夜明けの孤独
フーウーウウー……フーウーウウー……
下手くそな口笛吹きながらあてもなく歩く夜明けの街。辺りは重たく霧が立ち込め、街はまだ薄暗く影もできない。
すれ違う人なんているわけもなく、このまま誰にも見つかることなく消えてしまいたい。
ふと足を止めて後ろを振り返った。そこには自分の過去を全部閉じ込めてきた生まれ育ちの家の扉がある。
その扉の向こうから誰のものでもない、でもその他大勢の声が私を呼んでいるようだった。
「一人で何ができるんだ」
「こっちに戻ってこい」
「そろそろ大人になれ」
するとその扉を開けて中からフードを深く被った真っ黒な人影が出てきた。静まり返った街に彼女の足音が響く。
『……たったひとりでどこに行くの?』
「まだわからない。でも知りたいんだ」
『……何を?』
「私の命の使い道。その答えが知りたい」
『……こっちにいれば楽だよ。誰かのやさしさで守られてる』
「わかってる。でもその愛に甘えてても答えはわからないまま」
『……愛は重荷になる?』
「だからわざと無視してたんだよ、嫌われたくて。私は器用じゃないから」
『……もう決めてるんだね』
彼女は深く被っていたフードを取って笑った。彼女は私だった。私の影だった。
『……期待してるよ』
彼女は霧になって消えた。
私を引き止めるものはもう何も無い。私は扉に背を向けてまた歩き始めた。
大きな水滴が肩を叩いた。手も翳さず、水の滴る髪が視界に入ってくる。
『生きるということは孤独になること』
誰に聞いたか、もう覚えていない。それでも今ならわかる気がする。
何かを犠牲にしなきゃ大切なものに気づけない。何かを捨てなければ欲しい答えはみつからない。
だから私は過去を捨てて孤独を選んだ。身体を叩く雨が今日の私を強くしてくれる。
濡れて冷えて震える唇でまた下手くそな口笛を吹き始めた。
フーウーウウー……
空模様は最悪、足音は鬼胎を孕み、それでも目は真っ直ぐ前を睨んでる。そんな、
夜明け前の孤独。
〈完〉
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