは有名な作家ですよね。

「まぁ、聞いたことくらいは。でも、読んだことはなかったです」

やっぱりコロナがあって、ですか?

「噂には聞いてたからね。今の世界の縮図みたいだって」

どうでしたか?読んでみて。

「感染症が流行した世界の悪い所だけ選んだような感じかな」

悪いところ、と言いますと?

「人が人らしく生きられなくなるところ、とか」

コロナ禍でも自殺する人が増えたり、精神を病んでしまう人が出て問題になりましたが。

「そう、そんな感じ。人は愛情に触れてないと生きられないんだよな」

たしか主人公というか話の中心は医師でしたか。

「そう、リウーって言うね。この人も不運だよ。ペストにいろいろ奪われた1人だし」

他にもコロナ禍と似ているところはどんなところが?

「政府が後手に回るとか、デマがよく飛び交うとか、自粛生活で人が狂いだすところとか、まぁ、その他いろいろあったね」

もし、コロナ禍が始まる前に世界中の人がこの本を読んでいたら何か変わっていたでしょうか。

「どうだろうか。変わんないんじゃないかな。そもそも相手が理不尽だからね。理性でどうこうできるもんじゃないし、本の中でもそう言ってた」

私はだいぶ前に読んだものではっきりと覚えていないのですがランベールという男がかなり記憶に残っているんですが。

「新聞記者だろ。たぶんあいつはいいやつで一番人間なんじゃないか?パリに恋人がいるから違法な手を使ってでもなんとか街から出ようとして。でも結局は街に残ったわけだし」

リウーも奥さんが外の街で療養しているから会えていない、という話を聞いたからでしたっけ。

「そうそう。最初はみんな希望があったのにさ、長引くにつれて希望だけなんかじゃ生きられなくなってきて。中盤の地の文で話が進んでいくところなんか読んでてつらかったね」

今のコロナ禍、小説を読んでから何か見方が変わりましたか。

「変わったね。最後の語り手の忠告が痛いほど刺さるだろうね」

お客さんはコロナが落ち着いたらやってみたいこととかありますか。

「旅行に行きたい。あといろんな人に会いたいって初めて思ったね。もともと人に会うのはあんまり好きじゃなかったんだけど」

それはまたどうして。

「コロナで人と会えていなかった、てのもあるんだけど。この本でさ、ほんとにいろんな人がいるなって思ったんだよ。人の機微って言うのかな。そういうのから避けてきたから」

早くいろんなことができるようになるといいですね。

「そうだな。世界中の人もそろそろやってらんなくなるよ。マスターも大変でしょ」

そんなことありませんよ。うちは基本お一人様が小説をお読みになられるだけなので、安全安心です。

「はは、確かに。じゃあ、また来ようかな。流行りの小説でも買って」

ええ。ぜひ。いつでもいらしてください。

「ごちそうさま」

ありがとうございました。またお待ちしております。


からん、からん……


〈続〉

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