2020
手紙が来ていた。宛名も差出人もない真っ白な封筒だった。
「なんだこれ?」
開けてみるときれいに折りたたまれた便せんにはたった一言だけ書かれていた。
『忠犬集合』
「忠犬?ハチ公か?」
何のことかわかっていなかった。それでも俺の体は勝手に動いていた。
「スマホ良し。財布良し。行ってきます」
俺は扉を押した。そこからはあまり覚えていないが、気づいたらハチ公像の前に居た。
「あの……」
あたりを見回していると後ろから声をかけられた。
「あぁ、お久しぶりです」
「お久しぶりです」
前に立っている人を俺は知らない。向こうもはてなマークが頭上に見えそうなほど微妙な顔をしていたので、おそらく俺も同じような顔をしているのだろう。なのになぜか知り合いかのような話し方をした。
「あなたもそうですか?」
「え、えぇ。そうです」
何が一体そうだというのか。まったくわからない。するとまた知らない人が来た。
「あの、お久しぶりです」
「どうも、お久しぶりです」
次々と集まってくる。誰一人として知らない。
口が勝手に動いてくれているので物を考える余裕があった。なので俺はこの集まっている人たちの共通項を探すことにした。
歳は全員二十代後半といったところだろうか。方言が出ている人がちらほらいるから出身地はバラバラ。男女は半々ぐらいいる。スポーツマンのようなガタイの人もいればインテリっぽい人もいる。
そんなことを考えているうちに人の数はどんどん多くなった。すると突然、その中心で静かにしていたハチ公像がしゃべり始めた。
『集まっていただきご苦労様です』
さっきまで好き好きに喋っていた人々が水を打ったようになった。
『皆様は自分がなぜここに居るのかわかっていないかと思われます。しかし無作為に集められたわけではなくある共通点があります』
「なんだよそれ」
あ、声が出た。自分の意志で話せることに気づいた群衆は口々に声を上げ始めた。
「どういうことだよ!」
「お前は何者だよ!」
『静かに。皆様の共通点とは「大魔王の分身」であるということです。これから皆様には見えない強大な敵と戦っていただくこととなります』
「何の話だ!」
「ふざけてんのか?」
全く理解できなかった。SFみたいなことを口走るもんだから「きっとこれは夢だろう」と思った。何人かが同じことを思ってそれを何らかの超常能力で感じ取ったのか、それともあらかじめそういう風に台詞があったのかわからないがハチ公像は続けた。
『夢といえば夢ですが少し違います。ここは未来です。それもほんの数年の』
「どういうことだよ!」
謎は強くなっていく。ハチ公像は無視して続ける。
『この世界には神小路かみまろも居なければ、黒い球もありません。皆様が昨日まで踏んでいた現在と地続きになっている未来です』
『皆様には変わらず明日がやってきます。しかし皆様には戦っていただかなければなりません。これは運命なのです』
語りだしたハチ公像にその場にいる全員が耳を傾けていた。
『大の大人たちがほんの少し世界の終末を信じたあの夏。皆様はこの世に生まれ落ちたのです。皆様はその期待を一身に背負っています』
『身に覚えがないと思います。もちろんです。皆様は好き好んで生まれたわけじゃない。でも生まれたのです。「大魔王の分身」として』
俺はここまで聞いてようやく話が見え始めた。これは集団で見ている不思議な夢でも、何かの人体実験でもないだろう。きっと神様か仏様の気まぐれな、でも重大な忠告なのだろう。
『そして時は満ちたのです。皆様は大人になり1人で戦う力を得た。いえ、厳密にはこれから得るのです。いま皆様はその時なのです』
『私からお願いすることは1つです。皆様には戦うための準備をしてほしいのです。難しいこと、苦しいこと、辛いことも多いかもしれません。それでも頑張ってください』
『そして次に皆様が自分の足で、自分の力でこの世界にたどり着いたとき私が言っていたことがわかるようになります。なぜなら……』
最後の方はうまく聞き取れなかった。ハチ公をかき消すように強い、眩い光が差し始めたからだ。ただ最後に小さく何かが聞こえた。俺の聞き間違いでなければこう言っていた。
『世界を変えるのは皆様だからです』
ーー
目を覚ました。神々しいまでの朝陽が部屋に差し込んできていた。
俺は階段を下りてリビングに向かった。リビングには家族がもう起きていた。
「あけましておめでとう」
「おめでとう」
母親が作ったお雑煮を食べながらあの夢のことを考えた。
俺と同じように7月に生まれた同い年の人全員があの夢を見ていたのかはわからない。もしかしたら俺のただの妄想が生んだ夢かもしれないし、でも初夢は正夢になるともいうし……
ただ今年は去年までより頑張ってみようと思う。いつか本当に世界の見えない何かと戦う日が来た時のために。
それとこの話は2週間後の成人式で懐かしい仲間たちに話してみようと思う。きっとバカにされるだろうな、と思うと少し笑いが込み上げてきた。
<完>
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