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Student Dance

カラララッ……

(……よし。行くよ)

(ねぇ、ほんとに行くの?)

(今さら引き返すの?行くに決まってるでしょ)

(んー……わかったよ)


月光差し込む深夜の学校。小さな懐中電灯ひとつで忍び込むふたつの影。

フェンスを乗り越えた影は小走りで昇降口と反対側の窓を開けて中を覗き込んで、そこから入っていった。


バタンッ!

(しーっ!)

(ご、ごめん)

(もう!静かにね!)

(う、うん)

揺れる懐中電灯が廊下を進む。

ぺたんっ……ぺたんっ……

(……ねぇねぇ)

(何?)

「ばぁー!」

前を進む女の子が後ろで怯える男の子に振り返って下からライトで照らした顔を向けた。

「っはああああああ!」

(ちょちょちょ、)

彼女が慌てて叫ぶ彼の口を塞いだ。

(静かにしてよ!見つかっちゃうじゃん!)

(じゃあ、脅かさないでよ!)

(ごめんって)

懐中電灯が大きく照らし出すふたつの影が廊下の壁で揺れる。やがてふたりは教室に静かに入っていった。

「ふぅー。ここまで来ればひとまず安心だね」

「もう……心臓に悪いよ」

「ね?たまにはいいじゃん、こういうのは」

「最悪だよ……」

「でもさ、誰にも邪魔されないじゃん」

彼女は並んで沈黙を貫くロッカーを開けたり閉めたりしながら話した。

「……見つかったらどうするのさ」

「んー、その時はその時。そんなことよりさ……」

彼女は机の上に飛び乗った。

「踊ろ?」

「……は?」

「ほーら」

彼女は彼の手を引くと机の上に引き上げた。

「あ、危ないよ……」

「大丈夫、大丈夫!」

ふたりは机の上や椅子の上を飛び回り、教室を散らかした。教科書をばらまき、カーテンを引きずり下ろし、黒板に汚い言葉を書きなぐった。


机が倒れ、教科書が散乱し、カーテンのなくなった窓から月の光が差し込んできている教室でふたりは頭を寄せて寝転がって肩で息をしていた。

「はぁ、はぁ……昨日ね、夢を見たんだ」

「はぁ……どんな?」

「君とこうやって踊る夢」

「へぇ……だから誘ってくれたの?」

「……まぁ、そうかな」

「そうか」

彼女が体を起こすと彼の手を掴んだ。

「行くよ?」

「どこに?」

「いいから」

彼女の無茶な要求にすっかり慣れた彼は何も言わずに立ち上がり引かれるままについて行った。


ふたりは階段を駆け上って屋上に出た。

「わぁ……」

「すごいね……」

夜風に吹かれ、月光に照らされながらふたりはこの時間を楽しんだ。

「こうやってここから街を見下ろしてるとほんとにふたりだけみたいだね」

「そうだね。誰にも見つからないだろうね」

彼女が彼に抱き着いた。

「え、え?」

「忘れないでね」

「え、う、うん。もちろん」

「絶対だよ?」

「うん。忘れない」

屋上の上で月の光で引き伸ばされたふたりの影が重なった。あっけに取られている彼女に彼は笑いかけた。

「これで忘れないでしょ?」

「……うん」


真夜中の学校。少し欠けた月が明るい月夜はふたりを優しく包んだ。朝なんか来なくていいと思っていた、別れが来るから。それでも少しずつ月は空から降りて行って空は白く明るくなっていった。

「朝だね……」

「うん……」

「帰ろうか」

「…………」

彼女は涙を流し始めた。

「……帰りたくない?」

「……うん」


朝陽が地平線を越え、ふたりの顔を照らし始めた。そこでやっと彼女が立ち上がった。

「ありがとう、付き合ってくれて……帰ろう?」

「うん」


行きとは違う明るさの廊下をふたりは歩く。近づく別れに彼女は耐えきれなかった。それでもいつかは来ることはわかっていた。


だから誘った。これが最後の


Student Dance


<完>




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