406号室のベランダで #67
<これまでのあらすじ>
西野ひかるは月島雛子から中本愛姫のことを聞かされ、雛子に伝言を頼んだひかるは何とか家に帰りついた。見慣れたはずの部屋がやけに寂しく感じながら風呂に入った。
愛姫との思い出を思い返しているとベランダがふたりの思い出の場所になっていることに気が付いた。風呂から上がって火照った体を冷ますためにひかるはやっぱりベランダに出た。
伝言を頼んだもののやっぱり自分で愛姫に言った方がいいんじゃないかと迷っていると駒井万里から電話がかかってきた。心配して電話をかけてきてくれた万里に寂しさからか、「会いたい」と言ってしまった。すると万里が家に来ることになった……
ーーーーーー
数十分経った頃、部屋のインターホンが鳴った。ひかるはベッドから飛び上がると玄関に向かった。アパートの廊下の明かりが漏れてきた向こう側に少し息の上がった万里がひかるを見上げていた。
「お待たせしました」
「……入って」
「……お邪魔します」
万里が玄関に入るとひかるは扉を閉めた。薄暗い玄関でひかるは万里に後ろから抱きしめた。
「…………辛いんですか?」
「…………うん」
万里はひかるを少し離して体の向きを変えて向かい合った。ひかるをしばらくの間見つめると背伸びをしてキスをした。
「駒井ちゃん……」
「話してください?」
ひかるは小さくうなずくと壁に手をついて次はひかるから唇を重ねた。ひかるの目が震えているのとは裏腹に万里の目はまっすぐに強く光っていた。ひかるは万里を担ぎ上げるとそのままベッドに運んだ。
ひかるがベッドに横たわらせた万里に覆いかぶさるようにキスしようとすると、万里に止められた。
「ダメです。今日は話聞くだけですから……」
「…………寂しいねん」
「それでもダメです」
「…………うん」
ひかるは体を起こすと万里の手を引っ張った。
ひかるは部屋の電気を点けるとキッチンに向かった。
「……コーヒーでいい?」
「うん」
「今日は泊っていく?」
「…………そうしようかな?」
「……あ」
「どうしたの?」
ひかるはコーヒーの入ったマグカップを二つ持って戻ってきた。万里の目を見て小さく笑った。
「……タメ口になってる」
「へへへ……気づいた?」
「なんで?」
「この方が西野君が笑顔になるかなって」
ひかるは少し驚いたような表情を浮かべて、力が抜けたように笑った。
「うん、元気出たかも。ありがとう」
「いえいえ」
万里は湯気の立つマグカップに口を付けた。
「……それで?何があったか教えて」
「実はな……」
ひかるは今まであったことをすべて話した。話していくうちにひかるの寂しさはどんどん大きくなっていった。
「……駒井ちゃん?」
全てを話し終えた気まずい沈黙を破ったのはひかるだった。
「なに?」
「……駒井ちゃんってまだ僕のこと好き?」
「……うん。もちろん」
ひかるは少し苦しそうにうつむいた。そして静かに顔を上げて万里と目を合わせた。
「……ちょっと来て」
ひかるは万里の手を引いてベランダに出た。
ひかると万里はベランダに並んで夜景を眺めていた。
「駒井ちゃんがさ、月ちゃんとアニメ見に来た時のこと覚えてる?」
「覚えてるよ」
「夜になってから月ちゃんが酔って寝ちゃってさ。あの時もこうやって二人で夜景見てたやんか?」
「見てたね」
「……駒井ちゃん、ここからの夜景きれいって言ってたよな」
「言いましたっけ?」
「言ってたよ……僕もここからの夜景が好きやねん」
「そうなんだね」
「…………あのさ」
ひかるはそっと万里の方を向いた。万里は横顔に夜景の柔らかい光を受けてこちらを見ていた。
「……ううん。やっぱなんもない」
「まだ話せない?」
「う、うん……」
「わかった。じゃあ……」
万里は少し冷たくなったひかるの手を取った。
「今日はもう寝よ。ほら、こんなに手も冷えてる」
「え……」
「ほら早く」
ひかるは万里に手を引かれて部屋に戻った。
<続>
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